BOSS・『木星』のユピテル③
バラバラになったユピテルが落下していく。
私は変身を解き、斬心……呼吸を整える。
全力で斬った。肉の感触……今でも、手に残ってる。
すると、足から火を噴いて飛ぶハイドと、銀色の蠅を足場にしたアレイスターが私の元へ。
太い木の枝に着地し、二人は変身を解く。
「イチゴくん、言うことはあるかい?」
いきなりアレイスターが言う。
私は無視しようと思ったけど、言わなきゃ言わないでネチネチ言われそうだったから言う。
「足場をありがとう。はい、おしまい」
「適当だねぇ」
一応、感謝はしている。
あの銀色の足場……やっぱりアレイスターだった。
あれがなければ、二度目の斬撃は打てなかった。そこは感謝する。
そして、ハイド。やや興奮している。
「イチゴ、すげえな!! 今の一撃、ゾクゾクしたぜ」
「ありがとう。私も……手ごたえを感じたわ」
「やーれやれ。死体は下まで堕ちたねぇ。脳は無事かなあ」
アレイスターは勝利の余韻などどうでもいいのか、枝から下を覗き込んでいる。
今現在、私たちがいるのは、闘技場に生えた巨大な木。その枝の一つだ。
枝といっても、幅は三メートル以上あるし、長さも五十メートル以上ある。ここから闘技場の区画を見渡せるくらい高いけど……もはや、ただの森にいるみたいだ。
もう、辺り一面が樹木しかない。
「とりあえず……終わったわ。ハイド、あなたの敵だけど……」
「この国の隣にある、アルティニアだったか?」
「ええ……そこに、『火星』のアイレースと、アルシエノがいる」
「……感謝するぜ。イチゴ、ついでにアレイスター」
「感謝はまだ早いわ。ふふ……私、あなたの復讐に付き合うって決めたし、お礼は全部終わってからでいいわ」
「……物好きなやつ。でも、ありがとよ」
「……フフフ。アルティニアねえ」
アレイスターは、帽子を深く被り口元をニヤリと歪めた。
なんだかムカつく……私は軽く睨んで言う。
「なに、その顔」
「いやあ。フフ、きみらはこの国の外……いや、『八極星』の管理する世界を知らないんだっけ。きっと驚くよぉ?」
「……そのもったいぶる言い方、ムカつくぜ。ちゃんと言え」
「どうしようかなあ。おやぁ?」
すると、アレイスターはニヤリと口を歪めて両手を広げる。
私も、ハイドも気付いた。
『イチゴ』
『ご主人様』
『ハイド』
神器たちが、揃って声を出した。
私たち三人は同時に変身する。
そして……枝の下から、何か輝くモノが飛んで来た。
「……ふう、こんなにダメージを受けたの、初めてだなあ」
ユピテルだった。
身体がバラバラの状態だ。四肢を斬り落とし、首も切断した。
翼も、四肢も、首も、切断された状態で浮かんでいる。
「私はさ、力があるけど……別に、力に頼らなくても臨んだことは全て叶う。戦いなんて野蛮なことは意味がないって思ってる」
天力が膨れ上がる。
今までも十分バケモノだったが、それ以上にバケモノの『圧』が増す。
バキバキと、私たちのいる大樹から枝が、根が絡みつき、葉が吸収されていく。
変貌が、始まった。
私たちは、その変化を見ていることしかできない。
「随分と久しぶりだよ、こんな気持ちは」
枝が鎧のようになり、皮膚と融合していく。
翼が全て取れ、天力へと分解され、視覚化できるほど濃密な天力の翼へと代わる。
ユピテルの身体は、完全に異形と化した。
一言で例えるなら……『樹木の化身』だ。
人の姿をしている。四肢があり、頭もある。
でも、顔が……樹木と化し、顔の中央に窪みが一つあり、緑色の光点が瞬く。
背中にはエメラルドグリーンに輝く光の翼が一対。
身体は完全な樹木。だが二メートル近くにまで大きくなり、足からは根のようなものが伸びていた。
「神器。それは危険な力だ。これまでは何とも思わなかったけど……壊した方がよさそうだ」
「そう……できるならね」
私は双刀を構える。
「ほほう、樹木との完全融合か。興味深いねぇ……キミの脳を調べたら、僕の研究も一気に進みそうだ」
