(26.告白)
――永い夜が終わった気がした。
闇のような黒衣を纏った男が、ワタシの手足にまとわりついた鎖を断ち切り、静かな闇の中に沈もうとしていたワタシの手を掴み引き上げてくれた。
うっとりと彼を見上げる。
ああ、この男はなんて貌でワタシを見つめるのだろう。
熱を孕んだ瞳に焼き尽くされそうで、背筋が慄く。
ワタシの内からせり上がる熱い呼気が口を開かせる。
「バスティ。ワタシの名は――――」
引き寄せた唇に、唇が触れるほど顔を近づける。
「リィール、だよ」
とうとう教えてしまった名を彼に呼ばれる前に、目の前にある唇を食む。
薄く開いた唇を割って舌を差し込み彼の奥を探れば、熱を持った彼の肉厚な舌が応えるように絡まる。
舌を伝って唾液が混ざり合う。
小さく喉を鳴らしてそれを飲めば、彼の無骨な手が私の服の袷を解いてゆく。
開かれた服の間から彼の大きな手のひらが入り込み素肌を撫でる。
剣を握る人間特有の硬い肌の感触に、触れられた場所から肌が粟立ち、合わせた唇から吐息が漏れる。
主導権を握っていたはずの口づけは、既にそれを奪われ。彼の舌に口腔を弄られる。
ああ――熱が混ざり合う……。
心地よさに、眩暈がする。
彼の屈強な背に手を這わせ、縋りつく。
「バスティ……」
口づけの合間に、喘ぐように彼の名を唇に乗せれば、それを吸い上げるように強く唇を塞がれる。
閉じていた目を開けば、ワタシを溶かそうとする彼の瞳が至近距離にある。
腹を空かせた獰猛な獣のようなその瞳に、体の芯が震え吐息が零れる。
恐ろしくはない、むしろ愛しいその熱に笑みが浮かぶ。
「ワタシを食いたいか?」
問えば、低く唸るように「ああ、今すぐにな」と応えが来る。
望んだ言葉を得て心が湧き立つのを感じながら、彼の瞳を見ながら吐息を零す。
「骨まで残さず、喰ってくれ」
男の灼熱を受け入れ、熔かされ、一つに混ざり合った。
「リィール」
頬を撫でられる感触に、ゆっくりと目を開ける。
男が口にするワタシの名の、なんと甘いことか。
横たわるワタシの唇に彼の唇が重なり、冷たい水が注がれる。
喉をならしてそれを飲めば、思いのほか自分が渇いていたことを知る。
何度も口移しで水を与えられ、まるでひな鳥になった気分だ。
十分に回復していたはずの体なのに、果てを知らぬ男の欲望を何度となく受け入れ、気を遣ってしまったらしい。
男の裸の胸にすり寄れば、枕にしていた硬い腕がワタシを抱き込む。
「リィール」
義父が死んでから、もう誰にも呼ばせるつもりの無かった名を彼が呼ぶ。
「リィール」
実母につけられたこの名を、誰よりも優しく呼んだのは義父で、誰よりも愛しく呼ぶのは彼だ。
「バスティ」
ワタシが呼ぶ彼の名も、甘い。
体を浮かせて身を起こすと、彼がワタシの上に覆いかぶさるようにして見下ろしてくる。
彼の体はワタシを包み込むように大きい。
戦場で対峙したときはあれほど威圧的で畏怖と恐怖の対象だったというのに。
「リィール……リィール」
縋るようにワタシを抱きしめ、首筋に顔を埋めて首の筋を唇で食んでゆく。
硬い黒髪の頭を抱え、その刺激を甘く受け止める。
愛しい と、そう思う。
首筋から顔を離し、ワタシを見下ろすバスティと目を合わせる。
ひどく真剣な瞳に息苦しくなる。
「リィール、愛してる」
「ワタシもだ、バスティ。ずっと、一緒に居て……ね」
語尾をなんとすればいいか迷って、こぼれてしまった稚拙な言葉に、顔が一層熱くなる。
「ああ、ずっと一緒に居よう」
柔らかく笑う彼に手を伸ばし、縋りついた。
――義父さん、あのね……ワタシ可愛いお嫁さんになれそうだよ。