花の情報
アリスはフルールに連れられて、別室へと来ていた。
外には監視兼護衛として、茜とフィリベルトを置いて。同じく部屋にはいるのは、ヨナーシュのみだ。
他の二人は話についてこられなかったり、余計に口を出したりする可能性もあるのも、理由の一つ。
三人が席につくと、フルールはニコリと笑って簡単な自己紹介をする。
「改めて……フルールです。一応ギルドでは名の通った情報通です」
「それは助かります。私はアリス。こちらはヨナーシュと言います」
「ヨナーシュです、宜しくお願い致します。フルール様」
「それで、勇者の情報ですか」
「はい」
「――どうしてです?」
フルールの疑問に対して、アリスは笑顔で答えた。
明確な返答をしなかったが、頭のいいフルールならば勝手に想像するだろう。
フルールも聞かれたくないと察したのか、それ以上言及することはなかった。
元々、金を積まれれば誰にでも情報を明け渡したりする。なぜ、なんて気にすることでもないだろう。
「……いえ、なんでもありません。ではまず――」
フルールからの情報は、簡素ながら分かりやすいものだった。
勇者の主な拠点。何を行っているか。最近の動き、などなど。
たいして有益とも言えないが、手にしておいて不利益を被るほどでもない。
それに主な活動拠点や、活動理由などを知っていればこれからを予測しやすい。出現場所に気をつけられるし、逆に待ち伏せすることだって可能だ。
「最近ですと、闘技場でのトーナメントに出ているようです」
「ほうほう!」
この短い時間で得た情報の中では、もっとも有益だった。
勇者の実力が危険など無く拝める機会があるのだ。しかも他にも人間がいるのならば、そこに溶け込むのは簡単なこと。
対勇者戦闘に向けて、策を練るには十分だ。
「なんでもアリの汚れたルールでして。死んでもいいんです。しかも相手は魔物だったりもして。その分、掛け金が上がって入場も困難なんですけどね……」
「金持ち向けだと?」
「えぇ」
しかし困ったことに、入場制限がかかってしまうのだった。
アリスはジョルネイダに来たばかりで、コネも知人もいない。これから作成するにしても、一朝一夕で生まれるものでもなかった。
何事も楽に進むものはないのだと痛感するのだった。
「……わかった、情報をありがとう。報酬は……」
「いえ、そちらは結構です」
「?」
「代わりに、同行を許可してくださいませんか?」
アリスはあからさまに表情を歪めた。
彼を連れていくことで、いいことがあるとも思えない。
見るからに戦闘が不可能だし、アリスを探ろうとする魂胆が見え見えだ。
アリスがパチリと指を鳴らせば、時間が止まる。
好奇心が張り付いた表情のフルールは、この魔術に抵抗できることなどなく、ピタリと制止した。
そして空間に取り残されて動くことが出来たのは、アリスとヨナーシュだけだった。
当然だが、ヨナーシュはアリスの時間停止魔術に耐性があるわけじゃない。アリスがヨナーシュだけ、動くのを許可しただけだ。
「!? こ、これは!?」
「時間停止魔術。ちょっとこいつについて把握しておきたくて」
「じ、時間停止!?」
「もう。いちいち驚くなって、自分で茜に言ってたじゃん」
「失礼しました……」
アリスは〈強制・資料閲覧〉を展開する。Xランクのこの魔術には、抵抗できる人間はいないだろう。
フルールの中身を覗けば、書かれているのはシンプルだった。
彼が同行したいと言ったのは、純粋な知識への探究心。国側の人間というわけでもなく、単純にアリスという存在に興味が湧いただけだ。
しかし、金次第で情報を簡単に渡す男だ。連れていけるはずもない。
「連れていくおつもりですか?」
「危ないから連れてかないよ」
アリスはもう一度指を鳴らす。時間停止は解除され、フルールが喋りだした。
「――如何でしょう?」
「断ります」
「……そうですか。では報酬として、先程稼がれたお金を全て頂いても?」
「……」
そう来たかぁ、とアリスは思う。
ライニールからの小遣い分を差し引いたとしても、相当な額だ。全員魔人でもあるメンバーにとって、衣食が困らないぶん、金がない事でデメリットがあるわけでもないが――せっかく稼いだ金銭がすぐに失われるのは虚しいものだった。
とはいえここでトラブルになんてなりたくもないため、アリスは仕方なくそれを渡した。
「毎度どうも」
「こちらこそ」
金を数えるフルールを残して、アリスは部屋を出た。
冒険者ギルドにも用事はないため、そのまま施設も出ていく。後ろからは文句がありそうな茜がついている。
「はぁ。面倒だったな」
「えぇー! ご主人様、そのまま見過ごされるんですか?」
「そんなわけないでしょー、ほら」
「あれ?!」
茜が驚いたのは、アリスの手元にお金があったからだ。
ライニールからのお小遣いではなく、先程稼いだ賞金もちゃっかり入っている。
譲渡する場面を見ていたヨナーシュも、こればかりは驚いた。
「そんな、あのとき渡していたのは見ましたが……」
「スピードは世界一なんだよ? スリなんてお手の物さ」
そう言うとヨナーシュは、顔を引きつらせて黙り込んでしまった。
アリスが取り出したのは金だけではなかった。分厚いメモ帳に、なにやら日程表まで。
アリスは一瞬でフルールの手荷物をチェックし、有益となり得そうなものを全て盗み取った。
人間離れしたその技だ、誰もアリスを疑わない。魔王の姿をしていたならばまだしも、現在のアリスはどう見ても人間の女だ。
