港町の子
「……と、いう経緯があってね。開発してみたよ。手紙送受信装置と、簡易公衆通信魔術だよん」
ハーフエルフの領地に様子を見に行ってから、数日。
アリスは早速開発に取り掛かり、現在はこうして完成していた。
イルメラとの約束通り、ハーフエルフ領や他の魔族領、そしてアベスカとを繋げた。
だがそれだけでは、世界に発信できない。
アリ=マイアで最も発展している国、イルクナーに設置してこそ、更にその能力を発揮出来るというものだ。
イルクナーの人間は、より他国との繋がりが深い。他の国に知り合いがいる割合も多く、アイテムによる活躍をより多く見込めるだろう。
そんなわけで、アリスは装置を持ち込んでイルクナーへとやって来ていた。
前回に来たときとは違って、ユータリスともスムーズに会えた。それにより、すぐに会話を進めていた。
「それはそれは……」
チラリ、とユータリスはアリスの持ち込んだアイテムを見る。
両方とも形は違い、比較的小さなサイズと、大きなサイズの二つだ。
小さな方が手紙を送受信するアイテム。
簡単な転移魔術を埋め込んであり、手紙程度であれば、時間がかかっても数日で届く。
小型の荷物であれば同じ原理で転送できるが、アリスのいつも用いる最高位転移魔術ではないため、遅延が発生する。
それに下手にサイズを誤って使うと、低ランク魔術であるが故に暴走し、きちんと届かない場合もあるのだ。
ゆえにせいぜい、手紙が限界というところだ。
大きい方は、手紙を送る場合よりも値は張るものの、即座に通話ができる。
これは通信魔術の応用であり、いわゆる公衆電話である。
手紙よりもより高度であるため、魔力が必須なのだが――それは魔力回復用ポーションなどで賄える。
専用の売り場で購入し、機器に注ぐことで通話が可能となるのだ。
「ですが、何故イルクナーへ?」
「ほら。アリ=マイアでも大きな都市でしょ。人が集まるし、新しいことも好きな人が多い。是非試してほしくって」
「なるほど。詳しくお聞かせくださいませ、民にすぐ伝えます」
「えーっとね」
アリスは使用方法について、ユータリスに詳しく説明を始めた。
手紙の方は何処にでも設置できるが、通信魔術の方は専用のアイテムが必要になるため、設置できる場所は限られてくる。
ショップの併設も必須になるため、余計に設置場所の候補が減るだろう。
どこに置くにせよ、ユータリスが命令し提案したならば、イルクナー国民は誰も拒まない。
彼女は神たるアリスの使者。この国での最高権限を持っていると言っても過言ではないのだ。
「――と、言うわけ。これで離れた都市と、やり取りできるようになるんだ」
「素晴らしいです……! アリス様の技術を、低級種族のヒトにさえ明け渡してしまうだなんて、流石は現人神たる方ですわ」
「あ、ありがと……」
アリスを褒めつつ、人間を貶しているユータリス。アリスは、そんな彼女に苦笑いで返した。
「今ね、便箋も大量に作っちゃって。余ったからユータリスにもあげるよ」
「ご厚意感謝致します。ですが、私は特に送りたい相手もいません……」
「別に手紙じゃなくても、チラシみたいな布教する紙を作ってもいいしさ」
「まぁ。でしたら是非頂きますわ」
便箋などを作成する素材はまだまだない。技術だってまだ出来上がっていない。
だが装置を使ってもらうには、必要なアイテムだ。
そのため技術や素材が安定してくるまで、アリスや他の魔族が生成することにしたのだ。大量に生成できるのは、まだアリスのみだが、初回分の量としては上々だろう。
そこには、実に数百通分の便箋が用意されていた。
「それじゃあ説明はしたから、国民への普及はお願いしていいかな?」
「もちろんで御座います」
「わからないことは、すぐ通信魔術で聞いてね」
「かしこまりました」
伝えたいことを言い終えると、アリスは即座に門を開き、魔王城へと帰還していった。
ユータリスは〈転移門〉が完全に消え去るまで、深々と頭を下げて見送っていた。
「おやっ」
「あら、エクセター」
「おはようございます、ユータリス様。先程までアリス様がおられたようですね……。会えなくて残念です」
