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魔王の花嫁  作者: yaasan


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天使降臨

 「天使様が降臨されたのですぞ。我がエミリー王国にとっては非常に名誉なこと」


 エミリー王国大司教のベントスが鼻穴を膨らませて熱弁を奮っていた。それを聞きながらエミリー王国の若き国王であるライトル三世は、いささかげんなりとした気分になっていた。

 

 まだ二十歳をいくつか超えたばかりであるはずの若々しさはその顔になく、苦渋の色が浮かんでいる。天使だか何だか知らないがとまで言うつもりはないのだが、面倒な時期に姿を現してくれたものだというのがライトル三世の正直な感想だった。


「今こそ天使様のお求めに応じて、立ち上がる時なのです」


 ベントス大司教の熱弁は続いていた。立ち上がるのはよいが、立ち上がるにも金がかかるのだ。


「我らは人族国家の盟主国として、先陣を切らねばなりません。いやいや、ダナ教総本山の国家としてもかくあるべきと存じます」


 エミリー王国が人族国家の盟主国であったことなどは遥か昔の話で、今では数ある人族国家の単なる一つでしかない。ダナ教の総本山であることには間違いないのだが、それがどうしたとライトル三世は言いたくなってくる。


 そもそも、かつては人族国家の盟主国と言われていたエミリー王国がここまで弱体化してしまったのは、国教に制定しているダナ教を手厚く保護したことが原因なのだ。宗教は国が一つになることに関しては利点が多いのだが、その過程で宗教自体が国内で力を持ち始めてしまう。


 ましてや眼前の大司教のように、その力を背景として宗教側の人間が政治にも口を出し始めると、国が乱れる要因を次から次へと生み出してしまうのだ。政治の理よりも宗教の理を優先するので、どうしても国が乱れる方向へ向かってしまうのだった。


「ライトル三世陛下、いかがですかな?」

「い、いや、まあそうだな。善処するよう検討してみよう」

「善処? 検討ですと? 天使様直々のお言葉なのですぞ。善処や検討などではないのです。これはもう決定事項なのですぞ」


 ベントス大司教は口角から泡を吹きながら叫ぶように言う。その目は狂人のそれに近く、もはや自分を、陛下と呼ぶ国王を見てはいないとライトル三世は感じていた。大体、決定事項ならば、もう俺はいらないでしょうと思うライトル三世だった……。





 魔族の王、クアトロは今日も玉座で退屈な身を持て余していた。たまに配下の者が小難しい話を持って来るのだが、クアトロが、あーとかうーとか言っていると、横のヴァンエディオが的確な指示を出すので、クアトロの出番は全くなかった。もっとも小難しい話で出番を任されたら、それはそれで困るのだったが。


 そんなことを考えていると、魔族最高の知者と評されているヴァンエディオがエネギオスとマルネロ、スタシアナを伴って玉座の前に姿を見せた。ヴァンエディオはともかくとして、エネギオス、マルネロ、スタシアナまでもがいつもとは異なる雰囲気を纏っているように思えた。


「どうした、ヴァンエディオ? 四人揃って姿を見せるとは珍しいな」

「はい。少々、人族の国で不穏な動きがございまして」

「不穏な動き? 持って回った言い方は好きじゃない。どういうことだ?」

「天使降臨が確認されたと」

「天使降臨?」


 クアトロはヴァンエディオの言葉を繰り返した。天使降臨と言えば、天界からこの地上へと天使が来ることを指す。


 今、クアトロの前にいるスタシアナも天界から地上へと来たので、ある意味では天使降臨と言っていい。ただ彼女の場合は眷属が異なる魔族の下へ来たので、堕天使という位置づけになってしまっているのだったが。


「はい。天使降臨自体が珍しいことなのですが、その天使が聖戦を命じたとのこと」

「聖戦とはな。また随分と古い言葉を引っ張り出してきたものだな」


 エネギオスがそう口を挟んできた。聖戦とは人族が魔族を討伐する際に用いられてきた言葉だった。数百年前、人族がまだ統一国家であった頃、聖戦の名の下で頻繁に魔族の支配地域へ人族が攻め入って来たらしい。


