おもてなし
ジュリエットの言っていた富豪のいる場所は、先程のギルドよりも少し都市部へと向かった場所だった。
そのため移動距離は長い。ただ純粋に歩いていただけでは、日が変わってしまうだろう。
明日のトーナメントに用事があるアリスとしては、時間の浪費はどうしても避けたかった。
ゆえに、アリスは街に三人を置いて、自分一人だけ高速で移動する。
あとは〈転移門〉を開いてしまえば簡単だ。街に到着したアリスは三人を回収し、目的地へと急ぐ。
街に着いた四人は早速、教えてもらった富豪の家へと向かった。
名前はグレゴワール・ジョフロワ・コタヴォ。富豪というよりもギャングに近く、それが原因でジュリエットの目に止まったのだろう。
彼の邸宅は、都市部に近い比較的大規模な都市に建っている。
小高い丘の上に、まるで城塞のように立地しているそこは、街を支配するに相応しい。
街自体にも砂嵐を防ぐ魔術は付与されているものの、グレゴワールの邸宅にはそれを凌駕する高いレベルの魔術が付与されていた。
一行は丘を登り、屋敷に辿り着く。
当たり前だが門番が存在するため、見知らぬアリスたちを見た門番は、訝しげな目を向ける。
「誰だお前達は」
「こちらを旦那様に届けて頂けますか?」
そう言って手紙を差し出したのは、ヨナーシュだ。
アリスが渡してもよかったのだが、ヨナーシュが「私が行いますよ」と買って出たのだ。
現在はアリスの見た目も、一般市民そのものだ。その辺の町娘が渡すよりかは、神官であるヨナーシュが渡したほうが相手も受け取ってもらいやすいため、アリスもそれを頼むことにした。
ヨナーシュは人当たりのよい笑顔を顔に貼り付け、ジュリエットから受け取っていた手紙を渡す。
アリスはフィリベルトと茜に囲まれ、つまらなそうに爪をいじっていた。
「……待っていろ」
門番は奪い取るように手紙を取ると、そのまま屋敷の中へと消えていった。
このまま門前払いを食らうかと思っていたが、存外、話を聞いてくれそうでホッとする。
これもジュリエットのおかげなのだ。
「全く。態度が悪いですねぇ……」
「嫌な役回りさせたねぇ」
「構いません。相手は人間ですから、私より弱いですよ」
「それもそーだわ」
アリスはヨナーシュを気遣う言葉をかけたが、あの門番もヨナーシュに比べたら弱い。
勇者やアリスなどと比較すれば、遥かに弱い存在であるヨナーシュだが、人間と戦って負けるほど弱いわけじゃない。
たかが門番相手ならば、知識人たるヨナーシュでも勝てるのだ。
「それに柄が悪いのは、ここがギャングじみたことをしてるから、かな?」
「……なるほど」
「ジュリエットに粛清されて、マシになったみたいだけどね」
「よく知ってますね」
「手紙を透視した」
「…………」
もう何も言わないでおこう、とヨナーシュは黙るのだった。
依然として門番が戻ってはこないが、透視した内容からジュリエットには頭が上がらないのは分かりきっている。
とっとと宿と、明日の予定を確保したいアリスは、まだかまだかと待っていた。
すると、屋敷の中から門まで響き渡るほどの、バタバタという足音が聞こえた。
「しっ、失礼しましたぁああぁ!」
そう言って門から飛び出してきたのは、タトゥーだらけのスキンヘッド男。
ジャラジャラとゴールドのアクセサリーを揺らしながら、アリスの前に出る。そして流れる動作で、彼は砂埃だらけの地面へと伏せた。
地面に頭を擦り付けるようにして、必死に懇願するようだった。
彼の悪行を知っているものからすれば、この行動はありえないことだろう。
だが彼・グレゴワールをこうさせてしまうほどには、ジュリエットの〝癒やし〟は絶大だったのだ。
「部下がとんだ御無礼を! 許していただけるのでしたら、なんっっっでもして差し上げます! なんなら部下の首でも差し上げます!」
