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魔王アリスは、正義の味方を殺したい。 後編  作者: ボヌ無音
第二章 化け物たちの恋

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試験開始

 一週間などすぐにすぎるもので、日付はもう試験開始日になっていた。

 アリスは遅れることなく、教えられた試験会場へと足を運んでいた。

 会場は、リトヴェッタ帝国のカスベル山脈北東。魔獣や魔族が多く住まう――正しくは追いやられたとも言う――この場所は、少しだけ森林地帯のようになっている。

 都市部と比べれば、遥かに木々の量が多く、そこを如何に掻い潜るかどうかが見極められる。


 会場には多くの受験者が集まっていた。

 どこを見ても手練そうな者達ばかりで、誰もが強者だと分かる。

 兵士として力を養ったのか、個人で修行を詰んだのか。それは様々だろうが、この場にいる誰もが優秀な存在であると知らしめていた。


「ふぁーあ……」


 アリスはそんな中、大きな欠伸を漏らしている。

 ここ一週間は、転移の場所を増やすために東奔西走していたもので、相当な時間を費やした。

 疲れているわけではないが、人間だった頃の習慣なのか、欠伸が漏れてしまうのだ。

 ただ単純に、まだ始まらない試験に対して、つまらなさを覚えているだけというのもあるが。


 アリスは見た目をどこにでも居そうな青年に変えている。

 武器や装備は、ヴァンティアの父が用意したが、それ以外は彼女が調節したものだ。


「そこ! 気を抜くな!」

(やべっ、バレた……)


 会場の空気はピリピリと緊張で張り詰めていた。

 そのせいか、アリスの気の抜けた欠伸は目立っていた。

 試験官はアリスを注意し、周りの受験者はアリスに対して蔑んだ目線を送った。

 どちらもたいして気にしなかったが、誰かに注意されることなど久方ぶりだった。


「これより試験を始める! 試験内容を説明するので、聞き逃さぬように!」


 試験官はその言葉に続けて、試験内容に関しての説明を始めた。

 アリスを始めとする受験者の最終目的は、紙を持って帰ること。その紙は何の変哲もないただの紙だが、今回の試験ではそれを〝神聖なもの〟と想定して扱われる。

 危険な地域で、神聖なアイテムを持って帰るという任務だ。

 実際に神聖なアイテムを用意することなどできないため、代替品としての紙だ。


 ただし、持って帰るのは至難の業だ。

 この森には多数の魔獣が蔓延っている。それらをかいくぐり、紙が設置されている小屋へと辿り着く必要があるのだ。

 聖女を守るにあたって、この森を抜けられなければ無能だと言うことだ。


(ふーん。魔獣ねぇ……。本当にこの量、もとからいた量なんだろうか)


 アリスは説明を聞きながら、森全体をざっと生命探知する。

 当然だが、アリスに対して驚異となる魔獣など存在しなかった。

だがここにいる受験者には手強い相手だ。しかも量が尋常ではない。いたるところに魔獣が存在しているのだ。

 まるで人間を狩り殺すために、この森に投げ込まれたよう。難易度を引き上げるために、帝国側がわざわざ魔獣を放ったのではないか。

 そう思うくらいには、異常なほど多い。

 しかし、アリスはこの森での普段を知らない。アベスカにある大森林と比較した上での、〝異常〟だった。


「――試験内容は以上だ。では……始めっ!」

(まぁ、私には関係ないか)


 試験官が開始の合図を出せば、会場に待機していた誰もが一斉に走り出した。

 アリスもそれに倣って、森の中へと走っていく。


(聖女が拒否するまでもなく死んでそうだ……。もしかして、この試験自体も聖女が作ったのかな?)


