告白イベントという青春を怪盗せよ!
校舎の屋上。爛々と輝く星々の下、僕はグラウンドにいる同級生たちがキャンプファイヤーしている姿を眺めていた。裸眼では遠くて表情が見えない。
だから濡れ羽色に輝くミステリボックス――怪盗道具箱『七七七拒否』から双眼鏡を二つ取り出し、片方を隣の少女に手渡しながら問う。
「なあ美南。特別って言葉は大事だよな?」
僕――『化物幻奇』は特別という言葉に魅了されている。
皆、誰しも考えたことがあるはずだ。自分は特別でありたいと。あるいは、誰かの特別でありたいと。
「特別ねー。幻ちゃんが大事っていうなら大事じゃないかな」
肯定しつつ双眼鏡を受け取ったのは長身で手足がすらっと細長く、紫紺の瞳を宿す地名美南だ。
少女は特別な力を持っていた。
「お前の特別な力は大事じゃないのか?」
「私としては当たり前に使えるから大事とは感じないよー。けど、この前みたいに使うんでしょ? もちろん今回も頼っていいよー」
特別『少女美南』は元気に少し膨らみのある胸を張る。
その自信を見て、僕は高らかに宣言する。
「それじゃあ今回も頼るぞ。ターゲットは我が友佐藤大地、クラスメイト田中由衣! 僕たちはこの二人の青春を怪盗する!!」
宣言がカッコ良く決まった僕は思わず鼻が高くなっているのだろう。
それに気づいたのか、僕を見て妖しく柔らかく笑う。
「今回も入念に情報収集したんだー?」
菫色の髪をなびかせ、いたずらに笑う。その笑みを残したまま、少女は双眼鏡に視線を戻してターゲット二人を探している。
僕はそのいたずらな笑みに緊張することもなく、ドギマギすることもなく、快活に答える。
「当然だ。怪盗において情報収集はもっとも重要だからな!」
「それで情報収集の結果、何を盗視取るのー?」
「友達の友情を破壊しようとする由衣ちゃんの心情、といったところかな」
「破壊なんて言い方まどろっこしーよ、幻ちゃん。素直に大地くんと由衣ちゃんの告白を盗視取るって宣言しないのー?」
「まっ、その言い方でもいいな。さて、ターゲットのお二人さんは今キャンプファイヤーで互いを意識し合っているんだろう?」
大地と由衣、二人の距離は焚火台を挟んでいるため接点がないように見える。常人ならそう思うだろうが、美南の眼はごまかせない。
「うん、二人とも目線が合いすぎているねー。しかも大地くんのほうは首元まで肌を赤らめて表情がぎこちない。衣服から心臓が強く脈打って、瞳孔も広がっている。間違いなく極度に緊張してるねー」
少女の特別その壱――『異常な観察眼』という特別。
至近距離なら心が読まれていると錯覚する観察眼。遠距離でもこれほどの観察眼だ。
その特別な眼で極度に緊張していると判断が下された。体育祭のキャンプファイヤーといえば終盤も終盤だ。事前情報と照らし合えば、体育祭のあと告白する緊張だと容易に想像でき、自然と口元から笑みがこぼれる。
「そこまでわかれば重畳だ! 二人はこれから七怪奇の一つを体験しに行くだろう」
「今回の七怪奇ってなんだっけ?」
「七怪奇の色欲因子『幻惑空間の独断恋愛』。その場所での告白成功率は九割九分九厘を超える――七怪奇高校にある七怪奇の一つだっ!」
*****
「さて、この場所だな」
体育祭が終わり、生徒は全員帰宅する。本来であればそうだが、僕たちと告白イベントがある大地と由衣はそのルールを破る。
本校舎の屋上から移動した先は、旧校舎の同じく屋上。
旧校舎は廃れすぎて利用価値がないと思ってしまうが、この屋上には小さな鐘がある。それこそが七怪奇の一つ、色欲因子『幻惑空間の独断恋愛』だ。
「ここで盗視取るんだよねー?」
「ああ、ここで作戦を決行する」
「でもこの場所だとばれるんじゃないー?」
美南の反応はもっともだ。正面に『幻惑空間の独断恋愛』――色欲因子を宿した鐘。そして金網のフェンスだけで隠れる場所はない。
