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魔王アリスは、正義の味方を殺したい。 後編  作者: ボヌ無音
スピンオフ 剣と精霊の章

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入学試験2

 筆記試験が終わり、一晩を挟んで――翌日。

 本日の試験科目は実技試験一日目である。昨日の試験と比べて、他の受験生も心なしか顔が明るく見えた。

 座学も同じく力を入れているものの、もっと人気があるのは実技だろう。魔術を使うことは、目に見えて実力が分かるのだ。


「実技科目は三種類行う! 体術から剣術、そして最後に魔術をテストする! 準備運動を怠らないように!」


 試験官がそう叫ぶと、ざわざわと周りが騒がしくなる。誰もが興奮しているのだ。

 筆記試験とは違って、他者の実力を間近に見られる。自分の実力を発揮できるという意味でも、この試験を楽しみにしているものは多いのだ。

 リーベとしても、〝人間の十三歳程度の実力〟を知らないため、この試験はいい機会にもなった。周りが規格外な者たちばかりで構成されていることもあって、平均を知るにはちょうどいいタイミングだ。


 まず最初は、試験官の言う通り体術の試験だ。武器も魔術も禁止で、体だけを使った近接格闘術で行われる。

 あまりにも初歩的すぎると撤回の要望もあるようだが、卒業して戦いの場に出た時に、それらを制限された場所で戦う際に何も出来ないなんてことは危険なのだ。

 試験は一対一で行われ、対戦する相手は学院側で指定される。


「次! リーベ・ラストルグエフ!」

「はい」

「おい、聞いたか?」

「ラストルグエフ……?」


 試験官がリーベを呼ぶと、周囲が明らかにざわめきだす。

 ラストルグエフの名前といえば、教科書に載るほどの著名人。親戚ということも考えられるが、大抵が思い浮かべるのはあの英雄の二人だ。

 息子も勇者であり、魔王に立ち向かった英雄として、今でも語り継がれている。


(チッ、不愉快だな……)

『くくくっ……』


 しかし、そんな有名な〝ラストルグエフ〟は、リーベにとっては不快な名字でしか無い。

 順調に学院生活を終えるためには、〝ヴェル・トレラント〟の姓よりも、〝ラストルグエフ〟のほうが動きやすい。

 リーベとしては交友関係もなにも築くつもりはないため、誰が何を言おうとも問題はない。ただただ卒業をして、その実績が欲しいだけなのだ。

 だが悲しいかな、優遇される方を選ぶとすれば。ラストルグエフのほうがまだまだ有利なのだ。

 アリスがパルドウィンを支配して、三年ちかく経過しているものの――国民はアリスを完全に受け入れたわけではない。

 それに年々、容姿もオリヴァーに似てきていることもある。ラストルグエフの姓を使っていたほうが、納得がいく。


 リーベが呼ばれて前に出ると、既に対戦相手が待機していた。

 体格が同じくらいの少年だった。体術には自身があるのか、ニヤニヤと笑いながらリーベを見つめている。

 試験官は二人が対峙すると、少しだけ下がって合図を出す。


「ルールは先程言った通り。武器も魔術の使用も禁止。それでは……はじめ!」


 合図と同時に、少年は飛び出した。

 それを見た受験生達は、口々に「おぉお!」「なんて速さだ!」と彼を称えている。リーベの横目に見えた試験官の顔も、驚愕に染まっていた。

 リーベは少年の速さを、速いだなんて思わなかった。自宅にいる蟲の悪魔や、機械人形(オートマタ)などと比べれば、遅いも遅い。


(人間の世界ではこの程度は速いのか……。ふぅん)


 別段、合わせる気もないが、酷く目立つのも避けたい。

 リーベは魔術が扱えないため、体術と剣術でなんとか高い成績を収めねばならないため、手を抜こうにも抜きづらいのだ。


 少年はリーベの場所にまで辿り着くと、拳が容赦なく頭を狙った。リーベはそれを、まるで間一髪で避けたように回避してみせる。


『どうするつもりじゃ?』

(何発か貰って勝とうかな。母上がよくやる戦法だ)


 リーベがエレメアにそう伝えると、都合よく相手の少年はまた攻撃を仕掛けてきた。どうしても一発で決めたいのか、今度は頭部を狙ったハイキックを飛ばしてくる。

 それをわざと受けて、大げさに吹き飛んでみせた。ゴロゴロと転がりながら、さり気なく受け身を取る。


(僕、鼻血は出てる?)

『いい感じに出ておる』

(よし、じゃあもう良いや。反撃といこう)

『もうよいのか』


 リーベはふらつきながら立ち上がる。もちろん、これも演技だ。

 相手に油断をさせるために、まるで必死に戦っているように思わせる。もともと最初からリーベに対して、舐めているような態度を取っていたため、わざと受けずとも勝てただろう。