アレイスターは両手からドロドロした液体を滴らせる。
「フン。面白れぇ……完全決着といこうぜ」
ハイドは、両手から蒸気を出し、拳を構える。
「さて、光栄に思いなよ? この『八極星』の一人、木星のユピテルが人間相手に全力を出すんだから」
デュミナス帝国での、最後の戦いが始まった。
◇◇◇◇◇◇
ユピテルと樹木の融合……というか、木。
「穴だらけにしてやらぁ!!」
ガコン!! と、ハイドの腕が変形する。
「『機神機関銃』!!」
ボボボボボ!! と、左腕の筒が回転し、小さな何方飛んで行く。
その小さい粒? が、ユピテルに命中。言った通り身体中に突き刺さる、けど。
「無駄さ」
「なっ」
めり込んだ粒が落ち、傷が一瞬にして再生した。
アレイスターは興味深そうに言う。
「面白いねぇ。物理的な力では勝てそうにない。ハイドくん、イチゴ君、キミたちと相性最悪だねぇ」
「落ち着いてる場合かよ!!」
「ははは。そっちのガイコツくんは理解しているね」
ユピテルが指をパチンと鳴らすと、私たちの立っていた枝が一瞬で枯れ、ボロボロに朽ちた。
三人の重さを支えることができず落下。すると、アレイスターが銀色の足場を作り、木の幹に固定。
そして、木の幹に触れて銀血を流し込むと、樹木が淡く輝きだす。
「ふむ、少し厳しいが……まあ、掌握できそうだ。この樹木に限り、ユピテルの力でどうにかすることはできないよ」
「ありがたいわね……」
すると、翼を広げた樹木の怪物が私たちの前に降りてくる。
「フム、イチゴくんとハイドくんは脅威ではないが……アレイスターくんだったかな? キミのその力……脅威だねぇ」
「それは光栄、と言えばいいのかな? だが、意味はないよ。僕は狩人でも、復讐者でもない。ただの医師で、研究者だ。強さなんて求めていないし、この力はただの研究成果さ」
「ははは。なかなか面白い考えだ。きみは生かしてもいいけど……今の私は、少し乱暴だからね」
アレイスターの触れていた木が脈動する。
「ほほう、僕の銀血を、樹木内に流れる水分を介して押し流そうとしている。しかも、激流で……ふふん、面白いね」
「確かに面白い。きみはヒトの身でありながら、私のいる位置まで登りつつある……異端者というのは、本当にすごい。そして、面白く、恐ろしい」
「うん。キミとは面白い話ができそうだけど……いいのかな?」
私は双刀を真横から、ハイドは右拳を帯電させて背後から襲う。
ユピテルは樹木で両手をさらに覆い、私の斬撃とハイドの拳を受け止める。
「……硬いわね」
「クッソが、燃えも、痺れもしねぇ。嫌になるぜ」
「そういうわけで、僕の相手をしてくれるのは嬉しいけど、二人の方が相手して欲しいようだね」
「ふむ、確かに。では……少し、強く行こう」
「ッ!!」
ボコボコと、木が脈動をする。アレイスターの眉がピクリと動く。
「ハイドくん、痛いのは平気かな?」
「あぁ? ンなもん、平気に決まって──……」
ハイドの真正面にユピテルが現れ、初めて攻撃らしい攻撃をした。
何をしたのか? 簡単だ……ただ、両の拳を連続で叩きつけるだけ。
だが、今のユピテルの拳は、一撃で岩を容易く砕く威力がある。
そんな拳が、連続で、一秒に二十発以上の速度で、ハイドの身体に突き刺さった。
叫び声も上げられずに吹き飛び、近くにあった樹木に覆われた建物に激突するハイド。
「がっっはぁ!?」
「ハイド!!」
『ハイドぉ!!』
マキナの叫び。
ハイドは血塗れで気を失っているのか、ピクリとも動かない。
「次はキミだよ」
「───」
同じく、拳のラッシュ。
でも、私は……見える。
「『伽楼羅舞』!!」
足運び、上半身の動き、そして動体視力を駆使した舞。
そして、そこに斬撃を組み込む技。
魔力操作による身体強化。それらを組み合わせ、踊る。
拳のラッシュを回避し、斬撃を加える。
さっきは斬れたのに、斬れない。
柔らかい木の身体。斬撃が食い込むだけで、斬れない。
くそ、さっき以上に研ぎ澄ましてるのに……!!
