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魔王アリスは、正義の味方を殺したい。 後編  作者: ボヌ無音
第二章 化け物たちの恋

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サクラ

「アリ=マイアはいいとして、帝国にまで普及させるなら、サクラがいるなぁ……」


 アリ=マイアには、既にアリスの名前が知れ渡っている。

 悪名であれど、名声であれど、どちらにせよアリスはよく知られている人物だ。

 だから装置を普及させるには、何の心配もない。

 それに、最近は王国も手に入れた。アリ=マイアと王国をつなぐ点に関しては、問題ないだろう。


 しかし、今回の計画で手を出したい先は――リトヴェッタ帝国だった。

 随分と前に送り込んだリーレイは、定期的な連絡以外に音沙汰がない。

 オリヴァーの件が落ち着いた以上、そろそろ手を出してもいい頃合いなのだ。


「サクラ? サクラって、ト・ナモミに咲いてるっていうお花ですか?」

「え!?」


 アリスの独り言に反応したのは、同室にいたサキュバスのガブリエラだった。

 ガブリエラは、アリスが世界に来たばかりの頃に、救ったサキュバスの一人。サキュバスの中では弱い部類に入り、仲間に守られていたほどだ。

 偶然にもアリスに救われ、種族全てを助けることとなったのは、懐かしい思い出である。


 現在、アリスはリーベの寝室にて、三人で遊んでいるのだ。

 三人で――というよりかは、リーベとガブリエラが遊んでいるところを、眺めているだけなのだが。

 アリスもリーベと遊ぶことは多いが、ガブリエラよりは上手く対応できない。

 人間に取り繕うのが得意なサキュバスだけあって、子供をあやすのもうまかったのだ。


「桜があるんだ」

「知ってらっしゃるんですか?」

「う、うん。ちょっとね」


 ガブリエラには、アリスが転生者であることを伝えていない。

 そもそも、幹部以外はそれを知らないのだ。

 それを忘れかけていたアリスは、適当に誤魔化している。

 伝えたところで、強い隷属契約を結んでいる以上、あまり意味は無いのだが――そもそも、言っている意味が伝わらないだろう。


「母上、さくらってなんですか?」

「桜ってのはねぇ、花が咲く木なんだ。ピンク色の花が、木いっぱいに咲くんだよ」

「へぇー! きれいですか?」

「うん。凄く綺麗」

「ぼく、みてみたいです!」

「そーかそーか」


 アリスはリーベの頭に手をやると、わしわしと撫でた。

 あんな可哀想なことをしてしまった以上、これからは可愛がると決めているのだ。

 リーベも拒否などせず、嬉しそうに委ねている。


「でもどうして知ってるの? ガブリエラは、アベスカから出たこともないでしょ」

「えへっ、あたしの髪と同じ色できれい、ってお客さんに言われたことがあるんですっ」

「あー」


 ガブリエラの頭髪は、ウェーブのかかったピンク色。桜と全く同じと言えるわけじゃないが、それでも連想させることはできる。

 ピロートークでもなんでもいいが、ガブリエラと夜を共にした誰かが、彼女に異国のことを語ってくれたのだろう。

 彼女は弱いサキュバスだが、愛嬌はばっちりだ。聞くのも上手であるがゆえに、なんでも話してしまうのだろう。


「でもその人いわく、ト・ナモミって結構行くの大変みたいですよ」

「へ~」

「あのへんって、海なんですよ」

「おぉ」


 海。この世界にも存在したのかと、アリスは感動する。

 アリ=マイアやパルドウィンの間にも、海のようなものはある。

 だがこの世界の人間が言うには、あれは巨大な河川なのだという。本物の〝海〟は、ト・ナモミの周辺に存在する水を言うのだと。


「海の神様がいるみたいで。勝手に行こうとすると、生きて帰れないとか」

「ふーん」


 アリスはト・ナモミに興味が湧いてきた。

 もともと興味はあったが、更にそれは大きくなった。

 ト・ナモミ。日本のような文化を持つ国。海と海神に守られた、島国。

 この世界を作った神のお遊び的な要素も含んでいたが、それだとしても行ってみたい気はある。


 とはいえ、まだまだアリスにはやりたいことがもっとある。

 ト・ナモミには行きたいが、勇者や強者の情報がまったくないのだ。優先順位としては、まだ低い方である。

 それに、アリスのものとなったアベスカ。その国王であるライニール・ニークヴィスト六世は、ト・ナモミの衣装を着ていたこともある。

 日本の着物や浴衣に似たような服だった。

 彼はもともと、個性的なことや異文化が好きで、わざわざ大金を叩いてまで入手したのだ。つまり交流があるということ。

 いざ行こうと思えば、コンタクトを取ってくれるだろう。


「帝国が片付いたら、かな。まだまだ先だぁ」

「もし行くなら、あたしも行きたいです!」

「うん。連れて行こう。一度行けば、〈転移門〉を開けるしね」

「たのしみです!」


 ガブリエラは、昔、一緒に旅行をしたことがあった。その際は結局、弱いがゆえに最後まで同行は出来なかった。

 その時は雪山に登った。しかし、平地で過ごしていたガブリエラは、極寒に対する耐性がなかった。いちいち魔術を付与して、無理矢理登山していたのだが、途中で諦めたのだ。

 戦闘時の足手まといだったことも、決め手の一つだった。


 もし今後、アリスがガブリエラをどこかに連れて行くとしたら。