 速度もリーベのほうが上であり、最初の攻撃を受ける前に相手を倒せたのだ。


「おいおい、ラストルグエフって言うから期待したのに。なんだい、それは」

「……じゃあ本気を出すよ」

「ふっ、言っていろ!」


 宣言した通り、リーベは少しだけ本気を出した。

 相手の少年と同時に動き出すと、少年が攻撃を仕掛けるよりも前に距離を詰める。それは先程の少年の動きよりも、幾分も速いものだった。

 動揺した少年は、防御の体勢を取ることが出来なかった。

 すんなりと懐へ入り込んだリーベは、一瞬だけ口角を上げてニヤリと笑う。

 そして拳をギュッと握りしめると、思い切り、少年の顎をめがけて振り上げた。


「がっ……!」


 少年の体は少しだけふわりと浮いた。そしてそのまま、受け身も取れないまま後ろへゆっくりと倒れていく。

 ドサリと音が響いて、少年は完全に地面へと横たわった。


「医務室に連れて行ったほうが良いですよ」

「え!? あ、あぁ……えっと、試合終了!」


 リーベが声をかけたことで、試験官はやっと我に返った。

 少年はそのまま起き上がること無く、担架を持ってきた教員達に連れられて退場していった。きっとあのまま、次の試験も受けられないだろう。

 筆記の成績が悪くなければ、上手く行けば合格もありえる。この試験では勝敗を見ているのではなく、技術面を確認しているだけだ。

 たった今、罪もない少年を医務室送りにしたわけだが、あの魔王の養子たるリーベには全く罪悪感すらないのであった。


『可哀想じゃなぁ。人の子も、相手が悪かったのう』

(向こうが弱いほうが悪いんだよ)

『おぉ、怖い怖い……』


 リーベは元いた場所に戻りながら、鼻血の様子を確認している。

 受け身を取った際に付いた砂埃も払いながら、まるで何事もないかのようにしていた。

 周りからは敬遠の目を送られていたが、他者の評価が気にならない彼にとっては、どうでもいいことであった。


 少年が運ばれていくと、当然のように次の試合が始まる。ざわついていた会場も、試験が再開すれば次第に収まっていった。

 リーベはぼんやりと他の試合を見ていたが、どれも中途半端なものだった。

 体術はメイン科目ではない上に、魔術に比べれば威力も劣る。それに魔術は圧倒的な人気を持っていた。だからこそ極めている人間は少ない。


『なんじゃ、大したことないのう。貧弱な餓鬼共じゃ』

(まぁまぁ、所詮は不人気科目だから)


 そうして。日が暮れる頃に、最後の一組が終わった。

 慣れない体術試験で、一同は既にボロボロであった。試験官のねぎらいの言葉など右から左にすり抜けて、彼らの頭にはとっとと宿に戻って休むことばかりを考えていた。

 一応負傷をしたリーベだが、他の面々とは違い体力に余裕もある。普段からヴァジムの考案した訓練を行っているからだろう。


「――それでは、解散!」


 試験官がそう言うと、一斉に散り散りになっていく。

 リーベもホテルに戻るため、帰路につこうとした。


「!」

「お前、ラストルグエフって本当か?」

「言われてみれば、教科書の英雄様の似顔絵に似てるな」


 十代にしては体格のいい数名が、リーベの前に立ちふさがる。ニヤニヤと気味の悪い笑みを貼り付けて、リーベを観察するように見つめていた。

 〈二つの真実(トゥルーズ)〉という効果の魔眼を持っているリーベにとって、彼らがどういった理由でここを塞いでいるかなんて分かりきったことだった。


『人気者は大変じゃのう』

(ありがとう。しかし、試験中に騒ぎなんて起こしたくないしなぁ……)


 先程の戦闘で少し目立っているということもある上に、ただでさえ魔術が使えないというハンデを背負っている。

 実技試験の中の三つの内、一つが丸々駄目になるため、更に成績を下げるようなことは避けたい。

 明日も実技試験が残っているため、早く帰りたいのは山々だ。リーベの敬愛するアリスとはい違って、リーベは疲労を感じる体である。たいした疲れはないとはいえ、パフォーマンスを維持するために眠っておきたい。

 彼らをどかすために実力行使をしても構わないが、また病院送りを増やしたとなれば、騒ぎどころでは済まない。


(どうしたものか……)

「こら! そこ、何をしている!」

「!」

「やっべ、試験官だ」

「行こうぜ」

「命拾いしたな!」


 試験官がやって来ていると分かると、流石の彼らもそそくさと去っていった。

 試験官はリーベのもとまでやってくると、彼の様子を確認し、怪我などがないかを見る。着崩れすらしていないことが分かると、ほっと胸を撫で下ろす。


「ご無事で良かったです、リーベ様」

(……あぁ、なるほど)


 先程の厳しい試験官とは打って変わって、柔らかな微笑みと視線を寄越す。

 都合よく現れたことも相まって、リーベはその意味を理解した。彼は、アリス側の人間なのだろう。

 もっと言えば、ブライアンの部下のようなものだ。

 まだまだアリスに対する信仰心が薄いパルドウィンでの、アリスを信頼している貴重な人間だった。


「母上派閥の人間ですか。その立場で試験官とは……不正ではありませんか?」

「問題ありません。試験内容に、私情ははさみませんから」

「素晴らしい心がけですね。ブライアンにも見習って欲しいです」

「ヨース現当主に……?」

「えぇ、まぁ……」


 リーベはこれから帰るホテルを思い出しながら、小さくため息を吐くのだった。

パルドウィンは、他国と違ってアリスが「救った」わけではないので、まだまだ魔王を嫌う風潮が強いです。

マザー・フリルもいますが、「魔王の」とはいっていない+ただただ恐怖政治ということもあり、まだ勇者を崇拝する人が多いのです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リーベ強くなってるー!! リーベからしたらラストルグエフって名乗るの相当な苦痛なんだろうなぁ笑
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