ただし踵を返せば扉付きの壁がある。
「そうだな。だからばれないように隠れるのさ!」
僕はポケットからサイコロサイズの怪盗道具箱『七七七拒否』をコロコロと地面に転がす。
『七七七拒否』はなぜか大きくなり、僕の身長程度の大きさになったところで上蓋が開く。
巨大な白い布が飛び出し、美南はそれを手に取りまじまじと見つめる。
「これは……布?」
「ただの布じゃないぞ、これは『迷彩壁』だ! 壁に貼り付けた『迷彩壁』に入った者は布の外側を見ることができる。だが、布に入ってない人間は僕たちを視認できず、壁ととらえてしまう。まさに怪盗道具にふさわしい代物だ!」
「なら、これに隠れて待っていればいいねー」
「そうだ! それじゃあ、ターゲットを待つぞ!!」
『迷彩壁』に潜り、壁として擬態。待つこと数分、扉が開きターゲット二人は現れた。
キャンプファイヤー時点である程度緊張していた大地だったが、今はさらに緊張をしているのが丸わかりだ。
「旧校舎……あまり来たことなかったけど、由衣ちゃんはよく来てるの?」
「私もあまり来たことはないんだよね。でもね、ここからだと素敵な景色を見せられるんだよねっ!」
由衣は大地の手を握って、鐘に向かって走り出す。大地は既に顔を赤らめながらも彼女の手に引かれて鐘の前にたどり着く。
彼女は鐘を鳴らすため、紐を握った。
「ここで一緒に鐘を鳴らそうっ! そうしたら大ちゃんに特別で素敵な景色を魅せることができるのっ!」
由衣のにこりとした笑顔に大地は心を奪われたのだろう。大地は言葉を失ったように呆然としていた。だが、彼女をじっと見据えてテンパっていた心を抑えるように深呼吸。
大地はこくりと頷いて、紐を握っている彼女の手に触れて、二人は鐘を鳴らした。
世界がキラキラに包まれた。
場所が屋上ではないとどこかだと錯覚する。否、本当に屋上からどこかに飛ばされたのだろう。
幾千もの虹色が流れ星のように光続け、さらにどこかへと駆けていく。
特別が駆けていく。
色が駆けていく。
足が地に着かないと遅れて気づくが、それさえ些細なことだと判断できる絶景が、流星群を間近で見ているように流れる。
まるで宇宙の神秘を見ているようだった。
「きれいねー」
思わず特別少女『地名美南』が感嘆の息を漏らす。
僕もその言葉に共感はするが、それだけで任務は達成できない。
僕たちはこの景色を怪盗する。
「たしかにきれいだが、目的はそこじゃない。美南、『幻惑空間の独断恋愛』を盗視取るぞ!」
「りょーかいりょーかい!」
美南は軽い口調とは裏腹に、集中力を極限まで高めてその情景を視る。
少女の特別その弐――『絶対脳記憶』という特別。
瞳の情報を脳内にすべて記憶する。まさに世界の理から外れた特別な力。少女はその特別で二人の一挙手一投足、瞬きせず瞳に色欲因子『幻惑空間の独断恋愛』を盗視取る。
キラキラは消えていた。そして、眼前に見える二人は静かに立ち尽くしたままだった。
大地の瞳は比喩なくハートマークになっている。
その視線の先は由衣。由衣は彼の両手を握りしめ、上目遣いで小悪魔的な笑みを浮かべて大地に告白する。
「大ちゃん、貴方のことが大好きです。付き合ってください!」
「もちろん! ふ、不束者ですがよろしくお願いします!」
「もうっ! かしこまりすぎだよー、大ちゃん。でも、そんなところが好きだよ!」
告白は成功に終わった。
しかしその後、二人はなぜか一緒に帰らなかった。
*****
因果応報という言葉があるように、卑怯な手を使えばそれなりに手痛いしっぺ返しを食らうことがある。
テストでカンニングをし、先生にばれてテストが零点になる。
嫌いな相手を突き落とすために嘘を流布して相手をどん底に落とす。それがばれて逆に自分がどん底な目に遭う。
