飴と鞭
次回更新日は、6月19日です。
「せっかくだ、家族でまた団欒でも過ごせ」
「《え、アリス様! 仕事はどうすれば!?》」
「あー、マリルに聞いてみる」
アリスはマリルとの通信をするため、ブライアンの部屋を出た。
残されたのはワンゼルムとブライアン。エキドナは茶菓子を取りに外に出てしまい、今いるのは二人だけだ。
ワンゼルムは記憶が無いのでなんともないが――ブライアンにとって、嫌な沈黙が流れる。
「ところで、アンゼルム……」
「《なんでしょうか?》」
「そのチョーカー……首輪はなんだ?」
「《これは翻訳機です。僕はこれがないと、犬の言葉しか喋れませんので》」
「い、犬」
「《アリス様が頭を操作した際に、言語中枢にミスが生じたみたいでして》」
「そう、か……」
魔術に精通しているブライアンであっても、ワンゼルムの言っていることはあまり分からなかった。
アンゼルムをワンゼルムにしたのは、人類を超越し、はるか上にある魔術だ。たかが貴族で、魔術に詳しい一族には知り得ない情報であった。
一瞬、魔王に〝そういう趣味〟があるのでは――と焦ったが、そうでないことにホッとする。
まさか息子がその犠牲になっていると思ってしまえば、気になってしまう。
それにブライアンにはまだ、気になることがあった。
先程も言っていた、学院。教育者についてだ。
「その……お前は今、仕事をしているのか?」
「《はい。アリス様から仕事を賜りまして、ウレタ・エッカルト魔術連合国にて、魔術を教えております》」
「……なんだって?」
少しだけブライアンの瞳が、表情が輝いた。
息子は常々優秀だと思っていたが、まさか教鞭をとるとは。学院を出てからは、一族をついで政治にも関わらせようと思っていたが、他者に教える立場になっているとは思わなかった。
だが優秀なアンゼルムならば、それも納得がいく。
そしてそれと同時に、教育者になっていることを誇りに思った。
「《まだ教員も少なく、やることが多いので出来れば早く帰りたいのですが……》」
(それだというのに、あの女――いいや、あの御方は、私達に一家団欒を勧めたのか? ……なんと――慈悲深い)
ガチャリ、と音がして人が入る。
この部屋にノックもしないで入ってくるのは、アリスただ一人。
マリルとの連絡が終わったので、戻ってきたのだ。表情はそれほど悪くない。問題なく話がつけられたのだろう。
後ろにはちょうどいいタイミングで帰ってきたエキドナもいた。手には菓子の乗った盆を持っている。
「何とか大丈夫そうだ。課外授業とか入れておけば、二週間くらいなら空けられそうだと」
「《そんなに宜しいのですか……?》」
「んー、まあクラスメイトとの交流も必要じゃない?」
「《ああ。たしかにそうですね》」
アリスが再びソファへと座ると、エキドナは茶菓子などを用意し始める。
テーブルに持ってきたそれらを並べ、ペコリと一礼すると少し離れた場所へと移動する。
この国を任され、遥かに強いエキドナであっても、その態度は変わらない。下手すればメイドなのではないのかというくらい控えめな所作だ。
「ありがとー」
「いえ……」
アリスは出された茶と菓子を、遠慮なしに食べていく。
食事が不要な彼女にとって、これは無意味な行為だ。だが勇者を殺す以外の、数少ない楽しみだ。
異世界ということでたまに口に合わないものもあるが、大抵は楽しんで食べられている。
パルドウィンも例外ではない。
そんなアリスとは裏腹に、ブライアンはまたぶるぶると震えている。恐怖や驚きではなく、感嘆による震えだった。
たった今、ブライアンの中でアリスへの考えが変わったからである。
「アリス魔王陛下、なんとお礼を言ったらいいか……!」
「礼はいい。結果を見せろ」
「はい!! ……あ、そうでした。折角いらっしゃったのでしたら――こちらを」
「? これは?」
「永久の庭についての資料です」
「!」
ブライアンは机を漁り、一つの資料をアリスに渡した。
たいして書き込まれているわけでも、分厚いわけでもない。だがそこには簡素な地図と、報告がいくつか書かれていた。
――永久の庭。
この世界の抱える謎の一つ、誰も帰らぬ未知の島。各国を分ける巨大な河川の真ん中に浮かぶ、未開の土地。
数年に一度、ここに眠るとされる秘宝を探しに戦争が起こる。
