入学試験1
リーベの学院行きが決まってから、時間が過ぎるのは早かった。
日にちは既に受付日となっており、リーベは慣れた足取りでパルドウィンへ向かった。今回からはエレメアも同行し、今後も一緒にいることに慣れてもらうことにした。
日頃からパルドウィンに出入りしていたこともあって、ストロード学院までの道のりは、さほど苦労もせずに辿り着いた。
リーベはたった今ついたばかりだが、会場はもう賑わっている。
ストロード学院は各国でも著名な学院であり、諸外国から入学試験を受けに来る人も多い。ちらほらと他国の人間も確認できた。
それに、まだ試験の受付日だと言うのに、既に知り合いの輪が出来始めている。
異国のもの同士が仲良く喋っているのを見たエレメアは、はて、と首を傾げた。
『なんじゃ、知り合い同士で来ているのか?』
「他の人たちは、他国や遠い地域から来てるし、早めに到着してたらしいよ」
『つまりもう友人になっておるということか。乗り遅れたのう、子よ』
「別に僕は馴れ合うつもりはないから」
『なんじゃ、つまらんのう』
試験自体は数日をかけて行われる。
筆記試験から始まり、三種の実技を実施。総合的な結果を鑑みて、合格、そして振り分けるクラスが決まるのだ。
複数日からなることもあって、受付した生徒候補には宿泊施設も提供される。転移でアベスカにある魔王城へと、毎日帰宅しているリーベには関係のないことなのだが。
「僕達も受付しようか。えーっと……」
「リーベ様!」
キョロキョロと施設内を見回して、受付を探す。そんなリーベに声を上げて近付いてきたのは、裕福そうな格好をした男だった。
突然に名前を呼ばれて、リーベは顔をしかめた。
彼の存在はここの三年で、貴族全体に知れ渡っている。城に出入りすることも多い故に、その認知度は高い。
向こうがリーベを知っていても、リーベは利用価値のある人間以外に興味は無いわけで。つまるところ、リーベの知らない貴族であった。
「僕のことを知ってるってことは……どっちの人間? というか人間?」
「私は人間で御座います。ブライアン様から、幾つか贈り物を預かっております。ご案内しますので、こちらへ」
「受付は?」
「こちらで済ませておきました」
「そう」
魔眼で観察していたが、最初から最後に至るまで嘘はついていない。
信頼するとはいえないが、信用してもいいだろう。
リーベは男についていき、案内された先はホテルだった。
しかもただのホテルではない。会場に最寄りかつ、富裕層が利用するホテルだ。並大抵の貴族では使えないほどの最高級ホテル。一部屋に一泊二日泊まる金額だけでも、平民が数年働かねばならないくらいの場所だった。
チェックインの手続きなど無く、男はそのまま部屋まで案内する。
通された部屋も部屋で、このホテルで最もいい部屋だ。常にメイドが数名待機しており、いつでもなんでも出来るように配慮されている。
中に部屋は複数室あり、衣装室まであるほどだ。
最高級の素材を使った寝心地のいいベッド。広いバルコニーにはプールまで。
それを利用するのは、十三歳――実年齢は三歳だが――の少年である。
部屋に入った瞬間、リーベは呆れた。
もはやアリスに心酔していると言っても良いブライアンならば、なにか手当を出してくるとは思ったが、ここまでとは想定外だった。
呆然としているリーベの横を、エレメアがすり抜けるように飛ぶ。ヒュンヒュンと風の子のように部屋を飛び交い、最高級のホテルルームを見て回る。
ベッドの上を飛び跳ねたり、プールを観察したりと忙しい。
「ブライアン様からです。こちらの部屋でしっかりと休み、試験に挑んで欲しいとのことです」
「あの貴族め……」
『なんじゃ、いいじゃろう! ベッドもふっかふかじゃぞ!』
(成績以外で目立ちたくないんだよ、僕は……)
結局、リーベはそのままこの部屋を使うことにしたのであった。
翌日。
待ちに待った試験日である。一日目は筆記試験からの開始となり、リーベもエレメアも試験会場へと入っている。
入口で受け取った番号の席に座れば、一番後ろの一番端の席であった。偶然なのか、ブライアンの仕業なのか分からないが、恐らくここまでくれば後者である。
(隣に知り合いが来ないように配置しているのか?)
