27.シノ
「ドクの話の通りだとしたら『スーパー・ムーン』の時に何もおこらないのは不思議だ。本当に世界中に影響があるのか?」
この男に難しい細胞の話をしてもおそらく時間の無駄だ。そう思った日高は適当に話を終えた。それに気付いたノアが話を締めくくった。
「それは外宇宙には旅立つことはできなかった。再びそれは地球に吸い寄せられた、それが月、地球の兄弟星だ。何故そうまでして、地球を脱出しなければならなかったか、あの『木霊フクロウ』が証明してくれる。俺たちが『ルナティー86』を手にしようとしているのには理由があるのだ」
ノアはそう言って木霊フクロウの飛び去った小さな窓を閉めた。
その頃、亜矢の部屋でラビはこっそり亜矢の体を透視していたのである。亜矢はラビが想像していた通りの女の子だった。それは容姿や性格のことではなく、もうひとつ想像していた方のことだ。亜矢の体には「パラサイト」がすでに住んでいたのだ。ラビの想像した通り、由樹に善三が輸血をおこなったとき、それは亜矢の体に「寄生」をしていたのだ。ラビは亜矢の体にもうひとつの生命体があることを確認した。
「シノ……」
間違いなくそれは、変異細胞をもつ生命体だ。しかしまだ休眠していた。橘善三がオロスから持ち帰った冷凍マンモスには、やがて「シノ」へと変異を遂げる「マスター・シード」が含まれていた。シノについては日高たちの研究の方がかなり進んでいた。しかしラビにはシードに受け継がれた記憶がある。その使命も存在理由も共有していた。ラビは近いうちにシノについて語らねばならない。雄馬と由樹が受け入れようと拒もうと「亜矢」はシードに「選ばれてしまった」のだから。
「亜矢、パパが戻っていらっしゃったわ、ラビと降りていらっしゃい」
部屋のモニターに、男に肩を貸した雄馬が映った。やっと「怪物」を倒し、雄馬と趙の乗ったヘリが屋敷に着いた。亜矢は父が肩を貸している男の顔を心配そうに覗き込んだ。怪物との戦いに勝利したもの、趙の顔の左半分は深くえぐりとられていた。しかし変異細胞の回復力は凄まじく、既にその大半は復元されていた。だが趙は今まで経験したことのない大量の出血でかつてない疲労を感じていた。
「おじさん、大丈夫?」
「大丈夫、少し休めば戦える……」
「戦える?」
「あ、いや、何でもない。それより、君が亜矢か」
「うん、おじさんは?」
答えに詰まった趙に変わって雄馬が答えた。
「彼はパパの友人さ、オロスの出身なんだ。名前は『趙杢林』、亜矢くらいの娘さんがいるそうだ」
「ふうん、趙さんか。よろしく」
亜矢は趙より、その娘に会いたかった。広い屋敷に話し相手もなく暮らしているのだから無理もなかった。
「ミスター趙の娘さんにも、そのうち会えるわ亜矢」
「ママ、本当?」
「ええ、本当よ。そうそうラビのお部屋を決めないとね」
「ラビは家で暮らすの? だったら亜矢の部屋がいいな」
「亜矢の部屋が散らかってなかったらね」
由樹がそう言うと、ラビが笑って言った。
「速攻で片付けようか、亜矢?」
ラビがそう言うと、亜矢は跳び上がって喜んだ。
「うん、片付けよう!」
二人はまた亜矢の部屋に戻った。
「あの二人はすっかり仲良くなったみたいだな、由樹」
雄馬が善三の前に座り、改めて趙を紹介した。
「彼もシードをひとつ持つキャリアなんです、父さん」
「そうか、雄馬を守ってくれたというからただ者ではないとは思っていたが……」
「ラビも亜矢を守ってくれる。父さん、父さんの知っていることを僕たちに話してくれ」
「知らぬ方が幸せなこともあるのだぞ、雄馬」
「ラビは由樹と僕が『86』を使ってこの世に誕生させたんだよ、父さん」
それを聞くと善三は、由樹に向ってこう言った。
「全て話そう、由樹さん少し長くなる。コーヒーを入れてもらえないかな」




