45.空手形
「亜矢と言う娘一人を守るのに、こんな頑丈なセキュリティー・システムが必要だとは。一体亜矢と言う娘はどういう娘なんだ?」
ギブソンはそう、健吾に聞き直した。
「聞かぬ方がいい、システムを解除した時点でおまえの仕事は終わりだ。明日にでも俺に請求書をまわしておけ」
「空手形にはしない様にな、まだ生きていたいだろう? 那智」
「おい、古い名前なんか持ち出すな!」
「怖い、怖いその目はエージェント時代の『那智健吾』の目だぞ」
「若い頃の話だ、おまえも忘れろ『キラー・ギブソン』の名とともに」
「俺はとうに忘れたさ、この足をあいつに打ち抜かれた時に」
「駿河哲生か、まったくあいつこそ『怪物』だよ」
「モンスターか、こりゃあいい、まったくだ」
ギブソンは雨が降ると時々痛む右足を擦りながらその場を立ち去った。翌日の明け方には何千とあるコード表の中から、ようやく一つが判明した。
その夜半、二人は亜矢の屋敷の側に来ていた。最初のコードが既にセキュリティーを止めていた。満足そうにギブソンがにやりとした。
「思った通り、ここからが時間内の作業になる。あと五つ、いや七つということか?」
「大丈夫か?」
「俺は、手強いと言ったんだ。じきに解除してみせる」
そう言いながら、彼は小型のモニターから、一瞬も目を離さない。数字入力だけとはいえ、鮮やかなタイピングが静けさの中際限なく繰り返される。
やがて
「六つ、五つ……」
時折ギブソンが得意気に声を上げる。
「よしこいつで最後だ、しかしすぐに次のセキュリティー・システムが稼働する。急いですませろ、一発だぞ」
「俺の腕は確かさ、シュート!」
青い光の帯を引いて、ライフルから放たれたカプセルが、亜矢の部屋の換気口に吸い込まれていった。しかしそれを確認もせずに二人は瞬時に真後ろへと数メートル跳び下がった。
「ジュッ」
機械類が蒸発したのを見て、ギブソンが叫んだ。
「熱っ!」
少し前髪が焦げた彼はその髪の先をいじりながら苦笑いをした。
「誰かが一瞬セキュリティー・システムを解除したのに違いない。幸い進入した形跡はないけれど」
別荘でレーザーの発射を確認したラビはサラに振り返るとそういった。同時に屋敷を飛び立った小型追跡カメラを搭載した「ドローン」はそれに気付いた健吾に撃ち落とされ、その映像を見ることはできなかった。
「ところで、健吾その足だが……」
車中でギブソンは健吾の足下を見た、サンダル履きの足には包帯が巻かれていた。血がにじみ、小指が真っ赤に染まっていた。
「ああ、これか?」
「昨日は何ともなかった様だが?」
「ああ、そうだ報酬の件だが」
「おい、まさか値切るのはなしだぞ、健吾」
「たんまり払ってやるさ、適当なところで車を停めてくれギブソン」
バイパス手前の路肩にハザードが尽きっぱなしの車があるとの通報が、翌朝警察に入った。駆けつけた署員は中を見て次々に嘔吐した。下半身しか残っていない、何かに引き裂かれたいや、食いちぎられた異様な死体が運転席にあった。
以来彼らは亜矢の前に現れることはなかった。しかし彼らの目的は十分達成したのだ、鉄壁なセキュリティー・システムの屋敷に小さな異変が起こり始めた。