隠れて相手を虐めていた人間が、ばれて逆に虐めの対象となる。
そして――自分が持っていない特別な力を利用して、告白を成功させて相手を傀儡にする。超常的な力だから、ばれることがない。
「そんな腹黒染みた幻想があるなら、僕はその幻想を怪盗しよう。青春怪盗として」
情報はすべて集めた。犯人を問い詰めよう。
今から始まるのは僕だけの怪盗だ。だから特別少女『地名美南』には盗視取った記憶を保持したまま、別の場所で待っているよう伝えてある。
僕は静かに女子トイレに入る。由衣は想定外の事態に陥れば迅速な報告を怠らない。だからこそ、家に帰るより前に安全な場所で連絡を行う。
僕の情報収集結果から、彼女は絶対その行動をとっている。
個室の前で、怪盗道具箱『七七七拒否』を静かに置き、少しずつ大きくなる中、僕は音を立てず『七七七拒否』に乗る。
『七七七拒否』は大きくなり、それに乗っている僕は個室を覗けるほどの高さとなった。
個室の中で、由衣と彼女の所有物――スマホで誰かとチャットしている姿が見て取れた。
そのチャット相手がわかり、内容も一通りわかり、思わず笑みをこぼしながら声をかける。
「由衣ちゃん、こんばんは!」
「きゃっ! へ、変態!!」
由衣はスマホを胸に押し当て、上を見上げてきょとんとしていた。
「……って、幻奇くん?」
「そうだよ、僕だよ。変態とはひどいじゃないか、由衣ちゃん。僕は友達を助けるために異性のトイレに入るという非道な行為をしているのに、変態というレッテルを貼ろうとするだなんて」
「レッテルじゃなくて事実でしょ!? 女子トイレに入ったあげく個室を覗くなんて変態っ!!」
怪しい人物を見るような侮蔑な瞳で僕を見る彼女。
彼女はスマホをちらりと見ていう。
「警察に電話するからね?」
「それはまずいな。といいたいが、君たちの悪行を警察に突き出した方が困るだろ?」
「な、なんのこと?」
露骨に僕から目を逸らす由衣に、思わずため息をついてしまう。
僕は彼女たちの目的を理論詰めするように、滔々と語る。
「君たちの目的は大地の親の金目当て。君のお母さんと大地のお父さん、二人はシングルマザーとシングルファザーだ。そこで君たちはこう考えた。君の母親が再婚する第一歩として、まずは君と大地が付き合う。外堀を埋めて再婚を促そうとしていたわけだよね」
「な、なにを根拠にいって――!」
「根拠なんて、君のスマホのロックを外せば芋ずる式につまびらかになる。違うかい?」
「こ、これは個人情報だから幻奇くんに見られたくないだけで……」
彼女は胸をさらに寄せて制服をくしゃくしゃにしてまで、スマホを自分の身に引き寄せる。
まあ保身に走ったなら、僕は追撃の口を止めないで語り続けよう。
「話を戻そうか。君は七怪奇の力を悪用して告白を強制的に成功させ、挙句に『幻惑空間の独断恋愛』で大地を寄生化させた」
色欲因子『幻惑空間の独断恋愛』の恐ろしいところはここだ。
告白がほぼ成功し、さらには成功したら告白した側の思い通りに相手を操れる。
まさに心を鷲掴みにして寄生――傀儡にできるというわけだ。
「でも寄生化はなぜか解除されて家に帰ってしまった。違うかい?」
彼女はわなわなと震えだしている。状況すべてを知っている僕を怪物なのか、怪異なのか、化物なのかと疑っているのかもしれない。
それでも、僕は口撃の手を緩めない。
「君はあまりに想定外すぎてすぐさま親に報告した。さてさて、その返信にはなんて返ってきたのかな? 読んでみたらどうかな?」
彼女は恐る恐る、僕に見えないようにチャットの返信に目を通すのだろう。
その返信内容は、たとえ見えなくてもわかる。
それならもう七怪奇には関わってはダメ。彼は記憶が消えたのよ。貴方も記憶が消されるわ。
「さて、と」