ノックの後に、部屋へと入ってきたのはエクセターだ。
手には聖書を持っていた。彼もユータリスと同じく、演説を行うことがあるのだ。
スケフィントンやスカベンジャーと違って、頭以外は人間である。被り物だと思われていることもあって、他の二人よりも表に出て、人間と交流を図りやすいのだ。
「そういうこともありますよ。お話を遮ってまで、貴方を呼ぶわけにもいきませんし……。ごめんなさいね」
「いえ、お気になさらず。また次の機会に、アリス様とお話致しますので」
エクセターは部屋の中に置かれた装置に目をやる。
正直に言えば邪魔なくらいに、部屋の中を占めていたが、アリスが持ってきたものを邪険にすることなど出来ない。
「それで、こちらは?」
「あぁ、そうでした。これから国に普及予定のものです。貴方にも説明しますね」
ユータリスはアリスから聞いた説明を、エクセターへとそのまま伝えた。
設置するとなれば、エクセターも機能を知っておく必要がある。表に立つことがある以上、質問された際に返答が出来なくては困るのだ。
「なるほど、良いものですね」
「そうでしょう」
「ただ……人間種程度に、こんな素晴らしいものを使わせるのは、こちらとしては憤慨したいことです」
「アリス様は慈悲深き神ですよ。ヒトたる低能にも、寛容なのです」
「流石はアリス様……!」
ユータリスとエクセターが、装置について話し合いつつ、アリスへの賛美を述べていたときだった。
エクセターが常に共にしている小箱――スケフィントンの入った箱が、カタカタと静かに鳴り始める。
彼はしばしば、こうして主張をするのだ。
「おや?」
「あら、スケフィントン?」
ユータリスが名前を呼べば、小箱はパカリと開いた。
どう考えても入っているサイズではないものが出てきた。成人男性と変わりない大きさのクリーチャーのようなものが、ズルリと落ちるように出てきた。
彼はスケフィントンである。
ベチャリ、と部屋の床に落ちただけではなかった。
箱からは、蛆虫や百足、鼠にシラミ、ハエなどまでがウゾウゾと零れ落ちる。しまいには血液までもボチャボチャと、汚い音を立てて落ちてくるではないか。
落ちてきた虫達は、スケフィントンの体を這い始めた。
スケフィントンには、顔がなかった。細長い頭はついているものの、鼻も目すら存在しない。
体はいたるところに傷が存在し、膿んでいたり血が出ていたりしている。
「て、てが、てがみ、なに?」
「あらあら、興味がありますか?」
「あ、あ、あ、ある、ある」
幼い子供のような思考を持つスケフィントンが、なにかに興味を示すことは珍しいわけじゃない。
スケフィントンは、扱いづらい部下だ。それをどれだけ〝あやして〟、本来の仕事に戻すかがユータリスの手腕にかかっている。
アリスが用意してくれた便箋なども、国民に配布する予定だった。その貴重なひとつを、部下に渡すなど勿体ないこと。
なによりも、スケフィントンは読み書きが出来ない。
彼に出来ることは、他人を痛めつけることくらいだろう。
だがスケフィントンは、手紙に興味を示していた。ユータリスはそれを受けて、どうしようかと思案する。
「ユータリス様。教育という意味で、スケフィントンに手紙を書かせるのは?」
「教育……そうですね……」
「か、かか、かき、かきき、かきた、い、い」
ガリガリガリ、とスケフィントンは頭を掻く。
強さの加減も出来ないのか、掻いたところは傷になり、血液がどんどん溢れ出ていく。ユータリスもエクセターも、それを止めようとしない。
彼らにとって、スケフィントンのこの態度は日常的なものだった。
「私との約束は、守れますか?」
「まも、まもっ、る」
「そうですか。ではまず読み書きの練習からしましょう」
「す、すす、する!」
スケフィントン、きちんと出てくるのは初ですね。今まで名前だけ(箱だけ)なら出てきていました。
キャラが濃いので気に入っています。
因みに入っている小箱は、蠱毒モチーフです。スケフィントン自身も、虫などに食い破られていたりします。スケフィントンは友達と思っているようです。




