叔父貴、お久しぶりです
さすがに約二万の将兵がいきなり襲ってくることはないとは思うが、どちらにせよいい気分ではない。
加えて、仮にここでバスガルとともに二万の将兵が襲ってきたら、自分たちは逃げ切れるのだろうか。その心配もないわけではなかった。
クアトロたちが仁王立ちとなっているバスガル侯の前に進み出た。その顔には無数の傷跡があり、握る大剣は人の背丈ほどはあるだろう。
クアトロたちをひと睨みしたあと、バスガル侯が重々しく口を開く。
「久しいな、クアトロよ」
体も大きければ声もやたらに大きい。隣でアストリアが目を白黒させている。全く持って元気な爺さんだとクアトロは思う。
「バスガル侯、この兵の数、我らの王の前で不敬ですね……」
ヴァンエディオが呟くように言う。
「ヴァンエディオか。相変わらず可愛げがない。王国からの離脱を表明した以上、俺はクアトロの臣下ではない」
「我々の王であることには変わりがありません。であれば、一定の敬意は持っていただきますよ」
「ほう……嫌だと言ったら?」
バスガル候の返答を聞いて、ヴァンエディオの両目が細まる。
「止めろ、ヴァンエディオ。俺は気にしない」
これでは互いに話にならないと思いながら、クアトロが止めに入る。次いで、クアトロはエネギオスに目配せを送った。それを見てエネギオスが、とても嫌そうな顔をする。
「叔父貴……お久しぶりです」
エネギオスがそう言って頭を軽く下げた。
叔父貴……ってどこぞのヤ○ザかよとクアトロは思う。
「エネギオスか。お前も久しいな」
「ここは俺の顔に免じて、引いちゃくれねえか?」
益々、どこぞのヤ○ザの会話になってきたようだった。
「我が弟の弟弟子の弟子にあたるお前の言葉でも、今回は聞き入られぬな」
弟だらけだ。
最早……二人の関係性がよく分からない。
「マルネロ、おい、マルネロ!」
クアトロは背後にいるマルネロに何とかしろと声をかけた。マルネロが渋々といった感じで前に進み出る。
「えへっ、は、はーい、バスガル侯」
マルネロが似合わない言葉を使ってバスガル侯に片手を振ってみせた。
「おおう、これはこれはマルネロ殿!」
マルネロに声をかけられるとバスガル候は急に相好を崩す。
何だ……この爺さん。
クアトロは心の中で呆れて呟いた。
「マルネロ殿もいらしたとは……」
バスガル候はマルネロを大のお気に入りとは聞いていたが、ここまでとは……。
もの凄い破壊力だとクアトロは思う。
「争っちゃ……いやあんとか何とか言え」
マルネロの背後でクアトロが小声で言う。
マルネロの片頬が引き攣った。
「バスガル侯、魔族同士で争うのは止めましょう。ヴァンエディオやエネギオスも謝罪に伺ったのですよ」
「じゃないとマルネロ、困っちゃうのお……って言え」
クアトロが再び背後で呟く。
何だか面白くなってきた。
マルネロの両頬がさらに大きく引き攣る。
「でなければ、私が困ります。私はバスガル侯とは争いたくないのです」
「違うぞ、マルネロ! 腰をくねらせて、マルネロ、困っちゃうのお……だ!」
「あんたねえ、いい加減にしなさいよ!」
マルネロが怒りの表情で背後のクアトロを振り返った。すると、バスガル侯が慌てたように口を開く。
「ま、待ってくれ、マルネロ殿。あなたを困らせるつもりなどないのだ……」
何をどう勘違いしたのか、バスガル侯がそんなことを言い出した。よく分からないが、頭が脳筋だからだろうとクアトロは結論づける。
「父上、マルネロ殿をあまり困らせるのも得策ではないかと」
ここで今まで黙っていた息子のグリフォードが切り込んできた。
いいぞ、いいぞとクアトロは思う。
バスガル侯が難しい顔で黙り込む。マルネロが困るぐらいで何を悩んでいるのだろうかと思うが、さすがに口には出さない。
「よし、分かった。ここは俺が矛を収めよう。マルネロ殿を困らせるのは、俺の本意ではないのだからな」
ちょっと何を言ってるのか分からない。
クアトロはそう考えつつも、どうやら事は収まったのだと思う。
「ところでクアトロ……」
これまでのことがなかったかのごとく、バスガル侯がクアトロを普通に呼びかける。
「そちらのお嬢さんは? どうやら人族のようだが……」
まあ、もっともな質問だった。
「花嫁のアストリアだ」
「ほう……噂の……」
だから何の噂なのだ。
「バスガル侯、あまり近づくなよ。アストリアが怯える」
「クアトロさん、失礼ですよ。私は怖くなどないですよ」
アストリアにやんわりと嗜められてしまう。嗜められて、しゅんとしたクアトロを見てバスガルが豪快に笑う。
「魔族の王を一言で意気消沈させるとは、なかなかの御仁のようだ。いやあ、愉快、愉快」
何が愉快なのか少しも分からないが、とにかくアストリアは気に入られたようだった。
「だが、このお嬢さん、鍵となる人族だぞ?」
「ほう、バスガル候、何かご存知のようで」
そう訊いてきたヴァンエディオにバスガル候は視線を向けた。しかし、すぐにあらぬ方を向いてしまう。
「嫌だ、お前には教えてやらん」
どうやらバスガル侯はヴァンエディオが嫌いらしい。
「父上、それはあまりにも子供じみているかと……」
グリフォードが諌めようとするが、バスガル侯にはそれを聞き入れるつもりは微塵もないようだった。




