ダースの思い
やがて食事も終わり、しばし休憩をしようということになった。
アストリアにとっては残念だったのだろうが、食事中はアストリアとクアトロ、アストリアとダースといった図式でしか会話が成立しなかった。
やがてアストリアは自分がいなければクアトロとダースが会話をするのではと思ったのか、二人とは少し離れた所に移動して、ちょこんと座っている。
本心ではアストリアを追いかけて、その隣に座りたかったクアトロだった。しかし、アストリアの傍に行くと怒られそうな気がして、仕方なしにダースの側でそれまでと変わらずに座り込んでいた。
先ほどから二人の間には沈黙が流れていて、微妙な居心地の悪さをクアトロは感じている。
「なあ……魔族の王よ」
不意にダースが口を開いた。クアトロは少し驚いてダースに赤い瞳を向ける。ダースはクアトロに視線を向けることなく、真正面にその黒い瞳を向けていた。
「魔族の王よ……」
ダースが同じ言葉を繰り返した。
「クアトロ……でいい。皆もそう呼んでいるのだからな」
「そうか……ではクアトロ、アストリア様は魔族の国に来てから、よく笑顔をお見せになるようになった」
「そうか? 俺にはよく分からないが」
クアトロは小首を傾げた。
「クアトロは帝国におられた頃のアストリア様をあまり知らないからな」
「まあ、ほぼ会ってからすぐに、魔族の国へ連れて来たのだからな」
「アストリア様が今のように、よく笑われることなど、私は見たことがない」
「そうか。ならば、この国に来てよかったのではないか?」
ダースが何を言おうとしているのか分からず、クアトロはとりあえずそう言ってみた。
「クアトロには……感謝している。アストリア様に笑顔をもたらしてくれたのだからな」
正面から感謝しているなどと言われると、相手がダースとはいえ照れるのだが……。
そう思うクアトロだった。
「そうか……」
何と言えばよいのか分からず、クアトロはそれだけを言った。
「そうだ……」
ダースがそう返事をしたあと、また少し沈黙か流れた。そして、再びダースが口を開いた。
「アストリア様はまだあの歳だというのに、ご幼少の頃よりご両親の愛を知ることもなく、お育ちになられた……」
クアトロが黙っていると、ダースは言葉を続けた。
「アストリア様の母君は、アストリア様をお産みになられて、すぐに亡くなられたと聞いている」
「そうか。それではきっと苦労したのだろうな」
クアトロの言葉にダースは黙って頷く。
「皇后様の手前もあったのか、実の父君である皇帝陛下にも、ご誕生された時から疎んじられておいででな」
ダースはそう言いながら手元の新緑を毟ると、目の高さまで持ち上げてそれを宙へと解き放った。ダースの指先から解き放たれた新緑が風に運ばれて飛んで行く。
クアトロの赤色の瞳とダースの黒色の瞳が、舞いながら風に運ばれて行くその新緑に向けられる。ダースがさらに言葉を続けた。
「生まれてすぐに母君を亡くされたアストリア様は、王宮の片隅で父君である陛下の愛情にも触れることなくお育ちになられたのだ」
「そうか。可哀想な話だとは思うが、よくある話でもある」
「そうだな。世の中には似たような話がたくさんあるのだろうし、これより悲惨な話もたくさんあるのだろうな」
ダースがクアトロに同意を示して頷いて、再び口を開く。
「魔族の王クアトロよ、私はそれでも、アストリア様より不幸な者が星の数ほどいるとしても、アストリア様には誰よりも幸せになって、笑っていてほしいと思っている」
「そうか……」
クアトロはそれだけを言った。
この場で何かを言って、例えどのような口約束をしても、それに意味がないことをクアトロは分かっていた。きっとダースも同じ思いなのだろうとクアトロは思う。
ダースの今の言葉に応えるとすれば、クアトロの行動だけなのだろう。
アストリアの笑顔を絶やさないこと。
それをダースは望んでいて、そのための行動をダースはクアトロに望んでいるのだ。
「ダース、お前はおい奴だな」
「うるさい……」
ダースは照れたのか、それだけを言う。
「アストリア様はお優しい。いつも他の誰よりも、優しくあろうとしておいでだ。俺はそれが切ないのだ。まるで、親の愛を知らないがゆえに、ぽっかりと空いてしまった自分の穴をその行為で塞ごうとしているようでな」
「そうかもしれないな」
クアトロは頷く。
「なあ、ダース、お前はいいのか? 魔族の国などについて来てしまって」
アストリアへの心配はいらないから、元の国に帰ってもいいのだぞ。
嫌味ではなくて純粋にダースの身を案じ、言外にクアトロはそう言ってみた。
「俺は名ばかりの貧乏貴族でな。アストリア様には家族を助けてもらった上に、俺を騎士にまで取り立てていただいたのだ。もはや返せぬほどの大恩がある。だから、アストリア様がどこにおられようと、護衛の騎士としての務めを全うするだけだ」
「ふん、やっぱりお前はいい奴だ」
「うるさい、魔族の王」
ダースが照れたようにそう言った時だった。少し離れた所に一人座っていたアストリアに近づく影があった。
ダースもクアトロとほぼ同時で、その存在に気がついたようだった。腰にある長剣に手をかけて二人は駆け出す。




