アレス
ジェラルドに呼び出されたアリスは、エンライト家の邸宅へと足を運んでいた。
いつものように〈転移門〉でやってくれば、まだその魔術を慣れない使用人たちは驚きを見せていた。
アリ=マイアとは違って、平民ですら多少の魔術の心得と知識がある。だからこそ、アリスの使う規格外な魔術には、驚きを隠せないのだろう。
アリスは既に男の姿へと変えていて、魔王としての見た目ではなかった。
それもあったのか、ジェラルドも使用人も見た目に関しては、怯えることはなかった。
アリスは慣れた足取りで客間に向かう。
既にジェラルドが待機していて、アリスを見つけるなりソファから立ち上がり、頭を下げた。
「案外早いじゃないか」
「……ありがとうございます……」
ジェラルドは疲弊しているように見えた。
仕事の完了が早いことといい、アリスのために必死に働いたのだろう。
仕事が早くて正確なのはいいことだが、アリスは自分の周りの者達がどうもブラックになりつつあることが、少々気がかりだった。
今後も使っていくにあたって、早々に死んでもらうのは困るのだ。
とりあえず本題に入る前に、アリスはジェラルドへ、世間話を振った。
ここで言うのは、先日蘇生させた娘の話だ。
「娘はどうだ?」
「! え、えぇ。無事です! その、本当に感謝申し上げます」
「?」
最初の頃とは違い、ジェラルドは妙に礼儀正しくなった。
実を言うと、現在のエンライト家の家族仲は非常に良いものだった。
娘の死という、非常に複雑な経験を経ることで、家族仲は深まったのだ。これでアリスによって蘇生を行わなければ、逆に溝ができていたことだろう。
感動的な話だが、誰かが死ななければ変わらない家族だったということだ。
だがアリスは家族愛などには興味はない。この男がアリスの頼み事を完遂してくれれば、それだけでいいのだ。
そのために娘を殺したようなものだ。
家族との仲が改善されたことなど、おまけにすぎない。
「……ごほん。娘を生き返らせて頂いたあなた様には、感謝しかありません。ですが私が返せることは何もなく……。ですので、頼まれた仕事に全力で挑んだだけでございます」
「そうか」
微塵も興味がないアリスは、どうでもいいというふうに返答をする。
そしてそのまま上座へ、ドカリと座り込む。
退屈そうに欠伸をするアリスを見て、ジェラルドはハッとした。――誰も、アリスをもてなしていない。
客間に連れたものの、ティーセットも一つもない。
ジェラルドは怒りを込めながら、端に立っていたメイドを睨みつけた。
意図に気づいたメイドは、慌てて部屋を出ていく。茶と菓子を取りに戻ったのだろう。
目上のものが来るのでもてなすのは当然だが、相手が魔王であることもあって、「どういったものを召し上がるのか」「人間の食べ物で良いのか?」と様々な疑問を上げていき、最終的に用意するのを失念していた。
「ジュリエット様は、凄腕の聖女様であらせられます。それがゆえに、護衛の騎士選びには難航しているようでして」
「ほう」
ジュリエット。ジュリエット・リタ=ヴィエータ。
帝国の聖女と呼ばれる存在であり、この国の皇女でもある。その力は絶大で、現人神とも称されることすらある。
瀕死の兵士を回復させたという力。戦闘に赴けば、後方支援も可能だという能力。
そして何よりも――国民に対して慈悲深く、誰からも愛されている美しい少女。
しかし、護衛選びには少々手間取っている。
聖女の付き人ともなれば、危険地帯に赴くこともあるので、それを考慮して難航しているのだろう――というのが、国民たちの推測だ。
「毎月のように試験が行われては、誰も受からないのです」
「パルドウィンとかと違って、徴兵制度があるから……ある程度は育ってると思ったんだがな」
「……いいえ。怠けていても、兵士という立場であれば、国から微量の金銭が貰えますから。優秀なものは一握りですよ」
「ふーん」
アリスとしては、リトヴェッタでの冒険者の地位がないようなものだから、もっと優秀な兵士が揃っているのだと思っていた。
もちろん、優秀な兵士も多いのだろう。だから冒険者の仕事がほとんどないのだ。
それに大した働きを見せずとも金をもらえるのならば、誰もが兵士になる。騎士や剣士としての力はなくとも、平民の手伝いくらいの依頼であれば片付けられる。
そうして細々とした冒険者依頼もなくなってしまったのだ。
国としてはいいことなのだろうが、今後のリーレイを置いておくにあたっては邪魔な存在だ。
アリスもこうして帝国に進出し始めているため、そろそろ引き上げても良い頃合いだろう。
冒険者としてリーレイを置いたとしても、これといって有益な情報が入ってくるわけではないのだ。
「話が長くなりました。こちらが申請書です」
「あぁ」
「身分などはこちらが用意しますが、お名前は勝手に決めては失礼と思って、空欄にしてあります。入れて頂ければと……」
「わかった」
予め決めておいた名前を、そこに書き込む。
決めておいたとはいっても、自分の名前をもじっただけの簡単なものだ。
アリスはカリカリと名前を書けば、ペンと紙をそのままジェラルドへと戻した。
「これで」
「アレス・トーランド様ですね。ではこれで申請して参ります。試験日は一週間後の正午、城にて行われるとのことです」
「あぁ」
「もし残られるのでしたら、我が邸宅を好きにお使いください!」
ジェラルドの提案に、アリスは軽く微笑んだ。
エンライト家で提供される食事は嫌いじゃない。アリス相手だから張り切っているのかもしれないが、それだとしても好みである。
以前来た際は簡単にしか見て回れなかったが、帝国の観光もしたいところだった。
転移先も増やしたいことだし、ゆっくりと見物してみたかったのだ。
「そうか。ならば観光でも」
「でしたら我が息子をお連れください。是非役に立ちます」
「いや……必要ないが……」
「いえいえいえ! そうおっしゃらず!」
「よっ、よろしくお願いしまひゅ、あり、アレッ」
「……よろしく」
結局、ジェラルドの猛烈なセールスに負け、アリスは息子であるリックス・エンライトを連れに指名した。
父親の溺愛を受けて育った彼は、こんな状況に陥ったことがないのだろう。アリスを目の前にしてガチガチに緊張している。
あからさまに言葉を噛んでは、一人で冷や汗をかき、忙しそうにしている。
あのジェラルドに認められているのだから、多少は能力の高い男なのだろうが、悪魔――魔王であるアリスを目の前にして、今までの全てが吹き飛んでしまったのだろう。
「いきたい、と、ところはありますでしょーか!?」
「特に無い……」
「ひぃっ! 申し訳ございません!」
「…………」
アリスの一挙一動に反応するリックス。
さすがのアリスも、ストレスを感じ始める。本当に殺してしまう前に、とっとと用事を終わらせねばと心に決めた。
観光もしたかったが、何よりも人間の男としての生活で、使える日用品が不足している。
衣食住のうち、食と住まいはエンライトに頼るとしても、服がないのだ。
もちろんそれすらも、エンライト家に頼めば用意してくれるだろう。
「では日用品など、服を買いたい。とりあえず人間らしく見せたいんだ」
「ご、ご案内いたします!!!!」
「庶民向けでいいからな?」
緊張しているリックスに案内を頼んだのだが、結局全く頭に入ってこないアリスであった。




