小鬼の女王
小鬼たちに案内されたのは森の東側にある洞窟だった。洞窟の入り口には二体の小鬼がいて、二体ともアストリアを見ると両手を叩きながら小踊りを始める。
どうやら本当に小鬼たちはアストリアが来たことを喜んでいるようだった。
そんな小鬼に促されるまま、クアトロたちは洞窟内部に足を踏み入れた。洞窟内は光苔が敷きつめられていて、思っていた以上に明るかった。
時折、洞窟内で他の小鬼を何度も見かけて、この洞窟に何体の小鬼がいるのだろうかとクアトロは思う。
「かなりの小鬼がいるようだな。それらがこの規模で、共同体を作っているとは驚きだ」
ダースが感心したように言う。そもそも小鬼は好戦的な魔獣ではない。力も五歳時程度と弱く、稀に集団で人を襲うことがある程度だ。
「魔獣の共同体ね。確かに聞いたことがないわよね。弱い魔獣だから集まって生きているのかしら」
マルネロも考え込む様子をみせながら言う。
「それにしてもだ。これだけの数だと、かなり高度な社会性があるということになる」
「そうね。意外な発見よね」
そんな二人の遣り取りを聞いている間に、クアトロたちは洞窟の最深部へと到達したようだった。一行は突き当たりの少し開けた場所へと出る。そしてその中央にあるのは……。
「こ、これって……」
マルネロの顔が引き攣っている。
「何とも……」
ダースも同様だ。
「な、なるほど……」
エリンも言葉が出ないようだった。
皆、足を止めて唖然といった顔をしている。
開けた洞窟の最深部、そのほぼ中央に木製の椅子らしきものがある。
そして、その椅子を中心にして、地面には様々な彩色の花びらが散りばめられていた。椅子自体にも蔓のようなものが巻かれて、所々に大小の色々な花が添えられている。
「これは……装飾しているのですよね……」
アストリアが呟くように言う。
「まあ、そうだろうな。彼らなりに頑張ったのではないかな。座れと言うことか?」
クアトロはそう言って、一歩、二歩と歩みを進めた。
「痛っ!」
いきなりクアトロは後頭部を背後から、ぽかっと叩かれる。背後を振り返ると、一体の小鬼がぴょんぴょんと跳ねながら、うぎゃうぎゃ言っている。
「クアトロじゃないみたいよ」
マルネロが苦笑混じりに言う。
「そのようですね」
アストリアはそう言うと、敷き詰められている花々を極力踏まないようにと、静かに前へと進み出た。
「アストリア様……」
「大丈夫です、ダース卿。危険なことはないかと」
やがてアストリアはゆっくりと花々に囲まれている椅子に腰を下ろした。その瞬間、一斉に歓声のようなものが周囲から湧き上がる。
どこから出て来たのか数十体の小鬼がクアトロたちを囲んでいた。そしてそのどれもが、うぎゃうぎゃと言いながら小踊りしている。
クアトロは苦笑を浮かべながら、若干戸惑いを見せて椅子に座るアストリアに近づいた。
「まあ、訊くまでもないが、彼らは何と?」
「我らの救世主、我らの守り神だというようなことを……」
「えーっ? 何なの? 小鬼の救世主って?」
ことの顛末を知らないエリンが素っ頓狂な声を上げている。クアトロは古代種の竜との間に起こった出来事をひと通りエリンに説明をした。
「おそらく、こいつらはその竜に虐められていた連中だろうな。アストリアがあの時に奴らを助けたから、そう思っているのだろう」
クアトロはそう言いながら、そう不思議な話ではないと思っていた。
魔獣は強い者に従う習性がある。小鬼は知性があるので、その意識も強いはずだった。加えてアストリアには本人は意識していないようだが、魔獣の言葉を解する以上は使役する能力も有しているのだろう。
「あの時、古代種の竜を追い払ってくれたのはエネギオスさんですよ?」
アストリアが申しわけそうな顔で反論する。
「こいつら、そうは思ってないようだ。古代種の竜を追い払えるような強いエネギオスを連れて来たのが、アストリアだと思っているんだろう。だからアストリアの方が強いのだと」
「そんな……」
アストリアが言い淀んでしまう。
そんなアストリアの様子から不穏なものを感じ取ったのだろうか。小鬼たちは明らかに落胆する様子をみせた。
中には悲しげな鳴き声を早くも上げ始めた者もいる。
何だか母親に捨てられた子供みたいだとクアトロは思う。
「アストリア、何かこの子たち、可愛そうなのだけれど……」
マルネロがそう言いながらアストリアに赤い瞳を向けた。
「え、ええ……」
やがて一体の小鬼がアストリアの前に進み出てきた。そして地面に両膝を着きながらアストリアにうぎゃうぎゃと訴えかける。
アストリアは真剣な面持ちでそれを聞くと口を開いた。
「分かりました。でも、常にこちらにいることはできません。それでよければ、あなた方の言う通りにしましょう」
小鬼を相手にして生真面目な様子でアストリアがそう言うと、周囲の小鬼たちから一斉に歓声のようなものが上がる。
クアトロはどういうことだとエリンに顔を向けたが、エリンも首を傾げている。そんなクアトロにアストリアが深緑色の瞳を向けた。
「クアトロさん、私、小鬼の女王になってしまいました……」
「へ……?」
アストリアは何とも形容し難い顔をしている。それを見てエリンが弾けるように笑い出した。
「アストリア、あなたも大変ね。元人族の皇女にして魔王の花嫁、その正体は小鬼の女王だものね」
「女王になられるとは……アストリア様も立派になられて……」
ダースはなぜか感無量と言った感じで涙ぐんでいる。
「え? そういう話なの? 魔獣の女王なのよ?」
ダースの言葉にマルネロが驚いている。
いやいや、何とも……。
クアトロはそう心の中で呟いた。
以降、巷で昔話の一つとして語られることとになる、小鬼の女王が誕生した瞬間であった。




