簡単に言ってくれる
ゴーレムがこちらの様子に構うこともなく一気に距離を詰めてきた。それを見て大剣を抜き放ったエネギオスが即座にゴーレムに向かって突進する。ゴーレムの巨大な拳がエネギオスに向かって繰り出された。エネギオスは大剣を上段から振り下ろしてそれを迎え撃つ。
エネギオスの大剣とゴーレムの拳が宙でぶつかった。一瞬、時が止まったかのようにエネギオスとゴーレムの動きが止まる。互角と思われた次の瞬間、エネギオスの上半身が大きくのけ反ってエネギオスは後ろに二歩、三歩と後退する。
相手が巨体のゴーレムとはいえ、大剣を振り下ろしたエネギオスが力負けしてしまう姿をマルネロが見たのは初めてだった。クアトロでもエネギオスの大剣を正面から受け止めることはできないはずだった。マルネロは意識しないままでごくりと唾を飲み込んだ。
「何してんのよ? 筋肉ごりらの名が泣くわよ」
揶揄したものの少しだけマルネロの声は掠れていたかもしれなかった。
「うるせえな。気が散る。黙ってろ」
エネギオスはマルネロの言葉に、いつになく真剣な顔つきで言葉を返した。
「……エネギオスさん、申し訳ありませんが、あの厄介そうなのはお任せしますね」
背後からのヴァンエディオの言葉にエネギオスは無言で頷く。
「スタシアナさんとエリンさんは防御魔法の展開。それと、どなたかが負傷したらその治癒を即座にお願いします。ダースさんはスタシアナさんとエリンさんの援護をお願いしますね」
「はーい!」
スタシアナが片手を上げて、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。スタシアナに限って言えば、緊張感は欠片もないようだった。エリンとダースもヴァンエディオの言葉に無言で頷いた。
「マルネロさんは上空にいる天使たちの迎撃をお願いします。できれば、地上には降ろさせないようにして頂けると助かりますかね。私は魔人どもを抑えますので」
「仕方ないわね。了解よ」
ヴァンエディオが簡単に言ってくれると思わないでもなかったが、マルネロは頷くと空中にいる天使たちに燃えるような赤い瞳を向けた。が、流石に数が多いとマルネロは思う。また以前のように古代種のドラゴンが助太刀にきてくれないものかしらと思ったりもする。
……アストリアがここにはいないから、それは流石に無理というものなのかしら。
マルネロはそう心の中で呟いた。
「後、エネギオスさんは先ほどの激突で左腕を痛めてますね。スタシアナさん、すぐに治療をしてあげて下さい。この後の戦闘に差し障りがあってはいけませんからね」
「うるせえ、余計な心配だ」
強がりなのかエネギオスは迷惑そうな顔をしながらそんなことを言っていた。この辺がクアトロとエネギオスは似ているのだとマルネロは思う。変なところで強がるのだ。要は精神が子供ということなのだろう。
「兎にも角にもクアトロ様たちの身が心配です。私たちはここを無事に切り抜けて、クアトロ様とアストリア様の下に一刻も早く向かわなくてはなりませんからね」
そんなエネギオスに対してどこまでも冷静なヴァンエディオだった。確かにヴァンエディオの言う通りだった。
クアトロもそうなのだが、アストリアのことだってマルネロは心配なのだ。皇女の身でありながら生まれ育った国から追い出されるように、クアトロに連れられて逃げざるを得なかった、アストリア。
でもそうであったからこそ、それまで手にすることができなかった幸せや安寧といったものを魔族の国でようやく得られるはずだったのに……。
こんなよく分からない出来事に巻き込まれて、しかもその当事者になってしまうなんて……。
そう考えるとその理不尽さにマルネロの中で怒りが湧き上がってくる。
「じゃあ皆、一気に行くわよ!」
その怒りをこめたマルネロの言葉が周囲に鋭く響き渡るのだった。




