BOSS・『木星』のユピテル②
イチゴたちの戦いが始まったころ、王城にて。
シエスタは、武闘大会で優勝者が乱心し、ユピテルに襲い掛かったとの報告を受けた。
同時に、観戦していた皇帝と皇妃は無事だということ、観客の避難は想定以上の速度で終わったこと、現在、闘技場のある区画は完全封鎖されていることを聞き、安心した。
報告に来た騎士に下がるように言い、シエスタはため息を吐く。
「……やっぱり、こうなった」
間違いなく、イチゴ。
初めて会ったときから、不安な予感はあった。
「イチゴ様……どうか無事で」
シエスタは、人を見る目があった。
初めてイチゴに出会い、襲われそうになったところを救ってもらった時……この少女は危険だ、相手がだれであろうと牙を剥く、と思った。
そして、『もし、ユピテルがいなければどうなるか』と聞いてきた。
もしかしたら、イチゴはユピテルを害するつもりなのかもしれない……と、あり得ない考えも浮かんだ。
だが、シエスタは準備した。
イチゴが、ユピテルを殺そうとするかもしれない。そのための準備を。
「お姉様」
「……グレーテル」
「パパとママ……大丈夫なんだよね?」
「ええ。もうすぐ戻って来るわ」
「そっか、よかったー」
グレーテルはホッとしたのか息を吐く。
シエスタは、窓から城下町を見る。方角は闘技場のある方角だが、何かが起きてるかどうかは、王城の自室からでも見えなかった。
「………」
「お姉様?」
「……大丈夫」
シエスタは、気味の悪い男……ユピテルのことを考えた。
◇◇◇◇◇◇
初めて『木星』のユピテルに会ったのは、六歳の時だった。
闘技大会の観戦に来たと、言っていたのを覚えている。
そして、シエスタを見るなりユピテルは微笑んで言った。
「可愛い子だね。猫のようだ」
なぜか、怖気がした。
人ではなく、猫を見るような、甘ったるい目をしていた。
気持ち悪い……その時の怖気は、十七歳になった今でも覚えている。
成長するにつれて、ユピテルが悪意のない悪であり、やはり人のことを人として見ていないとわかった。まともな考えならば『人が増えてきたから間引こう』なんて言わない。
結果、王都の人口の十分の一が、選別により辺境へと移住させられた。理由は「ユピテルがそれを望んだから」だ。
王都の一区画がカラッポになり、そこを潰して畑にしようと言い出した。当然、言われるがまま畑を作り、別の区画の人を丸ごと、その畑で仕事をするようにと命じた。
「うんうん。みんな幸せそうだね、美味しい野菜を育てて、みんな健康になるんだよ」
本気で言っていた。
そもそも、老若男女関係なく、いきなり『農作業をしろ』と言われ、逆らうわけにもいかず農作業をさせられた。命じたユピテルは「いいことをした」と言わんばかりに笑顔を浮かべている。
こいつは、おかしい。
シエスタはそう思い、皇帝である父に物申した……しかし。
「わかっている。だが……どうしようもないのだ」
原初の天上人、『八極星』の一人。その力は強大であり、軍国主義であるデュミナス帝国の武力を持ってしても、まるで太刀打ちできないという。
それどころか、一日しないうちにデュミナス帝国は更地になるだろうと、皇帝は言った。
どうしようもない。従うしかない。それが全てだった。
だが……シエスタは納得できなかった。
「お父様、いつか……あの『木星』がいなくなるとしたら、どう思いますか?」
「……そんな日が来るわけがない。だが、夢を見てしまうな」
父は、苦笑した。
全てを諦めていた。天上人の元で、デュミナス帝国を運営するしかないと考えていた。
シエスタも、諦めかけていた。
せめて……妹が幸せになれるよう、努力はするつもりだった。
だが……盗賊に襲われ、命の危機を感じた時、出会った。
「……ただ、斬っただけよ」
仮面を被った、黒衣、白髪、黒い杖を持つ少女……イチゴに。