「さあ、速度を上げるよ」
「───ッッ!!」
速度が増した。
同時に、私の身体が悲鳴を上げる。
十六歳の、未成熟の身体……魔力による強化で酷使した筋肉が断裂を始め、骨が軋み、内臓の細かい血管が裂け始めた。
胃から何かせり上がって来る。口から洩れたのは血。
「う、っぶ……」
「辛いだろう? それに、きみは女の子だ。優しく殺してあげよう」
「───っ」
膝が落ちた。
そこに、カウンターで胸に拳が叩きこまれた。
『イチゴ!!』
オウマが叫ぶ。
黒衣が爆ぜ、背中に衝撃が突き抜けた。
痛みがない。なぜ、私は空中を飛んでいるのだろうか。
仮面が砕け、赤い血がキラキラ輝いている。
「さて、ここまでだ。アレイスターくん、諦めたらどうだい?」
「そうだねぇ。まあ、ここまでかな」
アレイスターの声が聞こえた。
そして、私は地面に落下。オウマが転がる。
消えゆく意識の中、マキナが必死にハイドを起こそうとしているのが見えた。
「おいイチゴ、てめえ、こんなところで死ぬつもりかよ!!」
「…………」
オウマの声が聞こえる。
人型になり、私を抱き起す。
そして、私の胸に触れた。
「クソが、心臓が破裂してんな……意識あるか? ったく、あーくそ……おいマキナ、そっちは」
「……心臓、止まりそう」
「やるしかねぇ。いいか、死なせたくないなら覚悟決めろ」
「え……」
「俺らの命を、こいつらと共有する。俺らの核を、こいつらの中に埋め込むぞ」
「……あ、そっか。その方法あった。でも……」
「ああ。こいつらが死ねば、俺らも死ぬ。普通、神器は所有者が死ねば、次の担い手が現れるまで眠りに付くが……核を移植すれば、俺らは消滅する。だが、救うにはそれしかねぇ」
「やる」
声が聞こえる……でも、何を言っているのか、よくわからない。
見えたのは……オウマと、マキナが、自分の胸に手を入れて、何か輝く球体を取り出した。
「クソが、一蓮托生になるとはな。感謝しやがれ、馬鹿イチゴ」
何か、黒いのが……胸に入る。
ハイドも、同じだ。何か、金色の球体が……身体に。
そして、私は心臓が爆発するような感覚を感じた。
「ッっ!?」
身体を起こし、胸を見る。
黒衣が破れて胸が露出していたが、それどころじゃない。
傷が消え、心臓が脈打つ。しかも、熱がすごい。
「なに、これ」
「いいか、二度目死ぬんじゃねぇ。俺も死ぬ」
「オウマ……」
「まだやれるな?」
「……ええ!!」
立ち上がりる。すると、ハイドも同じだった。
「ありがとな、マキナ」
「うん……よかったよぉ、ハイド」
ハイドも立ち上がり、私を見る。
そして、顔を逸らした。
「お、おい……服」
「え? あ」
私は胸を隠すと、オウマがゲラゲラ笑ったので軽く蹴る。
変身すると、黒衣を纏い、仮面を被る。ハイドも同じく変身する。
『ハイド、死なないでね』
『おめーもだぞ、イチゴ』
わかってる。
私はもう、負けない。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
アレイスターは、両手を上げて樹木から手を離す。
「まあ、ここまでだね。さて……僕をどうするんだい?」
「当然、ここで殺すさ」
「そうかい。じゃあ一つ……聞いてもいいかい?」
「なんだい?」
