天使の力
「クアトロを虐めるのは駄目なんですよー。ぼくが許さないんですよー」
紫色の魔法陣から飛び出して来たのは漆黒の翼を広げたスタシアナだった。スタシアナは魔法陣から飛び出すと、小さな両手を広げてそれをクロエに向かって翳す。
「光弾!」
その言葉と共に無数の黄金色に光る球体がクロエを襲った。クロエはトルネオへの攻撃を止め、スタシアナが放つ光る球体に向けて防御壁を展開する。防御壁が次々とスタシアナが放つ球体を弾いていく。
クロエが展開した防御壁によって次々と弾かれ破裂する黄金色に光る球体。それによりクロエの全身が霧状の黄金色に包まれていく。
「ちょっと待って下さい。スタシアナ姉様、置いていかないで下さい!」
続いて魔法陣から、白い翼を広げたエリンが飛び出して来た。
「エリンはクアトロの両腕を拾ってくるんですよー」
「え? また腕ですか? 腕はちょっと……気持ち悪いですもの……」
顔を引き攣らせて言い淀むエリンの頭に向かってアストリアは小さな拳を振り上げた。そして、そのままエリンの薄い灰色をした頭をぽかりと叩く。
「エリンは、いつもいつもうるさいんですよー! 早くしないとクアトロの腕がくっつかなくなるんです。早くするんですよー!」
頭を叩かれたエリンは涙目になりながら、クアトロの両腕を拾いに飛んで行く。
「貴様たち天使がなぜ私に歯向かう? 貴様たちは創造主の下僕なはず!」
自分の周囲を覆っていた霧状の黄金色が晴れると、クロエは我慢ができないといった態でスタシアナたちに向かって怒声を発する。
「そんなのぼくは知らないんですよー!」
スタシアナはクロエにそう言い残すと、クアトロとアストリアに向かって飛翔する。
「役立たずの天使どもめが!」
クロエがクアトロの所へと飛翔していくスタシアナを目掛けて片手を伸ばした瞬間だった。
「神炎……爆式!」
クロエの頭上に浮かぶ魔法陣から、そんな言葉と共にマルネロが飛び出してきた。
クロエが瞬時に深紅の炎に包まれる。それはまるで立ち昇る火柱のようだった。
「そのぐらいでは、きっと死なないわよね。でも暫くはその中にいなさいね」
マルネロはそう言い残すと即座に踵を返した。
「クアトロ、大丈夫なの? あんた、何やって……」
両腕を失ったクアトロを心配してのことなのだろう。クアトロに駆け寄ろうとしたマルネロが一歩、二歩目で不意にその足を止めた。そして、不思議そうな顔で頭を下げて自分の胸を見る。
背後から貫通した長細い銀白色の発光体が、マルネロの胸の上でその頭を覗かせていた。
マルネロの唇の端から一筋の鮮血が顎に向かって流れ落ちる。同時に崩れるようにしてマルネロの体が大地に力なく倒れ込んだ。
「次から次へと煩わしい!」
立ち昇る炎の中から怒りのこもったクロエの声が響き渡る。
アストリアの口から叫び声が上がった。
クアトロと出会って以来、魔族の国に来てからも何かと目をかけてくれたマルネロ。何かと自分を庇い、心配してくれたマルネロ。いつも傍にいてくれたマルネロ。
そのマルネロが……。
「クアトロ、もう大丈夫ですよ。ぼくがすぐに治すんですよー」
アストリアが叫び声を上げる中、スタシアナがクアトロとアストリアの近くに降り立った。
「スタシアナさん、マルネロさんが、マルネロさんが!」
アストリアの言葉にスタシアナは頷いた。
「大丈夫なんですよー。エリンがマルネロのところに向かっていますからねー」
ならば大丈夫なはずだとアストリアは懸命に自分へと言い聞かせる。癒しに関していえば天使の力は絶大なはずなのだから。きっと、きっとマルネロも、そしてクアトロも大丈夫だ。焦燥感に突き動かせられたところで、今は自分にできることなどないのだから。
「ぼくはクアトロを治すんですよー」
「スタシアナ、駄目だ。アストリアを連れて早くここから逃げるんだ! マルネロとエリンにもここから今すぐに逃げるように言うんだ!」
「駄目ですよー。ぼくはクアトロを治すんですよー」
クアトロの言葉に反して頑なにスタシアナは金色の頭を左右に振った。