イチゴは、闇だった。
同時に……牙を持つ獣であり、全てを喰らう狂気であった。
「もし、ユピテルがいなくなるとしたら、この国に影響はありますか?」
人生で初めて、そんな質問をされた。
心臓が高鳴った。
もしかしたら、ユピテルを殺すつもりなのかもしれない、と。
シエスタは、闘技大会会場のある方角を見て呟いた。
「イチゴ様、どうか……よろしくお願いします」
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
私たちは闘技場を脱出し、走っていた。
周囲は木々に覆われており、町中なのに森の中を走っているようだ。
「無茶苦茶に木ぃ生やしやがって……!!」
「これは、一区画全てに木々が生えているねえ。樹木……天力でどうにかできる力じゃない『八極星』は、神が直接固有の力を与えたのかもしれないね」
ハイドがキレて、アレイスターは分析する。
建物を巻き込むように木が生え、さらに生きているみたいにグネグネ動く。しかも枝や根が私たちに向かって伸びたり、葉っぱが視界を阻むように舞う。
なんといか、これはまるで。
「遊ばれてるねぇ。攻撃はしてくるけど、じゃれるような……殺しが目的じゃないような。油断すると厳しい一撃がくるかもねぇ」
「んなことより、ヤツを直接叩かねぇと、いつまでも終わらねぇぞ。どうすんだ……っと!?」
すると、ハイドの足元から大量の根が飛び出し、ハイドを拘束しようとした。私はハイドを押し、根を切り刻む。
「わ、悪ぃな」
「気にしないで。それより……ハイドの言う通り、本体を探さないと」
「ふふん……」
すると、アレイスターが得意げにしている……なんかムカつくわね。
「さて、樹木の操作については興味があるが……そろそろティータイムも近いし、さっさと終わらせよう」
「「…………」」
「ははは、なんだい二人とも、その目は?」
「あなた……本体の場所、探せるの?」
「まあね」
「おい、最初からやれよテメェ」
「いやあ、この樹木操作が気になってねぇ。天力による成長増進なのか、それとも別の要因か……まあ、ユピテルの脳を調べればわかることだ」
「さっさとやれることをやりなさい」
私とハイドが強く睨むが、アレイスターは首を傾げるだけだった。
そして、両手を広げ、手のひらからドロドロとした銀血を分泌……正直、この色かなり気持ち悪いわ。ハイドも同じ考えなのか、嫌そうな顔をしている。
地面にドロドロした銀色の液体が落ちると、そこから小さな何かが生まれる。
「うげっ……なんだ、それ」
「……気持ち悪いわ」
「ひどいなあ。僕のかわいい『蠅王』が気持ち悪いなんてねぇ」
それは、銀色の蠅だった。
数は百、二百、千……もうわからない。
大量の銀蠅が、ブンブンと飛び回る姿は醜悪でしかない。
アレイスターは、人差し指に小さな蠅を止まらせて言う。
「さあ、お仕事の時間だ」
すると、蠅が一斉に飛び立ち、森の中に消えた。
「とりあえず三万匹。この区画内に向けて放ったよ。全て、僕と視覚共有しているから、ユピテルを見つけたら方角を知らせるよ。もちろん、追跡もね」
「へえ、少しはやる気出したみたいじゃねぇか」
「もともとやる気は十分さ。それよりハイドくん、いいのかい?」
「あ?」
「一番働いてないの、キミだよ?」
「あぁ?」
ハイドは青筋を浮かべた……また余計なこと言って。
「僕は探知で役立てるし、イチゴくんはしっかり情報を得た。キミのための戦いでもあるのに、キミが一番役に立ってないねぇ」
「…………」
「アレイスター、やめなさい」
「事実を言っただけさ。ねえ、ハイドくん」
「…………ナメやがって」
「ハイド、アレイスターの言うことなんて気にしなくていいわ」
「フン。おいイチゴ……お前の能力、確か何でも『きる』んだったな」
「え? ええ、そうだけど」