「でも、聖戦がそれほど古い言葉ってことでもないわよ。魔族や人族にとっては百年、二百年前の話だとしても、寿命が数百年もある天使にとっては、ついこの間の話になるんじゃないかしら」

「そうですね。マルネロさんの言う通りです。ただ天使が人族に聖戦を命じたことはなかったはず」


 マルネロへの言葉にヴァンエディオが同意を示した。


「そもそも、天使降臨が珍しいのだろう? どうなんだ、スタシアナ?」


 クアトロはマルネロの横にいるスタシアナに、そう訊いてみる。


「えっと、天使は神のための存在なので下位眷属の人族には、あまり興味がないですよねー」

「そうなの?」


 マルネロが驚いた声を上げる。


「魔族と違って人族は上位眷属が大好きじゃない。神や天使にいつも祈っているわよ?」

「うーん」


 スタシアナはそう言って、こてっと首を傾げる。その姿を見て今日も変わらず可愛らしいスタシアナだとクアトロは思う。


「ぼくもそうでしたけど、やっぱり天使は人族に興味はないと思いますよー。たまたま天使が地上に興味を持って天界から地上に行く時。それを人族が降臨だとか言って、勝手に喜んでいるだけのような気がするんですよー」

「何かその天使の本音を聞くと人族が可哀想になってくるわね……でも、興味がない癖に天使は何で天界からわざわざ地上に来るわけ?」

「えっと、それこそ何となく来たんですよ。何となく興味を持って。だから、天使って大したことは言わないじゃないですか。皆で仲よくーとか、皆で助け合ってーとかって言うだけですよねー」

「ふうん。スタシアナの場合は、あーとか、うーとか、ふえーとかだったもんね」


 マルネロが意地悪そうに言う。


「ふえ、ぼく、そんなことは言ってないですもん……」


 スタシアナの青い瞳が涙目になる。


「やめろ、マルネロ。何でお前はいつもスタシアナを虐めるんだ」

「ふん!」


 そうクアトロが言うとマルネロは口を尖らせてそっぽを向く。


「天使がスタシアナさんの言うような存在なのであれば、人族に聖戦を命じるとは思えませんね」


 ヴァンエディオはその遣り取りに関わらずに言う。


「そうか? 天使にも変わり者はいるんじゃないのか?」


 エネギオスがヴァンエディオの言葉に疑問を呈した。


「そうですね。その可能性は否定できませんね。ですが、起こりそうもなく、今まで起こらなかったことが起こったわけです。そうである以上、それはかなり疑わしいかと」

「まあ、そりゃそうだわな。で、どうするよ? 天使に関するこの一件の真偽はともかく、下手をすれば人族が聖戦とやらで攻めて来るのだろう?」


 エネギオスがクアトロに疑問を呈した。エネギオスの言葉に黙っているとヴァンエディオが口を開く。


「クアトロ様、まずは戦いに備える必要があるかと。そして……」

「情報だな!」


 クアトロがヴァンエディオの言葉に食い気味で言う。


「い、いえ、流石に今回はクアトロ様が動くことは危険かと」

「大丈夫だ。マルネロやスタシアナがいれば、人族の百や二百は問題にならない」

「いえ、そう言うことではなくてですね……」


 ヴァンエディオがそこまで言った時、アストリアとダースが玉座の間に姿を見せた。そして何故かそこには不死者の王であるトルネオもいる。


「皆さん、お集まりになられて、どうされたのですか? 楽しいことなら、わたしも入れて下さいよ。冷たいなあ、もう」


 トルネオは姿を見せるなり、こちらに興味津々といった様子で訊いてくる。この骸骨、もはや威厳の欠片もないし、それを見せようとするつもりもないようだった……。


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