 アリスがきちんと偵察などを終えて、戦闘や環境の変化などが必要ないと判断したときだろう。


「あっ、そうだそうだ、サクラの話だった」

「え、違うんですか?」

「うん。偽物のお客さん、って感じかな」

「にせもの……?」

「知らないものには手を付けないでしょ。だから噂を流したり、よかったよ~って言ってくれる仕込みの客を作る」

「なるほど!」


 パルドウィン王国でも、アリスの知名度は高いが、それでも〝悪い方〟で――だ。

 これも同じく仕込みがいるだろうが、アリスに対する知名度すら無い帝国よりも、難航するのは見えている。

 こちらに関しては、長い目で見ることにした。

 暫くの間は、政府や騎士団、貴族達との連絡方法とだけ考えても悪くはないだろう。


「お金で雇って、アベスカの人間を送り込もうかな」

「アベスカの〝たみ〟のようすですと、お金を払わずとも〝りょうしょう〟しそうですけどね」

「……そういうことは言わないの、リーベ」

「ごめんなさい」


 アベスカの人間は、アリスのことを狂信者のように崇拝している。

 いや、〝ように〟と言うべきではないのかもしれない。アベスカの人間は、アリスの狂信者なのだ。

 とはいえ、リーベの言う通りにするつもりはない。労働の対価は支払うべきだ。


「ちょっとアベスカに行ってみるよ」

「いってらっしゃいませ~!」

「いってらっしゃいませ、母上」






「やぁ、ライニール」

「どうも、魔王陛下」


 突然、目の前に〈転移門〉が開いても、ライニールは驚くことはなかった。

 日常も日常。もう慣れてしまっていた。

 ライニールは書類の山越しに、ちらりと目線を寄越してから、簡単に挨拶をする。

 アリスに供回りがいれば、また態度は変わってくるだろう。


「最近はどう?」

「特に変わりはありませんけど……他国に大臣達を取られましたので、仕事量が増えたように感じます」

「あはは。アベスカは人口が少ないんだから、そんなに忙しくないでしょ。そもそも君はもとから遊びがちだったし、ちょうどいいでしょーが」

「……返す言葉もありません」


 以前のライニールは、邪智暴虐な国王。

 国民からも嫌われている挙げ句、旅行に行ったり豪遊したり遊び放題だ。大臣や右腕に国を任せ、戦争が終わっても豪遊をやめなかった。

 そしてもっと酷いことに、アベスカに巣食っていた闇金融との繋がりもあった。それらは全て排除した上に、国民への謝罪も述べさせた。

 様々なことがあったが、今となってはアリスの従順な部下の一人だ。


「ところで、何か用があるんですよね?」

「あぁ、そうだった。長期的に他国へ行ける人間をピックアップして欲しい。多いほうが良いかな」

「何をなさるんですか」

「ほら、街に最近導入されたでしょ。手紙と通信の」

「あぁ……」


 一応、国の長であるライニールは、新たな技術についても触れた。

 魔術の乏しいアベスカでは、他国とのやり取りは人を遣わせて手紙や言伝を頼むしかなかった。

 アリスに襲撃された際にも、他国への通信が出来なかったせいで、良いように国を狙われてしまったのだ。

そして通信不可の環境は、アベスカが陥った危機についてを、他者へ発信することすら出来なかった。

 通信技術や魔術の弱さは、ライニールが魔王に傅くことになった理由の一つでもあった。

 そんなアベスカに、他国とすぐにやり取りが出来る技術が導入されたのだ。

 皮肉にも、魔王の手から。


「あれを広めたくて」

「なるほど……」


 ライニールはそう相槌を打つと、手元にあった書類をパラパラとめくる。

 どれだけ目を通しても、山が消えることはない。次から次へと積まれていくのだ。

 そして今も、目の前でひとつ、仕事が増えた。


「……すぐに通達を出します」

「パラケルススに頼む?」

「いえ。一応これでも王ですから」

「あらそう。ある程度集まったら呼んでよ。きちんと使い方を伝えるし」

「承知しました」

「……」


 ライニールの返事を聞くと、アリスは少しだけムッとした。

 腹立たしいというよりかは、違和感を覚えたという方が近かった。以前のライニールを知っていれば、誰もが変に思う。

 今までも力によって支配してきたが、それとは違う。

 妙に従順で、素直なのだ。


「なにか?」

「ライニール、変なものでも食べた?」

「なっ……」

「妙に冷静で素直だなって」


 ライニールは取り繕うこともなく、大きなため息を吐いた。

 これを幹部達が聞いていれば、下手すればライニールの首が――文字通り彼の頭と胴を繋いでいる首が飛んでいるかもしれない。

 彼が仕事に追われて疲れているのも、大胆にさせた一因でもある。

 そのことを分かっていたのか、それとも純粋にライニールのことはどうでもいいのか。そんな態度を取られたところで、アリスは苛立つことなどなかった。

 どちらかといえば、あまりにもいつもと違うライニールを、疑問に思う気持ちのほうが強かった。


「あの勇者をも殺したあなたに、逆らう気がしなくなっただけですよ。魔族こそ混ざり始めましたが、アベスカは遥かに良くなっていますし。俺も改めようと思っただけです」

「へぇ~」

「な、なんですか」

「いいや、べっつに~。選定の話、よろしくねぇ」

「かしこまりました」

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