帝国、王国、そしてト・ナモミ、ジョルネイダが参戦する戦いだ。どこの国もそこに秘められた事実を解き明かそうと、躍起になって人を送る。
しかし戻ってきたのは、ほとんどいない。
長い間、誰もその真実を知らない島なのだ。
「おそらくそろそろ、帝国やト・ナモミが、腕利きの冒険者らを送り込む時期です。本来であれば我々王国も、略奪戦争に参加するのですが……その……」
「ああ、私が兵士をことごとく潰したからな」
「は、はい……」
「別に君が萎縮することはないだろう」
「そうですね……」
普段の様子から、そろそろ島へ上陸してもおかしくはない。
パルドウィンもそれに向けて準備を整えたいのだが、手練の兵士も、軍も壊滅的だ。国を立て直すのに必死で、宝探しなんてしている暇はないだろう。
しかし王国としては、ジョルネイダ公国はまだしも、リトヴェッタ帝国に劣るようなことは避けたい。
可能ならば次の秘宝探しの戦争も、参戦したいのだ。
「で、なんだって?」
「あぁ、はい。腕利きを送るのはいいのですが、帰ってくるものたちはほとんどおりません。奥に眠るとされる宝も、誰も知らないのです」
「ふぅん……。面白そうだ!」
ジョルネイダとの戦争を待つ間、アリスは暇である。
帝国を旅してもいいが、下手に刺激して相手を増やしたくもない。
もしも何か本当に秘宝があるのならば気になるし、この世界の人間が勝てない相手ならば、手応えもあるだろう。
それにアリスたちならば、死なずに戻ることだってできるはずだ。
「そう仰ると思いました」
「パルドウィンは参加出来ない可能性がある、と言ったな?」
「はい」
「参加しろ。名義だけ借りたい」
「はい?」
勝手に乗り込むことも可能だが、最近はパルドウィンに対して鞭を与えすぎた。ここは一つ、飴を与えるべきだろう。
それに、アリスの所属しているアベスカ――アリ=マイア教徒連合国は、着々とトレラント教に塗り替えられているものの、大元はアリ=マイア教だ。
アリ=マイア教の教えは、質素倹約。他人のために尽くすこと。平和を望み、宝探しの戦争なんてもってのほか。
宗教の教えに則って、過去にアリ=マイア教徒連合国が参戦した記録はない。
パルドウィンの名を借りていけば、アリ=マイアの人々に失望されることはない。
そして今まで恐怖によって支配してきた彼らに、少しだけ利益をもたらすことができる。一石二鳥ともいえよう。
「アリ=マイアはそういったものは好まれない。だから君たちの名義で参加させてくれ」
「なるほど……。名義だけでよければ、お貸しします」
「助かる」
「《帝国名義ではいけないのですか? 聖女と知り合われたと聞きましたが》」
「国絡みで知り合っているわけじゃないよ。私はあの女の護衛騎士になっただけだし」
「《そうでしたか。失礼しました》」
事実、あの試験以降から会いに行っていない。
聖女ジュリエットは公務でアリスの分身を連れ回しているみたいだが、今のところ分身でことが足りている。
呼ばれるほどの緊急時が訪れていないのだ。
それにアリスの存在を知っている帝国の人間は、ごく少数だ。まだ侵略が進んでいるとはいえない。
「あの、差し出がましいようですが、ひとつ宜しいですか?」
「ん?」
「可能でしたら、我が国の学者や兵士もお連れいただけないでしょうか?」
「ふむ……」
パルドウィンの名を借りる以上、編成に数名組み込むつもりだった。本当にパルドウィンの人間が上陸したという理由をつけるためだ。
正直言えば、戦闘や探索だけならば幹部や手持ちの部下の編成でもいいし、何ならアリス一人でも良い。だがそれだけでは、パルドウィンが行ったということにはならない。
すべてが魔族で構成されていれば、魔王軍が行ったも同義だ。
連れていくにしても、アリスはパルドウィンの著名騎士などを知らない。
ブライアンが選定してくれるのならば、それに頼るに越したことはない。
「構わない。ただし学者は駄目だ。兵士のみ許す。人数も数名でいい。こちらの戦力もあるし、多すぎると巻き込んで殺しかねない」
「承知致しました。ありがとうございます」
「帝国らの開戦の合図が来たら知らせろ」
「かしこまりました」
「じゃあ、ワンゼルム。よろしく」
「《はい。お任せください》」
アリスは用意された菓子を食べ終えると、ワンゼルムを置いて魔王城へと帰還した。
第三章完結です。
一週間のお休みをいただいたのち、第四章を開始致します。




