これからもずっと一緒に
村に帰った草世を待っていたのは、三郎の訃報。
三郎は奇声を発しながら、川に飛び込んだ。そのまま流れていき、川下で溺死しているのが発見された。
早春とはいえ、川の水は痺れるほどに冷たい。なぜ、三郎は川に飛び込んだのか。村人たちは訝しんだ。
「酔っ払って、判断が狂ったのだろう」
そのような意見で落ち着いた。だが、春子だけは三郎の死の真相を知っている。
春子は罪の重さに耐えきれずに、草世の家に行った。金切り声で騒ぐ。
「全部全部、全部、真珠が悪いっ!! その子が来てから、村がおかしくなった! 丹野風呂屋があんなことになったのも、狐の祟り!! 真珠が災いを運んできた! 真珠がいなかったら、不気味な坊主に会わずにすんだのに!! あの坊主は、狐に飲ませる毒を寄越した。なんで私が、狐に毒を飲ませないといけないの!? そんなことしたくなかった! 真珠がいなかったら、あんなことをしなくて済んだ。そしたら私は三郎にお茶なんて飲ませず、三郎は生きて……違うっ!! 違う違う!! 私は悪くない!! 悪いのは、全部真珠!!」
興奮で顔を真っ赤にし、頭を抱えて泣き叫ぶ春子。
草世は最初、春子を宥め、落ち着かせようとした。しかし、春子は聞く耳を持たない。真珠を責め、自分は悪くないと繰り返すばかり。
草世は、ピンときた。
(春子さんは、三郎の死に責任を感じている。罪悪感に押しつぶされる恐怖から、逃れたいのだ。真珠のせいにすることで、心を保とうと必死になっている)
草世は、いろいろな患者をみてきた。現実を直視できずに、自分が望む幻の世界を見ている患者にも出会った。そういう患者に現実を突きつけるのが正しいことだとは、思わない。
(僕も、心が強いわけじゃない。春子さんを擁護することはできないが、気持ちはわかる)
草世は春子を帰すと、真珠が寝ている奥の座敷に入った。
真珠は人間の姿になったものの、まだ目を覚さない。だが脈は安定し、体温も平常。
真珠の髪を撫でる。
「何年住んでも、余所者は余所者。災いが起これば、春子さんはまた真珠のせいにするだろう。真珠の父親に、真珠を幸せにすると約束した……」
真珠を守り、幸せにするために。
草世は、床支村を出る決心をした。
◇◆◇◆
翌朝、真珠が目を覚ました。その日のうちに、草世は真珠を連れて村を離れた。
向かった先は、学生時代の友人の家。室生一郎は真珠を見て、首を捻った。
「その子、人間? 狐の耳と尻尾が見えるんだが」
草世は室生が霊感があることを知っていたが、想像していたよりずっと本物だったらしい。
感心の声をあげる草世とは正反対に、真珠はむくれた。
「違う! 私、人間になった!」
「人間になったっていうことは、昔は違かったということ?」
「でも、心は人間!」
「それって、体は……」
「室生、そこまでにしてくれないか。この子は、純粋なんだ。害はない」
「純粋であることが、真実を知りたい欲求と敵対するとは思えない」
室生は悪い人間ではないが、頭でっかちで融通が利かない。
真珠の正体を知りたがる室生をなんとか宥め、数日世話になりたい旨を伝えた。
草世は真珠に、「住むところを早く見つけるから」と話した。
「そうしたら、すぐにここを出る。それまで我慢できるかい?」
「うん……」
真珠の返事に覇気がない。室生が嫌なのかと思ったが、真珠は別なことを言った。
「私、人間になれて嬉しかったのに。完全な人間には、なれていないのかな……」
「うーん、どうだろう? 僕にはわからないが。でも、人間と同じように見える」
慰めても、真珠の顔は晴れない。
その日の夜。草世は真珠を外に連れ出して、川べりを歩く。
霧がかかっている満月と、さらさらと流れる川の音。
幻想的に霞む春の夜に、草世の穏やかな声が響く。
「月のうさぎという昔話を知っているかい?」
「知らない。初めて聞いた」
草世は満月を眺めながら、説明する。
「お腹の空いたおじいさんのために、サルは柿をあげ、キツネは魚をあげた。でも、ウサギは何もあげられない。ウサギは木に登れないし、魚もとれなかった。ウサギは、おじいさんに何もあげられないことが悲しかった。だから、自分を食べてくださいと、燃え盛る焚き木の中に飛び込んだ。自分の身を捧げたんだ。その尊い心に感動した神様が、ウサギを月に昇らせた。だから、ほら。月を見てごらん。ウサギがいるだろう?」
「えーんっ! ウサギが可哀想!!」
ウサギの死が悲しくて、真珠は涙をこぼした。
「キノコをあげたら良かったのに!」
「ははっ! そうだね。僕は、思うんだ。ウサギは、おじいさんの役に立ちたかった。その心は、美しいと思う。だけど生き物というのは、どれだけたくさん食べても、またお腹が空く。腹いっぱい食べたら、それで終わりとはならない。おじいさんはお腹が空いたとき、ウサギのことを思い出して、寂しい気持ちになったんじゃないかな? ここにウサギがいてくれたら、話ができるのにって。生きるためには、食べないといけない。だけど生きるという行為には、喜びも必要だ。楽しく過ごせる相手がいたら、幸せだと思うんだ」
草世は(真珠の心に届きますように)と祈りながら、神妙な顔で聞き入っている真珠を見つめる。
「役に立つ、立たない。人間であるか、そうじゃないか。そういうことはおまけであって、僕は違うことを求めている」
「なに?」
草世は、真珠の手を取った。
「一緒に笑ったり、泣いたり、怒ったり。そういった、なんでもない普通の時間が楽しいと思える相手が欲しいんだ。その相手は、真珠がいい。これからもずっと、そばにいてくれるかい?」
「うんっ!!」
真珠は瞳を潤ませると、草世に抱きついた。
「私たち、ずっと一緒!」
「そうだよ」
柔らかく霞んだ月明かりの下。二人は小指を絡めて、永遠の約束をした。
✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。おしまい✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。
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