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魔王の花嫁  作者: yaasan


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ドラゴン退治

「古代種のドラゴンと言えば、魔神や神とも互角に渡り合った奴だろう? 魔法に絶対的な耐性を持っているという話だぞ」


 クアトロの言葉にダースが無言で頷いた。それを見ながらクアトロは言葉を続ける。


「不味いな。流石に手に負えないぞ」


 クアトロがそう呟いている時、眠っているドラゴンの鼻先に十体ほどのスモールゴブリンが現れた。


「彼らは一体、何を……」


 クアトロの横で同じく崖下を覗き込んでいたアストリアが呟いた。スモールゴブリンたちは、それぞれが手に果物や木の実を手にしているようだった。中には鳥などの小動物を手にしている者もいる。


「貢物のつもりなのでしょうか?」


 ダースがそう言うと、アストリアの背後にいたスモールゴブリンたちが、うぎゃうぎゃと騒ぎ始めた。

 アストリアがそれに対して何度か頷くと、深緑色の瞳をクアトロとダースに向ける。


「食べ物を持って来いと言われたようです。でないとこの辺りのスモールゴブリンたちを全て喰らい尽くすと」

「食べ物? 食べ物と言ったってあの巨体だぞ。あの程度の量じゃ……」


 スモールゴブリンたちはいかにも怖々といった感じで古代種のドラゴンに近づいて行くと、その鼻先に持ってきた食料を並べ始めた。その様子にドラゴンも気がついたようで、地面につけていた顔を少しだけ持ち上げた。


 五歳児程度しかないのスモールゴブリンの小さな体は、ドラゴンの鼻息だけでどこかに吹き飛ばされてしまいそうだった。

 目を覚ましたドラゴンがスモールゴブリンたちを睨みつけている。口元から見えている牙の間から、炎がゆらゆらと見え隠れをしていた。今にもその炎がスモールゴブリンたちに向かって吐き出されそうな勢いだった。


 古代種のドラゴンは立ち上がると目の前に並べられた食料に目を向け、次いでスモールゴブリン達に目を向けると怒りの咆哮を上げた。


「いけない! 駄目!」


 崖上のアストリアが叫んで立ち上がった。クアトロもダースも止める間がなかった。アストリアが両手を突き出して叫ぶ。


「聖光!」


 アストリアから放たれた聖なる光が、刃となってドラゴンの横顔を襲った。


「くそっ、ダース、アストリアを頼む!」


 クアトロは一声だけ吠えると崖下に向かって飛び降りる。

 アストリアが放った魔法は確かにドラゴンの横顔を捉えたが、傷一つをつけることもなく宙に霧散していた。ドラゴンが不快げに魔法を放った崖上にいるアストリアを睨んだ。


「でかいの、こっちだ!」


 崖を滑り降りたクアトロは、古代種のドラゴンとスモールゴブリンたちの間に降り立った。スモールゴブリンたちはドラゴンの咆哮に腰を抜かしたのか、四つん這いになりながらも皆が辛うじてその場から逃げ出して行く。


 ドラゴンは自分の前に現れた小さな乱入者に顔を向けた。クアトロは勢いに任せて飛び出したのはいいが、自分に打つ手がないことを自覚していた。古代種に魔法が効かないことは明白で唯一の対抗手段は物理攻撃なのだが、クアトロの剣技で対抗可能かどうなのか。


 ……いや、無理だろうとクアトロはすぐに思う。こんな馬鹿でかく固そうな相手に自分の剣技が通用するとは思えなかった。


「クアトロさん!」


 アストリアが崖上から心配そうに叫んでいる。アストリアの手前、弱音を吐くこともできず、格好をつけてそれに片手で応えるクアトロだった。

 流石に長剣を手に斬りかかる気にはなれず、クアトロは片手を古代種のドラゴンに向ける。


「氷刃!」


 意味がないと思いつつも炎を吐き出すのであれば氷系なら……と淡い期待でクアトロは魔法を放つ。

 

 やはり見事なまでに、ドラゴンの眼前でその魔法も霧散してしまう。実害はないものの先ほどから眼前で弾ける魔法が不快なのだろう。ドラゴンは低い唸り声を上げており、今にもその巨大な口から火炎を吐き出す様相をみせていた。


 魔法に絶対的な耐性があるという話は本当なのだろう。先ほどから魔法では傷一つさえもつけることができなかった。マルネロのような馬鹿げた魔力で一点突破を狙い、最後は剣等の物理攻撃でということであれば勝機もあるかもしれないが、クアトロの魔力ではどうにも無理そうであった。


 これは流石に不味いなとクアトロが思った時だった。聞き覚えのある、この状況には似合わないのんびりとした声が崖上から聞こえて来た。


「でっけえドラゴンだな。どうした、クアトロ、ドラゴン退治か?」


 崖上を見ると、背に巨大な長剣を背負ったエネギオスが呑気な顔で崖下を覗き込んでいた。


「ドラゴン退治じゃない。俺たちが退治されかかっているんだ!」


 この状況にも関わらず、エネギオスの呑気な顔とその物言いに腹が立ってクアトロは怒りを込めてそう言い返す。


「ドラゴンごときに何を言ってんだ、お前?」


 エネギオスが不思議そうな顔をする。


「馬鹿か? こいつは古代種だ。魔法が通用しない」

「古代種? そいつは随分と珍しい。一度、出会ってみたいと思っていた」


 エネギオスは不適に笑うと、背にあった大剣を抜き放って崖下へと降りて来る。

 崖下に降りて来たエネギオスはクアトロに下がっているように言うと、古代種のドラゴンの真正面で大剣を片手で構える。


 ドラゴンは先ほどから小さい連中がちょろちょろと煩わしい、いい加減にしろとばかりにエネギオスに向かって咆哮する。

 先ほどまでの咆哮とは違って、大気が震えるほどのものだった。アストリアの背後にいたスモールゴブリンたちが、腰を抜かしたようにひっくり返ってしまう。

 

