魔人襲来
「……で、マルネロとやらは、クアトロのことが好きなんでしょう?」
穏やかな日差しがさしてくる中庭で、エリンが急にそんなことを言い出し始めた。アストリアの前で、マルネロは口にしていた紅茶を吹き出しそうになって激しくむせている。
「だ、大丈夫ですか? マルネロさん」
アストリアは慌ててマルネロの背中をさする。
アストリア自身も急な話でびっくりしはしたが、それが思いあたる節は前々から確かにあると感じていた。
「で、どうなんですか、マルネロさん?」
「へ? アストリアもそんなことを訊くわけ?」
目尻に涙を溜めながらマルネロが言葉を返す。
実際、気になるのだから仕方がないとアストリアは思う。
「ぼくもクアトロが大好きですよー」
スタシアナが両手を上下に、ぱたぱたとさせながら言う。
「スタシアナさんがクアトロさんのことを好きなのは分かっています。エリンさんも好きなんですよね?」
アストリアがエリンに深緑色の瞳を向けるとエリンが小さく頷いた。
「スタシアナ姉様が好きなのなら、私も好きよ。頭が悪そうなところが、可愛かったりするのよね」
何だかクアトロさん、もてもてだ。
アストリアはそう思い、むーといった顔となる。
「で、マルネロさん、本当のところはどうなのですか?」
「な、何よ、アストリアまでそんな怖い顔をして。クアトロとは付き合いがあなたたちよりも少し長いだけで、そんなんじゃないわよ」
「本当ですか?」
アストリアがじっとマルネロの顔を覗き込む。
「な、何よ、その顔は? そりゃあ……気になる時もあるにはあるけど、好きとかそういうのではなくて……」
マルネロさん、耳まで赤くなってきたとアストリアは思う。
これでは好きだと言っているようなものだ。
はあ、とアストリアは溜息を吐いた。
スタシアナもそうなのだが、エリンといいマルネロといい、これでは恋敵が多すぎる。
「あら、アストリア、別にそんな顔をすることもなくてよ」
「どう言う意味でしょうか、エリンさん?」
「クアトロは魔族の王なのよ。王と言えば昔から第二夫人だの、第三夫人だのがいるものでしょう?」
「まあ、そうですけど……」
アストリアは言い淀む。確かにアストリア自身も側室の子供だ。
「そこのおっぱいお化けは、せいぜい第百夫人だけどね」
「はあ? 誰がおっぱいお化けの第百夫人よ? 燃やすわよ」
「面白いわね。魔族の分際で。第百夫人、消すわよ?」
マルネロとエリンの視線が交錯して火花を放ち始めていた。
「こらあ、エリン!」
ぽてっとスタシアナがエリンの薄い灰色の頭を叩く。
「い、痛い、スタシアナ姉様!」
エリンが両手で頭を庇う。
それを見ながらアストリアは苦笑を浮かべた。クアトロの件を除けば楽しい仲間たちだった。
いや、友達と言っていいのかもしれない。
クアトロに連れられて魔族の国に来た時は不安が多かったけれども、今は不安など微塵もなかった。最近ではダースも王宮内であれば、傍に控えていることも随分と減った。ダースもそれだけ王宮にいる魔族の人たちを信頼しているようだった。
そこまでアストリアが考えた時だった。不意にスタシアナが杖を片手に立ち上がった。次いでエリンも立ち上がり、左手にある空間を睨みつける。
「ちょっと、急にどうしたのよ?」
スタシアナとエリンの急な行動にマルネロが疑問の声を上げる。
スタシアナとエリンが見つめる左手の空間が不意に歪み始めた。やがてその歪みが収まった時、そこには長身の男が現れる。
「魔族が三百年振りに統一されたと聞いたので来てみれば、なかなか面白い状況のようだな」
男がアストリアらを見渡しながらそう言った。男と一瞬だけ目があった時、全身が総毛立つ。自分の全てが、この男を拒否しているかのようだった。
「あなた、魔人ね……」
エリンの問いかけに長身の男がにやりと笑った。
その顔を見ただけでアストリアの血の気が引き、背後に一歩、二歩とよろめいてしまう。マルネロが慌ててそんなアストリアの背に片手を回した。
「そういうお前らは天使だろう? なぜ魔族と一緒にいる? ん? お前は……」
魔人と呼ばれた男がその赤い瞳でアストリアを見詰める。先ほどもそうだったが、魔族と同じ赤い瞳であるはずなのに、その男の瞳にアストリアは恐怖を覚えた。
「いきなり現れて、随分な振る舞いね」
マルネロは一歩踏み出して、その背中で自分を庇ってくれる。
「ほう? 魔族か?」
男の赤い瞳が細まった。
「だったらどうなのかしら?」
マルネロが鼻先で笑った時だった。上空から凄い勢いで男に向かって落下してくる黒い影があった。
男は片手を上げて、瞬時に障壁を出現させる。落下してきた影が持つ長剣と、障壁とが激突して宙に火花が散った。
「アストリア、下がっていろ! ダース、頼むぞ!」
落下してきた黒い影は魔族の王、クアトロだった。気づけば長剣を抜き払ったダースが背後に立っていて、アストリアを庇うようにしながら、じりじりと後ろに下がっていく。
「クアトロ、どけ!」
大剣を担いだエネギオスが一直線に男に向かって行く。
「斬!」
エネギオスの振り下ろした大剣が、男の作り出した障壁を一撃で叩き壊した。何かが割れる音が周囲に響き渡り、男の顔が僅かに歪んだ。
「相変わらずの馬鹿力だ」
クアトロはそう言いながら、長剣の先端を男に向けた。




