15.電話
「日高が着いたか?」
雄馬は由樹が用意した黒いネクタイを締めながら、NACの連絡を受け取った。
「はい、既に会場に向われております
「そうか、後で話がある伝えておいてくれないか」
「承知いたしました」
副社長の秘書が答えた。
「あのシェルターは日高が用意していた物だ、なるほど核攻撃でもちゃんと持ちこたえた。NAC製とは違うらしいが、すばらしい性能に間違いあるまい」
宮内はそのシェルターの仕入れ先と日高のつながりに恐ろしい取引があったことまでは気が付いていなかった。しかし日高を雄馬の様には信じきってはいなかった。
「きっとあの男は何か企んでいるに違いない、都合良く担当していたはずの所員が全て死ぬなどということがあるものか」
宮内は社葬の後、日高を呼んで詰問するつもりだったのである。
日高が会場に現れたのはそろそろ読経が始まる頃だった。もちろんそれは会場にいる列席者用のものだ。NACの主な役員は全て列席していた。前例のない事故扱いで「オロス第六室研究所」の社葬は定刻に始まった。シェルターによって奇跡的に助かった三人のうち、日高以外の姿は見えなかった。後の二人は日本に着いてからの行方が解らなくなっていたのだ。読経の中、雄馬はある疑問が頭の中をよぎった。
「あの時、何故俺は無事に帰れたんだ。中性子爆弾さえもっている相手から?」
考えれば考えるだけ不思議だった。
「何故日高は俺に全ての研究データと「サンプル」を渡したんだ。コピーでも残してあれば役員会をもう一度開けるというのに……」
消失してしまった資料があればと雄馬は思った。となりの日高の横顔を見て、ふと思った。
(まあシードは冷凍しておけば発芽はしない。あの三個のサンプルで日高と二人で効果的な実験をおこなって、もう一度役員を説得しよう……)
雄馬は隣の青白い日高の顔が微かに笑った様に見えた。確かに彼は笑いをこらえていた。全てがうまくいっているのだ、日高のその計画に気付いているのは、行方不明になっている「美樹」の夫(まだ離婚していない) だけである。
「それでは、出棺いたします。引き続き火葬場に移動をお願いいたします」
アナウンスとともに役員たちの携帯電話がつながり、たちまち会場は騒々しくなった。
「あなた、電話がかかっているわ。知らない番号だけど」
「どこからだろう?」
雄馬は用意されたバスから降りると運転手に言った。
「後から追いかける、先に行ってくれ」
役員たちの乗り込んだバスが二台火葬場に向けて走り去った。見送りを終えると雄馬はリダイヤルをした。コールは三度でつながった。
「……橘だが、あなたは?」
「今どこだ雄馬、まだ会場にいるのか?」
その声には聞き覚えがあった。雄馬はいきなり大声を上げた。
「お前生きてたのか!馬鹿野郎が」
「余計なことをしゃべるな。答えはイエス・ノーだ。会場か?」
その声は美樹の夫(まだ離婚していない)「駿河哲生」だった。何年もこんな「探偵じみた電話」につきあっている雄馬も雄馬だが……。
「イエス」
「となりに誰かいるか?」
「イエス」
「由樹さんだけか?」
「イエス」
「日高は?」
「ノー、 おれだけだ」
「日高は火葬場に行ったか?」
「迎えの車がきて、それに乗っていった。行き先までは知らない」
たったそれだけを確認して、テツの電話は切れた。二度とつながらない、おかげで自宅から車が到着するまで20分は待たされた。
「由樹、テツは無事らしい、でも美樹さんには内緒にしておこう。あいつは死んだことにしておいた方が美樹さんも幸せになるだろうし」
「そうね。気持ちの整理がついてから教えればいいわ」
少し遅れて火葬場に着いた雄馬は、テツの電話の目的が彼をバスに乗せないことだったと知るのである。