 エネギオスは大剣を握っていない残る片手の小指を耳の穴に入れて、顔をしかめる。


「やれやれ、うるせえな。随分とお怒りのご様子だ」


 そう呟くとエネギオスは大剣を両手で握って改めて構え直す。そして、一つ息を大きく吸い込むと、大剣を構えたままで走り出した。

 エネギオスはドラゴンの傍らを走り抜け、見上げるほどに太いドラゴンの尻尾の付け根に到達した。


「斬!」


 エネギオスが大剣を振り下ろす。


「……嘘だろ、おい?」


 クアトロが思わず声に出して呟いた。エネギオスの巨大な長剣によって根元から切断されたドラゴンの尻尾が、それだけで単独の生き物であるかのように、うねりながら宙を舞っていた。


 それまでの咆哮とは明らかに違うドラゴンの声が周囲に響き渡る。やがてドラゴンは一声吠えると、背の翼を広げて大空高く舞い上がり、魔族や人族などには付き合っていられないとばかりに大空の向こうへと飛んで行ってしまうのだった。

 エネギオスは満足気に大きく息を吐き出した。


「おいおい、エネギオス、あいつは古代種のドラゴンだぞ?」

「ふん、殺したわけじゃない。尻尾を切って追い払っただけだ。生き死にの戦いになったら、流石に勝てないだろうよ。それに尻尾なんぞ、また生えてくるしな」


 いやいや、トカゲではあるまいし、尻尾はまた生えてこないのじゃないか? そもそも、そういう問題なのかとクアトロは思う。

 あの古代種の尻尾をぶった切ったのだ。魔神や神とも互角に戦ったと言われている古代種の尻尾をだ。何と言うかエネギオスの奴、どれだけ筋肉ごりらなんだよとクアトロは思う。


「クアトロさん、エネギオスさん!」


 アストリアもダースを伴って崖下へと降りて来た。


「大丈夫でしたか? ありがとうございました」


 アストリアは胸に両手を当てて、ほっとしたように息を吐き出した。


「おう、ろりろり姫も無事だったな」

「は、はい」

「しかし、驚いたな。古代種のドラゴンがこんなところにいるとは。ただ、奴も何かがあってここにいたわけではなかったんだろうよ。こちらともあからさまに事を構えるようでもなかったしな」

「そうだったのでしょうか……」

「ではなかったら、尻尾を斬られたぐらいで退散はしないだろうよ。まあ何にせよ、何事もなかったのなら、よかったじゃねえか」


 エネギオスはそう言って豪快に笑う。

 気づくと崖上のスモールゴブリンたちも、ぴょんぴょんと跳ねて喜びを表しているようだった。やがてアストリアに礼を言うように、ぺこぺこと頭を下げると、スモールゴブリンたちは崖上から森の奥へと消えて行った。


「でも本当によかったです。スモールゴブリンたちもあんなに喜んでいましたし。エネギオスさん、本当にありがとうございました」


 アストリアが改めてエネギオスに礼を言う。


「お、おう。気にするな」


 するとエネギオスが照れたように、アストリアから視線を外して返事をしている。その様子を見てクアトロはあまり仲良くするな、筋肉ごりらの分際で美味しいところを全部持って行きやがってと思うのだった。


「おーい、皆さーん、わたしを置いて行かないで下さいよー」


 クアトロがそう思っていると、何とも能天気な声が崖上から聞こえて来た。見るとトルネオが骨だけの手を振りながら崖下へと降りて来る。


 黒い服を着た骸骨が崖を降りて来る。しかも手を振って。なかなか非現実的な絵面だった。


「嫌だなあ、皆さん。冷たいじゃないですか、わたしを置いてけぼりにするなんて」


 崖下に降りて来たトルネオが、服についた砂埃を骨だけの手で払っている。

 いやいやこの骸骨は、いつもいつも何でこんなに親しげなんだ?

 クアトロがそう思っていると、トルネオはエネギオスが切り落としたドラゴンの尻尾に気づいたようだった。


「何ですか? この気持ちの悪い大きな尻尾は」


 トルネオの言葉には不快げな響きがある。

 いやいや、そう言う意味では骸骨のおまえの方が気持ち悪いぞ。そうクアトロは心の中で呟く。


「あ、トルネオさん! 足のそれ、何ですか?」


 不意にアストリアが驚いた声を上げた。


「ああ、これですか。いやあ、わたし、昔から犬には好かれるたちでして」


 犬? 好かれる? どう見ても凶暴そうな大きな野犬が敵意のある唸り声を上げながら、トルネオの足に牙を剥いてかぶりついている。


「博愛主義って言うんですかね。わたしの溢れる愛が、昔から可愛い犬たちを引きつけてしまうようでして。何かふぇろもんみたいな物が、わたしから出ているのかもしれませんね」


 不死者の王、トルネオはそう言って高らかに笑っている。笑い声に合わせて顎の骨がかちかちと音を鳴らす。


「え、ええ……」


 アストリアがそんなトルネオと唸り声を上げている野犬を交互に見ながら、呟くような返事をする。

 どう見てもその野犬、骨を食べようとしてかぶりついているようにしか見えないと思うクアトロだった。


 ……こうして、野遊びとドラゴン退治は終わったのだった。

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