「要らん。手紙にもあった通り、私は勇者の出場する戦いを見たい。そして帝国滞在中の宿の確保だ」
「えぇ、それはもう! こちらで急いで手配致します! 宿なんていわず、我が邸宅をお使いくださいませぇ!」
「あぁ」
悪者とて、命は惜しい。
もしかするとジュリエットは、死ぬよりも恐ろしいことをしたのかもしれないが、それは彼女のみぞ知る。
グレゴワールは、アリスに対して最もいい部屋を与えた。
城のように広い屋敷には、比較的部屋が余っていたようだ。
とはいえ魔人である四人は、眠ることすらない。別室を用意してくれるようだったが、それは断った。
とりあえず落ち着ける部屋が欲しかったのだ。
(まぁ〈転移門〉でいちいち帰ってもいいんだけどね。せっかくの旅行だし)
「あのぉ」
「うわ、まだいたのか」
「も、申し訳ございません! 一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか!」
「なんだ?」
とっくにいなくなっていたと思っていたグレゴワールは、まだアリスのそばにいたようで。
必死に邪魔にならないように、気配を隠していたのだろう。目立つような容姿だというのに、よく静かにいれたものだとアリスは思う。
そんなグレゴワールの質問を許可すると、彼は猜疑の目をアリスに向けた。
「手紙には、ジュリエット様よりもお強いとあります」
手紙一枚だけで信じろというのも無理がある。
手紙自体は帝国の聖女が使う特殊な封筒に便箋だったため、本当に聖女のものであることは疑わないだろう。
しかし、あのレベル199の聖女よりも強い存在がいるのだろうか?
悪行を働いてきたグレゴワールからすれば、アリスのような細身の女を疑ってしまうのは当然だ。
覇気も闘気も、強者たる何かを感じられない。
それならば少しだけでも本気を見せてやろうか――と、アリスが動いた時だった。
ズイッと一歩前に出てきたのは、ヨナーシュだった。
「アリス様。ここも私が」
「ヨナーシュ? まぁいいけど」
先程から、よくヨナーシュが立候補をする。
ギルドでフィリベルトが活躍していたのを見たからだろうか、とアリスは思う。
同じヴァルデマルの元右腕として、対抗心を燃やしているのかもしれない――と。
アリスとしても実力を見せなくて済むので、楽でもあった。
「主にかわって、詳細をお伝えします。こちらへ」
「? あ、あぁ。おい、お前ら。俺は彼と話をするから、客人をもてなせよ」
「かしこまりました」
ヨナーシュとグレゴワールは、別室へと移動していく。
グレゴワールに命令された部下たちは、アリスらをもてなすべく様々なものを用意し始めた。
国の伝統料理から、見目麗しい美女。踊り子まで連れてきた。
まさかここまでもてなされるとは思わず、アリスも少しだけジュリエットに感謝した。本人に直接言うと調子に乗るため、思うだけだ。
数十分ほど経過したころ。
ニコニコと満面の笑みのヨナーシュが、ガタガタと震えたグレゴワールを連れて戻ってきた。
アリスは完全におもてなしを堪能していて、ヨナーシュが何を行っていたのかは見ていなかった。現在も出されている料理をモグモグと食べている最中だ。
脳みそを覗けば何をしたかは分かるが、グレゴワールの怯えようからそれも不要と判断する。
「私も一応、ヴァルデマルに仕えていたものということです」
「……なるほどね」
「おもてなしはお気に召しましたでしょうかぁあ!!」
「あ、うん」
「帰られる最後の瞬間まで、誠心誠意お尽くし致しますぅうぅ!」
「はい……」
一体何をしたのだろう、とアリスは思った。
……が、ヨナーシュの満面の笑みが怖かったので、探究しないことにするのであった。




