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白狐の嫁入り〜禁断なる婚姻を最愛のあなたと〜  作者: 遊井そわ香
第四章 二人の幸せのカタチ
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押しかけ女房

 真珠が草世の家に居着いて、五日目。

 草世は丹野風呂屋から帰ってくると、床に寝転んだ。


「だるい。しばらく、横になる」


 字の練習をしていた真珠は、筆を置いた。草世に近づき、息を吹きかける。

 草世は、呪いである黒いもやを体中につけてきた。その靄が、真珠の息によって飛ばされ、霧散した。

 草世は瞼を開けると、上半身を起こした。


「いきなり体が楽になった。ありがとう」

「お風呂の人たち、元気?」

「いや」


 草世は胡座をかくと、ため息をこぼした。


「直志は物置にいる。柱に縛られているよりはいいだろうが、狂ったように体当たりをしている。あれでは、体を痛めてしまう。直志の両親は、布団から起き上がれないほどに衰弱している。食事も摂っていないようだし、心配だ」


 草世は頭を掻くと、焦りを吐き出した。


「時間がない! あれでは、三人とも死んでしまう! 呪詛について両親に聞いてみたが、知らないと言うんだ!」

「呪われるとわかっているものを、家に置く人はいない」

「そうだが……。最初は、恩恵をもたらす呪術だったんだっけ?」

「うん。縁起の良いものだと思って、家に置いた」

「そういうことか……」


 草世は顎に手を置き、考えた。

 商売繁盛。家内安全。祈願成就──。丹野風呂屋は、そのような縁起の良いものを家に飾ったはずだ。それが恩恵をもたらして、風呂屋は大繁盛した。

 だが恩恵は呪いへと変わり、客足を途絶えさせ、家族を不幸に落とした。


「神棚にあるお札が、そうなのか?」

「それって、屋根の辺りにある?」

「いや、神棚は一階にある。屋根の辺りが気になるのか?」

「うん。そこから、嫌なものを感じる」

「屋根か……。天井裏があったかな?」


 草世は立ち上がった。のんびりお茶を飲んでいる時間などない。

 再び、丹野風呂屋に行くことにした草世。今度は、真珠もついていく。

 真珠は緊張してドクドクと鳴る胸の上に、手を置いた。


(呪詛を焼いたら、危険なことになる? でも、それでもいい。草世を助けなくっちゃ!)


 真珠の両親が言うには、呪詛を作ったのは力のある僧侶。下手に関われば、身の危険がある。

 だが草世の友人を助けるためには、呪詛を消滅させるしかない。


 真珠と草世が畦道を歩いていると、三郎がわざわざ近寄ってきた。ニタニタといやらしい笑みを浮かべながら、皮肉混じりに言う。


「仲良くお散歩かい? 優雅でいいなぁ。別嬪べっぴんの押しかけ女房がいて、先生は幸せ者だ。直志の代わりに、先生が病気になればいいのになぁ」

「押しかけ女房?」


 真珠は小首を傾げた。その愛らしさに、三郎は鼻の下を伸ばす。


「男の家に居座っている女のことを、押しかけ女房って言うんだ。先生に物足りなくなったらさ、おいらのところにおいでよ。でへへ。可愛がってやるからさぁ」

「やめろ! 真珠に手を出すな!」


 草世は背中に真珠を隠すと、三郎を睨みつけた。

 三郎は苦々しい顔をして、ぺっと唾を吐いた。


「格好つけやがって! 面白くねぇなぁ!」

「三郎には、春子さんがいるだろう」

「だから、なんだよ。他の女と遊んだって、いいだろうが!」

「そういうところが、君は……」


 口論に発展しそうな二人を止めたのは、真珠。

 真珠は草世の背中から顔だけ出すと、ニコッと笑った。


「押しかけ女房、いいね! 今日から、押しかけ女房の真珠ですって、挨拶することにする!」


 男二人は、ぽかーんとした。


「いや、あの、いい意味じゃないよ」


 草世が注意するも、真珠は押しかけ女房という言葉の虜になってしまった。

 川に洗濯に向かう女性が「こんにちは。今日はいい天気ね」と、挨拶を寄越した。

 

「こんにちは。いいお天気ね。私、草世の押しかけ女房です」


 余計なことを付け加えた真珠。女性は呆気に取られたものの、笑ってくれた。

 草世は羞恥心で顔を真っ赤に染め、道の端に真珠を連れて行く。


「自分からそのようなことを言うのは、おかしい。やめなさい」

「なにが、おかしいの?」

「押しかけ女房というのは、家族の合意がないまま、女の人が妻として振る舞うことをいう」

「それって、私のこと!」

「そうかもしれないが、わざわざ言うことはない。はしたないと、眉をひそめる人もいるんだ」

「つまんない」

「つまんなくていい!」


 真珠は頬を膨らませた。納得がいかない。

 丹野風呂屋に向かう途中、今度は村長に出会った。真珠は愛想良く、挨拶する。


「こんにちは。今日はいい天気ですね。押しかけ女房の真珠って、呼んでください」

「ははっ! 押しかけ女房か。傑作だ!!」


 村長に笑われ、草世は耳まで真っ赤になった。

 草世は、再び説得を試みる。


「いいかい、真珠ちゃん。自分から、押しかけ女房だと言うんじゃない!」

「だから、押しかけ女房って呼んでもらうことにしたんだけど?」

「うーん……」


 草世は空を見上げると、困惑のため息をついた。

 真珠は、押しかけ女房がいかに素敵なものなのかを訴える。


「私、草世が好き。草世のお嫁さんになるって、決めた。でも、草世は白狐の村に入ってこられない。草世が私の家に来て、お嫁さんにくださいって言うことはできない。だから、私が草世の家に来た。押しかけられる者が、押しかける。それでいい」

「…………」

「私、押しかけた女房。なにも変じゃない」


 草世は真珠と話していると、社会通念にこだわっている自分が小さく思えてならない。

 男と女は、どうあるべきか。人の目を気にして、どのように振る舞うべきか。

 そのようなことにとらわれて、大切なものを見逃している気がしてならない。


(だからといって村のみんなに、押しかけ女房の真珠と呼ばせるのは駄目だ!)


 おもしろおかしく吹聴されるのは、避けたい。

 

「こうしよう。真珠ちゃんは、押しかけ女房だ。だがそれを知っているのは、僕と真珠ちゃんの二人だけにしよう。二人だけの秘密。みんなには内緒だ」

「あ……。おばさんと村長さんに、言っちゃった……」

「言ったものは仕方がない。これから先は、内緒。僕と真珠ちゃんだけの秘密にしよう。できるかい?」

「できる!!」


 秘密の共有に、興奮する真珠。

 村に噂が広まるのを阻止できた草世は、ほっと胸を撫で下ろした。



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