トルネオと魔人の片腕
トルネオがそう言ったと同時に、魔人の肘から先が鮮血とともに宙を舞った。切り離された魔人の腕は宙で弧を描くと、トルネオが差し伸べた手の中に吸い込まれるように収まってしまう。
叫び声をさすがに上げはしなかったものの、魔人は呻き声を漏らしている。
「お、おい、これでいいだろう。早くここから出してくれ。飲み込まれちまう」
その額に脂汗を浮かべながら魔人が言う。赤黒い液体から伸ばされた無数の手が魔人に纏わりついており、魔人はすでに胸の下あたりまで沈み込んでしまっていた。
「……」
トルネオが、こてっとその骨だけの顔を傾けた。
「な、何の真似だ?」
魔人の顔は引き攣っている。
「さあ、何の話でしょうか?」
「て、てめえ!」
怒号とともに魔人の額には、憤怒の大きさを表すかのような太い血管が浮かび上がった。
「この片腕はありがたく頂戴します。このことに関しては、礼を述べましょうか。ありがとうございます。あなた方の主、ナサニエルとやらがクアトロ様に働いた非礼。その代償の一つとして、まずはあなたの命をもらい受けます」
「て、てめえ! 騙しやがったな!」
「騙すとは人聞きが悪いですね。私は助けるなどと言ったつもりはないのですが。それに不死者の王と取引しようなどとは、魔人もかなり甘いようですね」
「て、てめえ!」
魔人の言葉もそこまでだった。赤黒い液体から伸ばされた無数の手が、魔人の肩、首、髪の毛、顔といたるところに纏わりつき、そのまま一気に魔人を液体の中に引き摺り込んだ。
それこそ悲鳴を上げる間もなかったようだった。
やがて扉を閉じるように地面が左右から動き始めて、赤黒い液体が地表から消えていく。
「なかなかの鬼畜ぶりですね、トルネオさん。私はともかく、マルネロさんならどん引でしょうね」
一連の出来事を見守っていたヴァンエディオがトルネオにそう声をかける。
「褒められた……と思っておきましょうかね、ヴァンエディオさん」
トルネオはヴァンエディオに顔を向けることなくそう言った。その片手には、今も赤い血が滴り落ちている魔人の片腕を持っている。
「それにしても、ヴァンエディオさん、私とヴァンエディオさんの口調、思いっきり被っていますね……」
「ほう……何か不都合でも? それとも私と同じでは嫌……ですか?」
ヴァンエディオの赤い瞳が妖しい光を帯び始めた。
「いえいえ、嫌なんて滅相もない」
クアトロは骨だけの片手を慌てたように左右に振って見せた。
「ただ何かと困るのではないかなと」
「誰が……ですか?」
「いやあ、誰かがですよ。ここにはいない誰かがです」
「まあ……何となく分かりますが。恐らくは失敗したと思っているでしょうね」
「そうでしょうね。恨み言が聞こえる気がします。まあ稚拙な表現力に磨きをかけていただく他にないでしょうね」
トルネオはそう言って、顎の骨をかくかくと上下に動かした。どうやら声を出さずに笑っているようだった。
「また来たのー」
先頭をとてとてと歩いていたスタシアナがその漆黒の翼で宙に舞い上がると、クアトロたちの前で防御魔法を展開した。
スタシアナが展開した防御魔法と氷系の魔法がぶつかり、周囲を氷の粒が舞い落ちる。
「ガリスとキースはどうした? 何を遊んでいる」
ガリスとキースとは先程の魔人のことだろうか。クアトロはそう思い、声がする方へと赤い瞳を向けた。
姿を現したのは巨大な槍を肩に担いだ魔人だった。槍も大きいが、その筋骨隆々たる体躯はエネギオスを軽く凌駕していた。
「あらあら。もの凄い筋肉ごりらが出てきたわね。これじゃあ、さすがのエネギオスも筋肉ごりらの二つ名を奪われちゃうんじゃない?」
マルネロがエネギオスに皮肉な視線を向けた。
「マルネロ、くだらねえことを言ってんじゃねえ。大体、俺の二つ名は筋肉ごりらじゃねえ!」
エネギオスがマルネロに怒りの表情を浮かべる。
その遣り取りを聞きながら、こいつらに緊張感というものがないのだろうかとクアトロは思う。相手は自分たち魔族の上位眷属である魔人なのだ。
「そこの筋肉ごりら! 初対面なのに個人名を出すんじゃないわよ。馬っ鹿じゃない! 何? 筋肉ごりらって皆が脳みそ、筋肉なわけ? そういう眷属なの?」
どんな眷属だよ。
マルネロの言葉にクアトロは心の中で呟く。
「マルネロ、てめえいい加減にしろ! 叩っ斬るぞ!」
エネギオスが怒声を放つ。
「うっさい、筋肉ごりら一号。ここは私に任せて、さっさと行きなさい。邪魔なんだから。エネギオス、クアトロとアストリアを頼んだわよ」
「ちっ、口の減らねえ魔導師だ。マルネロ、気をつけろよ。あの魔人、強いぞ」
エネギオスの言葉にマルネロは小さく頷いてみせた。




