少しは落ち着きなさいな
上空を埋め尽くすかのような天使たち。それを見ていると、この光景が毎度の見慣れたものであるように思えてきたマルネロだった。それにしても毎回毎回、一体どこからこんなにわらわらと天使たちは現れるのだろうかと思う。
そういえば、何かと不必要に元気なあのバスガル候が魔族の将兵を引き連れて天上に殴り込みをかけているはずだった。その後、どうなったのだろうか。バスガル候のことだから天使相手に大暴れをしているのだろうか。そんな疑問もマルネロの頭に浮かんでくる。
マルネロが悠長にそれらのことを考えていると、天空の天使たちはそんなマルネロのことなどはお構いなしで一斉に魔法を放ち始めた。
「エリン!」
マルネロがエリンに注意を促した。
「少しは落ち着きなさいな。おっ化けは。言動が下品でしてよ?」
「はあ? 余裕をみせてないで、さっさと防御魔法を発動させなさいよ! それといい加減におっ化けは止めなさいよ!」
マルネロの言葉に、はいはいといった感じでエリンが防御壁の魔法を展開する。そんな芝居がかった様子のエリンを見て、全くもって可愛げのない天使だとマルネロは思う。
エリンが展開した防御壁のお陰で、天使たちが発動した攻撃魔法はことごとく見事なまでに弾かれていく。
ただ、このまま防御に徹していても状況は何も打開することはない。ならばどうするか。状況としては天使の数が多すぎて一体、また一体などと相手にはしてられない。
ならば得意の……。
マルネロはそう決意する。
「エリン、特大をぶち込むわよ。しっかり防御壁を展開しないと、皆が巻き込まれるんだからね!」
マルネロの言葉を聞いてエリンの顔が瞬時に引き攣る。
「特大って……お、おっ化け、無茶は……」
「うるさいっ!」
ひと声吠えると体内で既に巨大な魔力を練り終えたマルネロは両手を宙に翳した。すると、空中で飛翔している天使たちがいるところよりも遥か上空で無数の火球が出現した。
「流星塊!」
マルネロの言葉と共に突如として上空に出現した火球が雨のように天使たちに降り注ぐ。
「ち、ちょっとおっ化け、これ石……隕石じゃない! え? は? こっちにも普通に降ってくるんだけど!」
「……当たり前でしょう。そうそう都合よく、天使だけを狙えるわけがないじゃない。ほら、しっかり防御しなさいよ。でないと皆、死んじゃうんだから」
そんな事態を引き起こしたマルネロ自身は多大な魔力消費で既に失神寸前の状態だった。急速にマルネロの意識が黒で塗りつぶされていく。
「はあ? ち、ちょっと待ちなさいよ!」
意識の片隅でエリンの悲鳴が混じったそんな声をマルネロは聞いた気がした。その声でマルネロは辛うじて再び現実に引き戻される。
「ほ、ほら、エリン、頑張って……」
口の悪さは全くもって気に入らないのだったが、マルネロはエリンの防御魔法を展開する能力だけは信頼していた。それ故にエリンがいれば自身をも巻き込んでしまうこの攻撃魔法も防いでくれると思っていた。
……攻撃の方は全然で、へろへろ玉しか撃てないんだけどね。
マルネロは心の中で悪態を吐くとヴァンエディオたちに視線を移した。
これで上空の天使たちは何とかなる。後は魔人とあの厄介そうなゴーレムを一掃できればとの思いがマルネロの中で浮かんだ。
ヴァンエディオに目を向けると殺到しようとする魔人を巧みに防いでいた。灰色の球体を無数に出現させて牽制と攻撃を繰り返している。
よくもまあ、あれだけの球体を出現させて魔力が保つものだとマルネロには感心する。球体自体の大きさはいつも出現させるものよりも、二回りぐらい小さい物のようだった。それで魔力の消費を抑えているのだろうか。
例えそうだとしてもあれだけの数を出現させているのだ。やはり体への負担は相当な物があるはずだった。それを抱えつつヴァンエディオは球体を秩序立てて動かしているのだ。
化け物なのかしらとマルネロは思う。
ま、実際、不死者の化け物なんだけどね。
マルネロは心の中でそう呟く。




