66.月見の会
当たり前の日常が、また繰り返していく。
「確実に来る「終末」を人類は乗り越える事が出来るだろうか」
石化したマンモスの中で「ジグ」は思っていた。彼はコピーした「ミトコンドリア」を紐解く日が来ないことを祈るばかりだった。ルツの言った通り、彼の周りには既に「先客」がいた。さすがにジグに応える者はいない、次の「マスター・シード」は誰なのか、ここに現れるのはいつなのか、彼は風化した「マスター・シード」の土塊を見て呟く……。
「その日が来ないように、ルツ」
「明日は遅れないのよ、テツ」
「あれから、もうひと月なんだな。オーケイ、ひとっ飛びさ、この新しいジェットならね」
GPSは「ケニア」を示している。
「まったく、哲夫ったら。新妻をほったらかしなんだから」
マンションのドアの白い表札のガムテープを丁寧にはがし、美樹はその下から現れた「駿河哲夫」と書かれたネーム・プレートを右の人差し指で弾いた。
趙はオロスの研究所にいた。サラの回復が、遅いのが心配でもあり、シードが消滅して安心しているのも事実だ。彼を乗せた「オート・ジャイロ」は少し早く研究所を飛び上がった。
「亜矢、お団子を作らなきゃ」
「えっ?」
さっきから、亜矢は大忙しだ。雄馬と日高は「新心臓バイパスの設計図」を真剣に見ていた顔を上げた。
「ママはそれじゃあ『ぼたもち』になると思うんだけど」
「そうかなぁ……」
「そうそう、ラビ、チモシーは……」
つい、その名を口に出してしまった由樹の顔が、少し曇りかけた。亜矢の体からブラック・ボックスは消え、彼女の変異細胞もそして「ラビ」も消滅していた。やがて「ロイヤル・スーパー・ムーン」は太陽からその役割を引き継ぎ、青く澄んだ光を放ち始めた。
今夜の「月見の会」に特別の意味などは無い。しかし、皆は何かを期待していた。
「最高のルナティ86がこの地上に届く今夜、あのマユの秘密が明らかになるはずだ」
橘雄馬は、集まった一同にそう言った。それがまるで合図でもあるかのように、屋敷のピロティに作った壇上のマユがその輝きを増した。何かが起こり始める予感がする、しかし誰一人声を上げようともしない。いや、それも当然だ、椅子に座ったまま皆は眠り込んでいた。
「シュル、ルルル……」
マユがほどけ始めた、ミトコンドリアの長い糸が宙を舞うとそれは次第に人型になっていった。ジグがここにいたら、その少女を「ルツ」と呼ぶに違いない。ラビならきっとこう言うはずだ「シノ」様と。シノはすでに「ルツ」の姿を借り、ジグに会っていたということになる。「マスター・シード」は「亜矢」の体からブラック・ボックスごと、マユとして外に送り出されていたのだ。マユは完全に解け、現れた少女がシノに声をかけた。
「シノ様、本当によろしいのですか、あの月に向かわれても。この星の子たちにはまだ希望があるとおっしゃられていたのに……」
「その思いは、今も変わりません、いえ更に強くなっています」
少女の足元で小さな影が動いた。それは緑色の「ロップイヤー」だ。少女はロップイヤーを抱き上げるとその耳をそっと撫でた。シノはすでに心に決めていた、ひとまず自分の役目は終わらせようと。これから人間達は「終末の時」を越えるために、学ぶはずだ。何が大切で何がそれを阻んでいるのかを、その答えは地球の生き物の「遺伝子情報」を全て持つシノはすでに知っていた。しかしそれは人間達が自ら気付き、手にしなければならない。
「ママにお別れのキスをしてから行きましょう。あなたのこともちゃんとお願いしておくわね、ラビ」
緑のロップイヤーが少し首をもたげた。
ー「蛹化」のために由樹の体内に浸入した「シノ」は、「選択」をしなければならなかった。「亜矢」の姉「香矢」になる予定の「卵子」は、発生途中で消滅していく。「シノ」は健康な「亜矢の卵子」に寄生し、彼女の寿命を20年縮めるか、消滅しようとする「香矢の卵子」に寄生したまま、ともに滅びるかの選択を迫られていたー