僕は個室にすたりと着地する。
由衣のきれいな顔はぐちゃぐちゃに歪んでおり、大粒の涙をこぼしながら肩で息をしている。
これから記憶が消える結果を知っていても、過程は未だ不明なのだ。これほど恐怖するのは仕方ない。
さぞかし僕が化物に見えているだろう。
彼女は個室の壁に寄り、僕から離れようとするがこの場所は個室。どれだけ離れても簡単に届く位置。彼女の顔は目と鼻の先だ。
彼女の涙に罪悪感など微塵もない。七怪奇に頼ったのだから、因果応報なのだから、むしろ罪悪感を持っていてほしいものだ。
「や、やめて――」
「――やめない。君がやってきた悪行は青春失格――やってはいけない青春だ。七怪奇という特別に手を出してずるをしたんだ。君の青春を怪盗するには十分だよね」
僕は彼女の額に人差し指を当てる。
彼女は全身を震わせ、助けて助けてと声が枯れるほど懇願するが、その声に耳を傾けることはしない。
だって僕は――、
「僕は『化物幻奇』。青春を怪盗する――化物さ」
僕の唯一の特別。青春怪盗――相手の青春を忘却させる。
僕は相手の青春を奪う。青春という特別を奪う。特別を奪う化物――『化物幻奇』でしかなかった。
*****
二人の青春を怪盗した僕は、少女に指示していた場所にたどり着く。
学校の裏門。特別少女『地名美南』は長髪をなびかせて僕の方に振り向いた。
紫紺の瞳は比喩なくキラキラと輝き、この世のものではないようだった。
「遅かったねー、幻ちゃん。もう、繋げたよ」
少女の特別その参――時空接続という特別。少女の瞳の輝きは、未来の空間をこじ開ける。
歪な暗黒空間が発生していた。教室のドア程度の大きさで、ブラックホールのように飲み込まれそうだと錯覚してしまう。
そこにもう一人の美南がいた。その美南は体育座りの格好で顔はこちらに向けていたが、僕たちを捉えてないのだろう。紫紺の瞳が虚ろで、光がまったくなかった。
「…………」
普通の彼女。あるいは、未来としてありうる特別少女『地名美南』の成れ果て。
意識も虚ろで現実と幻想が曖昧な境目で彼女は、希望をなくして真っ暗な空間でも呆けているようにどこかを見つめているだけ。喋ることも目を合わせることもできない彼女。
それでも、特別少女『地名美南』であれば未来の彼女に希望を届けられる。
「この前と同じように、彼女に青春を渡そう美南。そうすればまた、未来の出来事がわかるはずだ」
未来の存在に青春を渡す。そんなの普通であれば不可能だが、時空接続を持つ特別少女『地名美南』には可能だった。
以前、青春を渡したとき未来の彼女はいった。
『幻ちゃんは、死んじゃった……』
希望の瞳を宿したと同時に絶望染みた言葉を口にしていた。それに僕は驚いたが、同時に彼女の瞳も虚ろな瞳に戻っていた。
今回もそれと同じことをする。
特別少女『地名美南』が未来の彼女に、先ほど盗視取った青春を目渡しする。
目渡しされた記憶は普通の彼女に確かに届き、瞳に気力を取り戻す。
その間に少女は彼女に問う。
「ねぇ、未来の私。幻ちゃんはいつ、死んじゃったの?」
「卒業式のとき……」
短い答え。それでも、未来の彼女の瞳は虚ろに変わってしまっていた。
「その間に未来では何があったの!?」
普段はマイペースな特別少女が慌てている。それは焦燥感なのだと見て取れる。僕は彼女を静止するように言葉を投げかける。
「美南……これ以上の回答は望めそうにない。残念だが、今日はこれまでだ。タイムリミットがわかっただけでも重畳だ。続きはまた青春を盗視取ったときじゃないとわからないぞ」
「……そう、よね。うん、慌てちゃった」
「タイムリミットまで1年と半年程度しかないと慌てたくなるかもしれない。けど、今日はこれ以上何もできないから帰ろう、美南」
「うん」
僕たちは帰る。
卒業式までに特別は消える、絶対に。