67.ラビリンス
67.ラビリンス
「ラビ、わたしはそれを決めかねていた。「香矢」の細胞は次第に消滅を始めていた。それでも「香矢」のミトコンドリアをコピーできたのは奇跡に近い」
シノの言葉を聞くと、少女は青い瞳をいっそう丸くした。
「私は亜矢の中でマユのまま居続けた。必要な生命エネルギーは、あなたたちシードにお願いした」
「お屋敷で初めてシノ様にお会いするまで、私たちの力はシノ様の力だと思っておりました」
「それは、シードから送られてきたものを使っていたのにすぎなかったのよ」
「何故、地球を離れることにされたのですか?」
「それは、この子に聞きなさい。ラビ」
にっこり笑うと「シノ」は少女に向けて青い光を放った。光は少女を包むと再び「シノ」の身体に戻った。シノは今度は別の少女「ルツ」の顔でこう言った。
「私は、あなた。あなたは、私……」
緑のロップイヤーは少女に抱かれたまま、「シノ」に尋ねた。
「そのお気持ちがすべての『始まり』なのですね」
「そう、ジグは私に、そして私もいつの間にか……」
「でも、いくら石化していても永遠ではありません。一万年程しかそのお身体は……」
「十分です。そして何より、ジグが側にいる」
ラビがしばらくして口を開いた。
「私は、どうすればいいのでしょう?」
「マスター・シードとして、この星に残るのです」
「シノ様、それは私にとって永くそしてとても辛い役目です。すぐに私を知る者が誰一人もいなくなる……」
「そう、その代わりにご褒美を一つあなたにあげましょう」
「ご褒美?」
「私がコピーした香矢の遺伝子情報だけでは、彼女を再生することはできない。その代わりにその身体にあなたの情報をコピーしましょう。ほんの短い間ですが、人として生きてみなさい。ただ覚えておくのですよ、未来への『希望』を人がすっかり無くした時には、すぐにでも私を呼ぶのですよ」
「その時には、シノ様を呼ぶ……」
ラビの言葉にシノは柔らかく澄んだ声で答えた。
「もしそうなれば、最後の『マスター・シード』あの月を目覚めさせましょう」
「……再び、絶滅と復活が繰り返す」
ラビの顔に不安が見て取れた、首を振り、ラビはすぐにシノに向かって力強く答えた。
「その日が、永遠に来ないことを。シノ様」
「そうね、私もそう思うわラビリンス……」
シノはその後に続けて言おうとした言葉を飲みこんだ。
(私もそう願っていた。遥か遠い昔、もうひとつあった「月」から……)
別れの時が来た。ラビの今までの感情が、その少女に全てコピーされた。そしてシノは少女の「新しい母」となるように由樹にキスをした。彼女の脳はその少女についての新しい記憶が織り込まれていった。
「これも皆、持っていくわ」
シノが体から「86」を放射した。皆の脳から「パラサイト・シード」に関するすべての記憶が取り出され、シノの体へと吸い込まれていった。
「あなたは私、私はあなた……」
それが最後の「マスター・シード」の言葉だった。
「ロイヤル・スーパー・ムーン」は宙に浮かぶ青い少女を静かに迎えようと、時折近づく雲を不思議な「86」の渦でかき消す。少女は空を見上げたまま、シノの姿が小さな点になるまで身動きもしないで見送っていた。
「その日が、永遠に来ないことを。ラビリンス……」
眼下の青い星にシノは言葉を投げかけた。そしてゆっくりと瞼を閉じていった。
地球の歴史を誰よりも知っている月、その月面に立つマンモスには、可憐な少女が一人乗っていた。
「新たなマスター・シード」となった「ラビ」と「少女」。その少女の名は「ラビアン・ラビリンス」、亜矢の姉として生まれる事のできなかった少女……。
満月少女 亜矢 (了) 2017.04.15
あとがき
人類がDNAの研究を進めるうちに、「生命誕生」についての過程は、次第に明らかになっています。
毎日のように「クローン生物」が次々と生まれ、近いうちに「ノアの方舟」は現実のものになるかも知れません。
「生命の種」いわゆる「マスター・シード」は必然にこの地球に持ち込まれたのではないか?この地球に繰り返された「繁栄」と「絶滅」は、ほんの偶然に成立した「奇跡の星」を守るための「宇宙の意思」だったのではないのか?その辺りをテーマにおきました。
「永遠の命」と「自分を知るものが消えていく孤独感」、その辺りは別の機会にもっと深く掘り下げ、お目にかかりたいと思います。
「新たなマスター・シード」となった「ラビ」と「少女」。その少女の名は「ラビアン・ラビリンス」、亜矢の姉として生まれる事のできなかった少女……。
「満月少女 亜矢」に最後まで、お付き合いいただきにありがとうございました。
感想などありましたら、お届けください。次回作に活かします。 2017.4.15 作者