ユピテルは手を下ろし、腕組みをした。
もう、余裕なのか、アレイスターを脅威としていないのか、隙だらけ。
だが、アレイスターも隙だらけ。しかも、敵意もなく、攻撃の素振りもない。ユピテルはアレイスターが攻撃しないと判断し、いつも通りに戻っていた。
「神について、聞いてもいいかい?」
「…………」
「では質問。キミたちの神……『ジ・アース』について」
アレイスターがそう言った瞬間、ユピテルは目を見開き、同時に周囲の木々が震えだすほどの敵意を見せ、さらに空間が歪むほどの天力が周囲に撒き散らされた。
「……貴様、どこでその名を!!」
別人と思われるほどの変貌。だが、アレイスターは全く変わらない。恐怖もなく、死への恐れもなく、ユピテルと最初に対峙したアレイスターのままだった。
アレイスターは言う。
「それは重要かい? フフフ……」
ユピテルは、アレイスターの愉悦に染まった目を見て、初めて『恐怖』した。
胸の奥から、黒い何かがせり上がる感触。
不気味さ、そして得体の知れない『何か』だ。
すぐに殺せる。そして、今すぐアレイスターを殺さねばまずい。
そんな、脅迫めいた何かが、ユピテルを突き動かしていた。
視野が狭くなっていたのに、ユピテルは気付いていなかった。
「隙だらけだぜ」
「ッ!!」
背後からハイドが現れ、右手からチェーンを発射し、ユピテルを拘束する。
不意打ち。普段なら問題ないが、今、頭に血が上った状態では恐怖でしかない。
そして、もう一人。
「…………」
イチゴ。
静かに、双刀を両手に持っている。
そして、二つの刀がドロドロに溶け始め、地面に吸収される。
「『抜刀』」
イチゴが静かに呟くと、堅い地面が波紋のように広がり……地面から、一本の『刀』が現れた。
美しい刀だった。
銀に輝く刀身、波打つ刃紋、漆黒の柄、凶鳥を模した鍔。
「『六天魔王逢魔ヶ時』」
チキ……と、静かな音がした。
そして、イチゴが無音で、美しく、優雅に……ユピテルの身体を斬りつけた。
「『哭式・鳳凰印』」
無音のまま振られた刃。
六天魔王の能力、『万物両断』が込められた、創造者である神すら斬る刃が、ユピテルの身体を斬り裂き、さらに『再生力』という概念を斬り、『不老不死』という限りなく現実に近い『事実』を斬り、ユピテルの『命』そのものを斬り裂いた。
「……そんな、嘘だ」
ユピテルは、再生しない身体、すでに斬られた命、これから迎える消滅が受け入れられないのか、胸を押さえ、イチゴを見た。
「こ、これが、死?」
「違うわ」
「え……」
「私は、あなたの命を斬り、死そのものを斬った。あなたは死ぬけど、死なない。消滅するけど、消滅しない……永遠の『無』へ旅立つの」
「ど、どういう」
「行けばわかる」
サラサラと、ユピテルの身体が消滅していく。
そして、ユピテルは手を伸ばし、イチゴに触れようとした。だが、手が完全に消滅した。
「なんで、こんな……これは、何だ? 何をすれば、こんな」
「大したことじゃないわ」
イチゴは変身を解き、ユピテルに向けて小さく微笑んだ。
「私は、ただ『斬った』だけよ」
「───…………」
ユピテルは口を開けたが、何か発することはなかった。
こうして、『八極星』の一人、木星のユピテルはこの世界から完全に消え去った。