 この試験が何度も行われているのは、聖女様のお眼鏡にかなう騎士がいないからだ。

 聖女があえて強者を選ぶために、無理難題を押し付けているなら別だ。わざと難しい試験内容にして、受験者らを全て殺していれば。

 だがそれが本当に行われていたとして、そんなことを許容する女が聖女と言えるのか。

 一瞬、アリスの頭をそんな思いが過ったが、魔王たるアリスが口を挟む内容ではなかった。

 目の前の試験に集中しようと、意識をそらす。


 アリスは森の中を走りながら、再び探知を巡らせた。

 今度は生命探知ではない。目的地である小屋を探す探知だ。そこに引っかかったのは、数軒の建造物。


(建物らしきものが複数ある……。果たしてどれが正解なのか)


 彼女の探知は、中までも確認することは可能だが、昔広大な雪山を探知したときを思い出し、やめた。

 アリスの探知は、一般と比べると遥かに優秀な機能を誇るが、あまりにも広範囲に及ぶと。目眩などの体調不良を発生させることがある。

 スノウズと呼ばれる雪男たちを勧誘したときも、広大な雪山を探知したせいで目眩や吐き気などに襲われたのだ。

 もちろん、アリスは魔術でそれらを取り除いたものの、そう何度も味わいたい感覚ではない。

 少なくとも、この茶番のような試験で、そこまでする必要はないのだ。


「ぎゃぁあぁあ!」

「!」


 叫び声が耳に届いて、アリスは足を止めた。

 開始早々、誰かが魔獣に襲われているらしい。

 キョロキョロと周りを見渡してみれば、木々を挟んで少し奥、化け物に襲われている青年が見えた。

 あたりには、彼以外にも襲われたであろう残骸が散らばっている。人間というよりも肉塊と形容したほうがわかりやすいほど、跡形もない。


「た、たすけ……!」


 アリスの存在を見つけた青年は、震える手を伸ばして必死に助けを求めた。

 アリスは顔色一つも変えないまま、くるりと踵を返す。助けてやる義理も道理もない。


(私が勇者や英雄だったら、ここで颯爽と助けてやるんだろうなぁ)


 スタスタと歩いていくアリスの後ろでは、化け物が青年を食い散らかす汚い音が聞こえていた。

 肉だけではなく骨をも砕く勢いで、その音は森の中に響いている。

 この試験の本当の恐ろしさと、難易度の高さを知らしめているように。


「兄ちゃん、聖女様の護衛だってのに、見殺しかよ」

「!」


 突然、草むらから声がかかる。

 当たり前だが、草むらが発言などする訳もなく、誰かが茂みに隠れていたのだ。

 見れば比較的背丈の低い男が、茂みの中に上手く隠れていた。

 男はアリスに向けて、人を見殺しにした事を咎めたが、ならば己はどうなのか。魔物や敵に見つからないように、じっとそこに居たのではないか。

 そんなこと、考えずとも分かる。


「君だって人の事言えないよね。助けに行けばよかったのに」

「……チッ。俺はターナーだ。よろしくな!」


 ターナーという男は、アリスの前にサッと手を差し出した。ニコニコと笑顔まで作っている。

 誰がなんと言おうと、これは握手の申し出だ。だがアリスは、それをハッキリと無視をした。

 それもそのはず、彼とは馴れ合う気はないのだ。


「……? おい、握手って分かるか?」

「知ってるけど。別に馴れ合うつもりはないし……」

「なんだそれ、いけ好かねぇ。ま、ついて行くがな!」

(なんだこいつ……。漁夫の利タイプなんだろうなぁ……。何言ってもついてくるだろうから、途中で適当に殺すか〜?)


 いかんいかん、と思いながらアリスはその考えを否定する。

 いずれ殺すとしても、アリスの手でササッと殺してはならない。試験中に事故死するよう、偽装しなくてはならない。

 こんな小者相手に、そこまでしなくてはならないのは少々面倒だ。

 ……これだから人間は――とアリスは嘆いた。

 気に入らないものは簡単に排除してきたアリスにとって、人間として振る舞うというのは心底面倒なことであった。


「しっかし兄ちゃん、いい装備だな。どこで手に入れた?」

「貰った」

「嘘つくんじゃねぇよ。こいつァ、貴族に愛用される防具だぜ?」

(げっ……)


