52.ポーレンの役割
「テツ、危ないっ!」
美樹の声だ。遂にマンモスの長い鼻が、テツの胴をするりとひと巻きにした。
「これでおしまいだ、もう動けまい。そら、お前の骨を砕いてやろう」
勝ち誇ったジグはその鼻に力を込める。テツの腰骨がきしみ始めた、しかし不思議な事にジグの鼻はそれ以上その胴を締め上げれなかった。いや逆にジグの鼻が少し緩みはじめたような気さえした。
「そんな馬鹿な、気のせいだ。そらっ、これでどうだ」
ジグは鼻ににじむ汗さえ蒸気に変えるほど力を込めた。しかし……
「俺は、俺はマスターシードだぞ、こんなことがあるものか」
ゆっくりと胴に巻きついた長い鼻を解き、アルケオプテクリスが笑った。
「俺のナイフがただのナイフだったら、俺は二度と立ち上がることなどできなかったろう」
「なんだと、あのラダーナイフが。まさかお前あのナイフに……」
「ああ、たっぷりと塗っておいた。お前たちが培養した、花粉をな」
「ポーレンが、シードに引き寄せられる。ジグもあなたと同じ、変異細胞が再び長い眠りにつくのね、でもこれで全て終わりじゃあないわ……」
ラビがバニー・レディに変異し、ジグに向かって飛び出した。
「グルル、テツ。俺がポーレンの研究を続けていたのは、マスターシードを操るためだった。自己防衛の力を強めるためだ、こうしてな」
そう言うと、ジグは鋭い牙を引き抜き、自分の心臓をえぐり出した。
「クククッ、驚いたか。シードは唯一、自虐には反応できない。ポーレンはこの体にこうして閉じ込めてやった。そして次の寄り代はもちろんテツ、駿河哲生お前だ」
人型に戻ったジグは、素早く左手でテツのみぞおちを正拳突きした。右手で少し緩んだ唇をこじ開け、マスターシードを彼の口から押し込もうとした。
「そうはさせないわ、えいっ!」
ラビの後ろ蹴りが炸裂した。蹴り飛ばされたジグはしかし、既に化石化していた。一瞬、始祖鳥の羽毛が逆立つ。
「ほほう、これが地球の生命体の最終進化形、捕食者の頂点の体か」
変異を終えたジグは、薄い皮膜を体内に吸収した。極彩色の羽毛は表皮に吸収され、鱗となりその体をよろいのように隙間無く覆った。両手をつき、肩を落とすラビは、短い言葉をつぶやいた。
「あとひととびだったのに。悔しい、間に合わなかった」
誰が見ても解る、ラビはその場にうつ伏し多まま、次第にその変異する力を失いはじめていた。美樹が優しくラビを抱き上げ、そしてジグにこう言った。
「ジグ、いえ日高さん。あなたが姉の研究を完成させたのは薄々知っていました。駿河もそして義兄さんたちも、86(エイト・シックス)の研究を通して『パラサイト・シード』の真実に近づきそして、絶望的な未来を垣間みたのです」
彼は美樹にこう答えた。
「雄馬も哲生も俺と同じ未来の地球の姿を見たというのか?」
「アルケオプテクリス、始祖鳥の姿で現れた哲生があなたに伝えたでしょう。それが人類が生き延びるひとつの方法だと……」
「ひとつの……、唯一ではないのか?」
「私はシノ様に会い、そして解ったことがあります」
「ラビ、気が付いたのね。良かった、やはり86は変異細胞に有効なのね」
「解ったことというのは何だ、俺に教えてくれラビ」
「あなたは以前の人間に戻っている、それが86の効果よ」
日高はラビの言葉を聞くと、それを確かめるようにまじまじと自分の体を見た。