「だったら、道はオレが開く。ユピテルの位置が判明したら、用意しろ」
「……用意?」
ハイドは、アレイスターに言われたことを気にしているのか、妙にやる気になっていた。
◇◇◇◇◇◇
それから森を進むこと十分ほど。
「……いた。ははは、いやあすごいねぇ。彼、闘技場の中心に生やした一番大きな木の枝に座って、のんびりこっちを見ているよ」
「距離、高さは?」
「二キロ先、高さは……二十メートルくらい。方角は……こっちだねぇ。彼の視線もこちらに向いているから、恐らくこの木々を介して位置を特定できるのかもねぇ」
アレイスターは人差し指を明後日の方に向ける。
そして、ハイドが前に出る。
「イチゴ、ここから二キロ、全力でどのくらいかかる?」
「……身体強化をして、三十秒」
「じゃあ、十秒の位置まで移動する。そこで、攻撃用意をしろ」
そう言い、ハイドを先頭に私たちは走る。
そして、アレイスターは曰く「十秒の位置」に到着し、ハイドが前に出た。
「マキナ、切札の一つだ」
『うん。どれを使うの?』
「機神滅却焦熱砲』だ」
『わかった』
「おやおや、切札とは?」
「黙って見てろ」
ハイドは両手を組むと、巨腕が変形し、台座となり地面に固定。巨大な『筒』となり、光が集まり出す。そして、ハイドのゴーグルが輝きだす。
『ハイド、チャージ完了まで十秒』
「イチゴ、これから焦熱砲……あ~、熱の光をぶっぱなす。その先にユピテルがいるはずだから、接近してやっちまえ」
「……わかったわ」
「おお、道を開くのかい。どれどれ、見学させてもらおう」
『ハイド、チャージ完了……いけるよ』
「イチゴ、用意は」
「できたわ」
私は飛び出す用意をする。
研ぎすまし、呼吸を整え、静かに息を吸い……吐く。
ハイドは叫ぶ。
「『機神滅却焦熱砲』!!」
黄金の光が放たれ、木々が一瞬で消滅する。
そして、光の先に──……いた、ユピテルだ。
「───おお、すごいね」
ユピテルは右手を前に出すと、熱の光がユピテルの手のひらで押さえられる。
「うん、いいね」
そして、光を掴み……ユピテルは握りつぶした。
「素晴らしい、さすが」
「───」
「おや……」
ユピテルは、私の接近に気付いたのか、気付いていなかったのか。
赤くなった右掌を見てから私を見た。
どこまでも……舐めている。
そして、赤くなった掌を私に向ける。
ああ、そういうこと。
私の刀を、オウマを……そんな掌で、受けとめるつもりなのね。
──……舐めやがって。
「『伽楼羅舞』!!」
「───むっ」
掌で受けとめられた。
ぶ厚く、柔らかな筋肉に触れる感触。斬れない。
刀が弾かれる。
「なかなかいい一撃だ。うん」
研ぎ澄ませ。
斬れる。私はこの刃に、刀に、人生を賭けてきた。
転生して十六年。前の世界で死んだのが八十八歳。ざっと八十年近く、私は刀を握ってきた。
最初は斬れないモノも多かった。
でも、鍛錬を積み、研ぎ澄まし、経験を積むことで、斬れない物はなくなっていった。
それは、今も同じ。
今の私に、斬れないモノなんて……ない!!
「お、ぉぉぉぉぉぉぉぉぉああああああああああああ!!」
私は空中で態勢を整え……なぜか足元にあった『銀色の足場』を踏んで跳躍。
双刀を構え、もう一度。
「懲りないねえ」
斬る。
私に──……斬れないものは、ない!!
「『鳳凰印』!!」
一番の得意技、双刀を交差させ斬る。
刀に伝わる。
肉の感触。骨を斬る感触……ああ、同じなんだ。どんなに強くても、こいつは……ユピテルは『肉』だ。
「えっ?」
私は、ユピテルの右腕を切り落とし、胴体、首、足を両断。
ユピテルは、何が起きたのかわからない……そんな顔をして、バラバラになり木から落ちた。
私はユピテルのいた木に着地し、オウマを納刀する。
『オマエ、マジかよ……俺の能力使わずに、斬っちまった」
私は静かに息を吐き、目を閉じるのだった。