 ヴァンティアの父が張り切っている姿が目に浮かぶ。

 娘を取り戻しただけでなく、過去よりも円満な家族生活を送れていると聞いた。

 そのせいか、アリスへの忠誠心がより一層強くなった。

 ヴァンティアが戻ったのも、家族の仲がより良くなったのも、アリスのおかげ。実際、ヴァンティアを生き返らせたのはアリスだが、他は彼女に関係ない。


 ――あの一家は、アリスのおかげと信じてやまない。

 だから今回の装備も、厳選に厳選を重ねた最高級装備だ。

 もっと平民らしいのを、と強引に言っておけばよかったと後悔するも、それはもう遅い。


「まさか兄ちゃんは、親のコネで試験入りしたのか?」

「違う」

「ハーッハハハハ! 恥ずかしくて隠してるんだな!」

(はぁ……、もういっそ今殺そっかなぁ)


 短気なアリスは、自分の愛用する剣――という設定の両手剣に手を伸ばす。

 どうせ現代社会でもあるまいし、監視の目というのはあまりない。この森一体を監視できるような魔術は、人間程度では難しいものだ。

 道中は見ていないだろうし、結果だけを確認する。

 ゆえに、途中で何が起きても彼らは気にしないだろう。

 死体すら残らないように殺してしまえば、ターナーは不合格者という烙印を押されるだけ。

 であれば、殺してしまってもいいのではないか?

 アリスの殺意がはっきりとし始めたとき、ターナーが声を上げる。


「――って、おい! 待ちな!」

「え?」


 ぐいっと引っ張られ、アリスはターナーに引き寄せられた。

 アリスの足が踏むはずだった地面には、コポコポと泡立っている濁った液体があった。

 液体は腐臭を放っており、誰がどう見ても生命に危害を加える可能性があると判断できる。


「……毒だ。こいつの毒は、まさか――ポイズン・グリズリーか!?」

「なにそれ?」

「そんなのも知らねぇのかよ!」

(あー、だる)

「ポイズン・グリズリーはなぁ! 大型の――」


 ターナーが得意げに、ペラペラとうんちくを話し始めた。

 狩人出身であるターナーの、唯一役立つ場面だろう。だがアリスは、そんな話など聞いていない。

 ターナーも話すことに夢中で、アリスが聞いているのかなんてお構いなしだ。自分のペースで喋り続けている。

 アリスもアリスで、堂々とスキルを使用した。拷問官たる修道女・ユータリスのスキルだ。

 普段は我が子を立てるために彼女に通信を投げるが、自分でサッと見れるならばそれに越したことはない。


(――〈教典(リベレーション)〉)


 アリスは手を体で隠して、スキルを発動する。

 するとアリスの手の中に、漆黒で分厚いハードカバーの書物が現れる。それをさも荷物などから取り出したかのように振る舞った。

 アリスが気をつけていたところで、ターナーは説明――自分語りに夢中だ。もはやポイズン・グリズリーの説明というよりも、ターナーのどうでもいい過去の話や、狩人たちの情報ばかり喋っている。

 アリスに必要なのは、世間話などではなく、きちんとしたモンスターの情報。

 レベル、攻撃方法、対処法――これは特に必要ないが――などがわかればいい。知り合いの狩人が毒攻撃にあって死んだとか、目撃情報が相次いだとか、そういうのはいらないのだ。


 アリスが背表紙をなぞれば、血が滲むように赤く染まる。そして重々しい扉のように、本は開いた。

 そして迷うことなく、ポイズン・グリズリーのページを見る。

 部下のユータリスとは違って、アリスは速読が出来るわけではない。

 だが幸いにも、書かれている項目は酷くシンプルだった。長文を連ねればならないほどの、強敵ではないということ。

 

 ポイズン・グリズリーの平均レベルは、90ほど。

 主な攻撃方法は、熊らしく爪での攻撃。そして〝毒〟と名を冠しているだけあって、毒攻撃も可能とする。

 しかしアリスにとって、たったレベル90程度の魔獣が放つ毒攻撃なんぞ、痛くも痒くもない。

 人間がその程度の攻撃で死ぬのであれば、この目の前の不快な男もとっとと食らって死ねばいいのに――と考えているほどだ。


「――っつー、モンスターなんだよ!」

「へ〜、そうなんだ。怖いね」

「相当ヤベェぞ。気を付けて進もうや」

(まぁいる場所は特定済みなんだけど……)


