苦戦
そんな心の中で呟いた声が聞こえたのか、ヴァンエディオが背後のマルネロを振り返った。
「マルネロさんにはエネギオスさんを援護して頂きたいところなのですが、その感じでは残念ながら無理そうですね。そろそろ、マルネロさんも力技以外で戦う方法を覚えた方がよいかと」
はあ、と状況にそぐわないヴァンエディオの小言に頷きながら、筋肉ごりらがどうしたのかと思ってマルネロはエネギオスに視線を向けた。
……ヴァンエディオの言葉通り、筋肉ごりらが柄にもなく苦戦しているようだった。
実際、エネギオスの額からはかなりの出血が見られた。エネギオスは血が目に入るのを嫌ってか、何度もそれを乱暴に拭っていた。
転んだの?
そう言いたかったマルネロだったが、声が掠れたため、言葉を飲み込んだ。急激な魔力の低下で気を抜くと意識を持っていかれそうになる。
「おっ化け! 何て魔法を発動するのよ。防ぎきれなかったじゃない。お陰で髪の毛が燃えてしまってよ!」
ぷんすかと怒りながらエリンがマルネロの前に現れた。エリンが指差す薄い灰色の髪、髪の先だけなのだったが、確かに少しだけ焦げているようだった。
「髪の毛ならまた生えるから大丈夫でしょう? それよりも、そんなことで騒いでいる場合じゃないみたいよ。エネギオスをお願い。エリン、スタシアナと一緒に援護してあげて」
「ふん! 分かっていてよ。まったく、戦いの度に途中で使えなくなるんだから。本当、残念おっぱいね!」
エリンはそんな捨て台詞を残して、ぱたぱたと背中の翼を動かしてエネギオスたちの下へと飛んでいく。
……頼んだわよ。
その背中を見ながらマルネロは心の中で呟いた。急激な魔力低下のため意識を保っておくのも限界だった。次の瞬間、マルネロの意識が急速に黒で塗りつぶされていった。
……全く、どういうことでして!
自慢の薄い灰色の髪を焦がされてエリンはまさに怒り心頭だった。その原因となったマルネロは急激に魔力を消費したため既に意識を失ってしまったようだ。まさに床で呑気に寝ている感じだ。
毎度、毎度、見たこともないような魔法を放っては卒倒するなんて本当に使えない残念おっぱいだとエリンは思う。
「スタシアナ姉様ー」
スタシアナに愚痴の一つでも言おうとしたエリンだったが、スタシアナの顔を見てその口を噤んだ。
「エリン、早く防壁壁の展開を! ぼくだけだは防げないんですよー」
「は、はいっ!」
見ると先程の気持ち悪い色をしたゴーレムが地面に片膝をつけているエネギオスを目掛けて巨大な拳を振り下ろそうとしている。
エネギオスの額からはかなりの出血も見られた。
「絶対障壁!」
決して破られることがないはずの障壁だ。エリンは慌ててエネギオスの上に防御壁を展開させた。
……が、何かが砕けるような音と共に障壁はあっさりとゴーレムの拳によって砕かれてしまう。そして、拳はそのままエネギオスに襲いかかる。
「……え?」
エリンは唖然とした顔をする。
大剣を横にして辛うじてゴーレムの拳を防いだものの、そのままエネギオスは石畳の床を派手に転がる。
「痛っ!」
いつものようにエリンの頭をスタシアナが、ぽかりと叩いた。それに対して文句を言おうと背後を振り返ったエリンだったが、スタシアナの顔を見てエリンはその言葉を飲み込んだ。
「真面目にやりなさい! エネギオスが死んじゃうんですよー」
スタシアナが涙目で目尻を吊り上げている。
「ご、ごめんなさい……」
真面目にやっているのにと思いつつも、エリンは今までに見たことがないスタシアナの雰囲気に押されてそう言った。
スタシアナはエネギオスに回復魔法を行うつもりか、エネギオスの傍に近づこうとする。そんなスタシアナをエネギオスが鋭い声で制止した。
「来るな、スタシアナ! 巻き込まれるぞ!」
スタシアナはその声にびくっと肩を震えさせると、今にも泣き出しそうな顔をして背後のエリンを振り返った。