『ふむ。異国のもの同士で並んでおるな』
(あぁ、だから友達を作ってたのか)
カンニングで突破した人間が、ストロード学院の勉学についていけるはずがない。
学術面で不安があっても、技術面に自信があるならばともかく。ここの学院を出たという実績がほしいだけでカンニング受験しているのならば、その者に未来はない。
進学や進級に必要な課題をクリアせずに退学となるだろう。
ストロード学院は、生徒のレベルに合わせたクラス分けをされているものの、レベルの低いクラスでも求められるものは高い。
高い成績を持つ者には学費の手当は出るが、そうではないものには通常の金額を求められる。貴族ならば問題ない金額だろうが、一般市民には少々痛手だろう。
人によっては金も時間も無駄になるのだ。見栄を張って受験するくらいならば、最初からレベルを落とすべきなのである。
「――試験時間は五十分! それでは、開始!」
『おい、子よ。説明を聞いておったか?』
(え? 聞いてなかった。どうせ大したことないでしょ)
『魔術で監視しておるから、不正を働けば即座に不合格じゃと』
(隣の席は遠くて見えないし、僕は魔術は使えないから意味ないね)
『……そうじゃった』
リーベはペラリと試験用紙をめくる。
問題を解く前に一通り目を通す。書かれている内容は、リーベにとってはどれも初歩的なことだった。
周りの目はなくとも、耳はあるため、全てをすぐに書くことはしない。他者のペースに合わせて、まるできちんと読んで考えて解答しているかのように。
『おい、何をしておる!』
(なにが?)
『わざと間違えておるであろう! 問二も、その次も……子ならば出来るはずじゃぞ!?』
(満点なんて取ったら怪しまれる)
『そんなものか!? 面倒じゃのう……』
(ま、調節はするけど――母上のために一番いいクラスには行くつもりだよ)
『恐ろしい子じゃ……』
大抵の人間は、この学院に合格するために、血の滲むような努力をしてくる。遊ぶ暇も、寝る間も惜しんで勉学に励むものだっている。
努力しなくとも、才能で合格出来るものもいるが、それは本当に選ばれた一握りの人間だけだ。
例えばそれは、肉体的なリーベの両親であるオリヴァー・ラストルグエフや、ユリアナ・ヒュルストのような。
もしくは、アンゼルム・ヨースのように、生まれてから最高の環境を得ているものくらいだろう。だがそんな人間こそ、更に限られてくる。
リーベの言うように、満点を出して当たり前、あとは一般人に似せるように自身で減点していく――なんて子供はいないのだ。
(というか、エレメアって引きこもりだったじゃん。ここの問題、世界史とか分かるんだ?)
『暇じゃったから、魔王城の読み物は大抵読み漁っておる』
(さすが精霊! ――って、褒めようと思った僕が馬鹿だったよ……)
てっきり、大精霊だからとなんでも知っているのか――と感心していた。働かないものと同じような存在だと見下していたリーベだったが、素直に答えたエレメアに落胆する。
事実は、暇が過ぎて、たまたま得た知識なのである。
とはいえ、長いこと永久の庭にいたエレメアにとっては、魔王城などの貯蔵書物を読み漁ることは、見識を広げるという点でも悪くないことであった。
世間知らずの彼女なりに、世界を知ろうとしているのだ。
『しかし、一人としてわしが見えておらんのは、つまらんのぉ。楽しみじゃったが、平々凡々な学校生活になりそうじゃ……』
エレメアは猛者が集うこの会場ならば、彼女の隠密魔術を見破れると思っていた。
魔王城の幹部やその部下は当たり前のように見えているし、目の前にいるリーベも見えている。
隠れておやつを食べようとしたエレメアが、ヨナーシュに連行されたという話はしばしば聞くものだ。
だがパルドウィンにやって来てから、エレメアを視認できるものは全く居なかった。今も受験生を監視している教師もそうである。
エレメアはリーベの頭上をプカプカと浮かびながら、『人間の世界はつまらんのう』と嘆いているのであった。
リーベくんずっと機嫌悪いなぁって思いながら書いています。
もしかしたらお話が続いていくうちに、リーベのことを嫌いになる人が出るかもしれません。早めにお逃げください。