 アリスの探知は、素早く的確だ。近距離であればそれはさらに精度を上げる。

 グリズリーに出くわしてから、もう一度探知を試みた。〝問題〟となる存在を知ってからの探知は、より注意深くなる。

 ひっついてくるターナーがうるさいので、さらにそれは注目することとなった。

 問題なのは、ターナーが歩き出した方向にいるということ。

 しかしただの騎士としてここに立っている以上、それを警告することは出来ない。一般の騎士が、広範囲索敵が可能なんておかしいのだ。


「へへっ、俺が兄ちゃんを守ってやるよ。先輩だからな!」

「は?」

「俺ァよ、この試験でなんと….…十回目なんだ!」

「えぇ……。受かってないってことを自慢したいの?」

「ばっか、おめぇ……この厳しい試験を生き残ってるんだぞ!?」

「そう……」


 ここで一つ訂正したいのが、ターナーは自分の力で生き残っているように言っているが――実際は、他人に寄生して盾にし、生き長らえているだけだ。

 不要と思った盾は簡単に乗り換えて、都合の良い相手にごまをする。

 聖女の騎士となる誇りなんぞなく、ただただ金が欲しいことと、生きたいことが両立しているだけのクソ野郎なのである。


(キリがいいし、今回で最後にさせてあげよう)


 十二分に不快な思いをしてきたし、殺すことは確定だ。

 今までターナーによる被害にあった騎士たちがいたのであれば、その無念を晴らすときともいえる。

 十回も試験にやってこれたのだから、もう十分楽しんだだろう。


 そう思っていると、前方からズシンズシンと地鳴りのような音が聞こえる。

 地面が揺れるほどのそれは、ポイズン・グリズリーの足音だった。

 アリスは予測していたものの、ターナーは完全に的外れ。いないと思っていた方向に、グリズリーが存在していたのだ。

 一気にその表情は青くなる。


「な、道を間違えたか!」


 ターナーはアリスを引っ張って、草むらへと隠れた。そしてそっと顔を出して、様子を伺っている。

 そこにいたのは、通常よりも遥かに大きなサイズのポイズン・グリズリーだった。

 ちらほらと装備品が落ちていることから、ここで死んでいった者たちも多いのだろう。

 練度の高い騎士たちを相手にしたことでレベルが上がり、更に強さを増したのだ。


「ありゃあ普段のポイズン・グリズリーよりも、倍近いサイズだぜ……!? レベルも100を上回るんじゃねぇのかよ……!」

「わーい、やったー。それじゃあ貴重な体験だ〜」

「バカか! 死ぬだろ!」


 ターナーは静かに喚いている。

 アリスがサッとステータスを閲覧したところ、グリズリーのレベルは105。通常のグリズリーが90だとすれば、そこそこレベルが高いといえよう。

 どちらにせよ、アリスには敵ですらない。

 レベルが高くなっても、グリズリーによる毒や爪攻撃は効かないのだ。

 ――だが今は、アリスではなく〝アレス〟としてこの場にいる。


「じゃあ気付かれないように、こっちから行こう」

「お、おう! そうこねぇとな」

(さて、と。リーレイは……)


 人間らしくターナーに迂回路を提案し、先を歩かせる。

 ターナーが動き始めたのを見ると、アリスは軽く目配せをした。その瞬間、どこからか風のように何かが動く。

 瞬時に出ていったのは機械人形の少年。ターナーであれば視認できない速度だった。

 ターナーが先を急いでいるこの刹那に、少年は一瞬でグリズリーを片付けたのであった。


ちょっと前まで寒くても気温や天候が安定していたのに、4月に入ってから上下が激しく、体調を崩しています。

みなさんもお気をつけください。

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