その中でもっとも有益と言えたのが、トーナメントの日程だ。
書かれていた日付は――何と明日である。
「……うぅん、明日か。あ、そうだ」
アリスはふと思い立って、通信魔術を展開する。通信相手は、帝国の聖女である。
使えるものは使わねばというばかりに、早速利用することにした。
「もしもーし」
『――はい♡』
ジュリエットは忙しい身のはずなのに、幹部と遜色ないほどのスピードで通信を取る。
その様子に少しだけ焦りながらも、アリスは向こうのペースに飲まれないように話を切り出した。
「ジュリエットって、ジョルネイダにコネ持ってたりする?」
『コネ、ですか?』
「うん。金持ちしか入れない闘技場の試合を見たいんだけど、開催日が明日なんだよね。こっちには手を伸ばしてないから、私は知り合いもいないし」
王国にであれば、アリスの知り合いは多くいる。
しかしここはジョルネイダで、パルドウィン王国はその敵国である。毎年戦争を行っている国に、良縁があるとは思えない。
であれば、帝国なら。まだ知り合いはいるのではないか――そう考えた。
それにジュリエットは聖女だ。必要とあれば、他国に赴くことだってあるだろう。
『以前〝癒した〟貴族なら数名おります。一筆何か書きましょうか』
「うん」
『ではしばしお待ち下さいまし』
アリスは通信を切らず、ジュリエットを待つことにした。
ジュリエットに対する通信は一方通行なので、再びアリスがかけることとなるからである。
どうせこのまま待機していても、問題などない。
「よし。これで明日開催される試合は見れるね」
「どうなりました?」
「知り合いの聖女が、貴族に手紙を書いてくれる。それ持って向かうつもり」
「えー、ご主人様って、魔王なのに聖女の知り合い多いですねー」
茜の発言に、アリスは「確かに……」と相槌を打った。
ウレタの姫君であるマリル、リトヴェッタの皇女であるジュリエット。
どちらも聖女でもあり、一国の姫だ。マリルに関しては元の国はもう存在しないのだが、それは置いておこう。
何にせよ、魔王たるアリスが聖女の知り合いを二人も持っているのは、なかなかに異様なことである。
他愛無い会話をしていれば、ジュリエットの用意も終わったようだ。
ジュリエットはアリスに声をかけた。
『お待たせしました♡』
「ありがとー」
手紙を受け取るため、アリスは〈転移門〉開く。
門の奥には美しい聖女が現れた。彼女はアリスを見て微笑んだのち、後ろに立っている三人を見て表情を変えた。
アリス以外の三人に対して、明らかに警戒をして睨みつけている。彼女の目には、見知らぬ魔族が写り込んでいたからだ。
「お、見抜けた? そのスキル本当にすごいね」
「……お褒めいただき、ありがとうございます」
まるで殺すようにじっと見つめるジュリエット。
アリスの魔術で人間に姿を変えているものの、ヨナーシュもフィリベルトも茜も魔人だ。
全てを見抜けるスキルを持っているジュリエットとしては、彼らを警戒せざるをえない。元々それが仕事だ。
普段から体に染み付いている習慣のせいで、ジュリエットは警戒をやめようとしない。
アリスとしても、ここで殺されても困る。
茜はまだしも、ヨナーシュもフィリベルトもレベル的には弱い。帝国の勇者とも言えるジュリエットであれば、上手く立ち回れば殺せてしまう。
「部下だからね。殺さないでほしいかな」
「しっ、失礼しました」
アリスに注意されると、ジュリエットは慌てた様子で警戒を解いた。
用意した手紙をアリスに渡すと、深々と頭を下げてアリスを見送った。
〈転移門〉が閉じて、ジュリエットの気配も完全に消えた。
ヨナーシュが恐る恐る、アリスに質問を投げかけた。彼としてはどこの聖女なのかが気になるようだ。
「ちなみにどこの聖女なのですか? 私は会ったことがない方でしたが……」
「帝国だよ」
「へぇ、帝国――え!?」
「どうしたの?」
「あの、オリヴァー・ラストルグエフに並ぶとされる!?」
「有名だったんだ」
「そうですよ!!」
神官をやっていたヨナーシュにとっては、驚く出来事だった。
この人はまったく! と憤慨しつつも、尊敬の目を送っていた。
アリスはそんなことを気にもとめず、ジュリエットからもらった手紙をじっと見つめている。
誰かに渡す手前、開けて読むわけにはいかない。アリスであれば透視など簡単なこと。
シーリングスタンプを外すこと無く、アリスは中を覗き見る。
「……うわ」
「アリス様? なにかありましたか?」
「いや……、なんでもない」
手紙の内容を読んで、アリスは思わず声を漏らしてしまった。
ヨナーシュに心配の声をかけられたが、気にするなと言い放つ。
そうはいっていても、書かれていた内容はあまり聖女とは言い難い内容だった。
(ジュリエット……。私のためになるのはいいけど、聖女が脅迫じみた手紙を作っていいもんかねぇ……)
書かれていた内容は、協力のための嘆願などではなかった。丁寧に書かれているものの、そこに並ぶ文字は脅迫そのもの。
この貴族とジュリエットの間に、どんなことがあったのか知らないアリスですら――恐ろしく思える内容だった。
ジュリエットが〝癒した〟と言っても、傷を治してあげたやつではないようだ。
〝性根を叩き直した〟と言った方が近い表現だろう。
あの裏のある少女のことだ。どんなことでもやるに違いない。
味方に取り込んでおいてよかったなぁ、などとアリスはぼんやり思うのだった。




