16.怪物
「馬鹿どもが、火葬場がお前たちの終点になるとも知らず」
日高はそう言うと雄馬の通信コードに割り込んだ。
「……室長ここへ来られては いけません。ここは…」
雄馬はその連絡を車中で受けた。何事か起きたのに違いない。火葬場に着くや否や雄馬は待合室に向った。重い扉の向こうにはおびただしい血が壁についているだけで人の姿は無い。所々に粘液のようなもので包まれた喪服がまとめられていた。
「これは一体どうしたことだ? 大蛇にでも飲み込まれ、未消化物を吐き出した様だ。こんなことがあるものか。しかも誰一人いないということは、その後、そいつは別の場所に移動したということか」
そのとき車中で待っている由樹の叫び声がした。雄馬はあわてて車に向った。
「グシュグシュ……」
奇怪な叫び声を上げているのは、ついさっきまでは人間だった男に違いない。その怪物は甘酸っぱい唾液をぽたりぽたりと垂らしながら二人を乗せてきた運転手を飲み込んでいた。由樹は後部座席のシールドの中で気を失っていた。
「ユ・ウ・マ……。ゲシュシュシュ」
振り返るともう一体、雄馬の目に怪物が映った。その怪物は少し言葉が話せた。
「お前たち、一体なんだ? どこからきた」
「オ・ロ・ス……。シード・モンスター」
「何だと!」
信じられないことに、この怪物は雄馬の問いを理解し、答えたのだ。自分はオロスからきた『シード・モンスター』なのだと。
「シード・モンスターだと。こいつはシードと関係があるのか。だがどうやってここに来れたんだ?」
雄馬にはそれが解らなかった。オロスから運んだサンプルは自宅で冷凍保存されているままだ。日高が? いや彼はたった今日本に着いたばかりだ。しかもここには見当たらない。雄馬はそう思いつつ後ずさりをした。
「こいつがあの『シード』から生まれたとしたら、あの能力を持っている……」
人間に勝ち目は無い。最強の寄り代として、人間を手にしたパラサイト・シードは正に怪物、全ての攻撃はまったく効き目が無いのだ。雄馬はそれを一刻も早く証明したかった、既にこの怪物の餌となったNACの役員たちに。
「だが、変だ。こいつには誰も危害を加えてはいない。あのマウスの様に身に危険が迫っているはずは無いのだが?」
確かにシードを宿したマウスの身に危険が迫った時、異常ともいえるほどの防御力と攻撃力が一時的に増加するのがあの実験で証明された事実だ。
「これはあの『パラサイト・シード』ではない、似ているが別のモノだ。『モンスター・シード』とは人為的なモノだ……」
雄馬はそう考えながらこの場から逃がれるきっかけを「待っていた」のだ。
「グシュシュシュ……」
思った通りに由樹は防御シールドの中で守られていた。生体反応が弱い、脈拍も呼吸も少ない。より生体反応の強い餌「雄馬」にその怪物はひきつけられたのだ。何を思ったのか雄馬は車の前方に向って全速力で駆け出した。それに反応した怪物は「餌」に向って同時に追う。怪物たちは互いに争い始めた。
「今だっ!」
二体の怪物の横を雄馬はすり抜ける。既に吐き出された運転手の衣服を飛び越えて雄馬は車に滑り込んだ、NACのオートクルーズ・ナビゲーションの緑色のモニターが雄馬を確認した。ドライブシートが後方のシールドの中に消えた。由樹はまだ気を失っていたが怪物たちを置き去りにした車のシールドが介抱された頃にはようやく気が付いた。
「一体、あの怪物たちは何だったのあなた?」
「オロスからきたシード・モンスターと言っていた……」
「まだ、成長が足りんな。よし、お前たち再び眠れ」
一部始終を見ていた日高が「モンスター・シード」に向けてボイスコマンダーで指示すると二体は活動を停止した。やがて振り返ったのは遺体のままNACに戻ってきたあの研究員たちだった。
「とりあえず、これでいい。雄馬は次に片付けてやる」
火葬場の事件は新聞記事にもならなかった。NACの第六室はこの日に事実上消滅したのだった。




