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File:029 卑怯な先輩

あとがきに武器の用語などの解説を入れました。

雑学程度に是非。

一ノ瀬が、なぜこの場所で待ち受けていたのか。

その理由は、前崎から手渡された一本のUSBメモリにあった。


そのUSBには、真澄が密かに前崎へ託した映像ファイルが収められていた。

──彼女の告白だった。


動画は淡々と始まる。

まず映し出されたのは、ルシアン──通称「ボス」が作成した、排除対象となる“大人たち”のリスト。

その最上位に記されていたのは、現・内閣総理大臣──

つまり、彼女の父親の名前だった。


おそらく前崎は父を選ぶ。

なぜなら他の排除対象は替えが聞かない人材だからだ。


ルシアンは事前に真澄に対して父を殺しに行くという通達を伝えられた。

私は総理の娘。

その覚悟はしていた。


最初は受け入れたつもりだった。

父が行ってきたことが、決して清廉(せいれん)ではないことなど、子どもの自分にすら薄々わかっていた。

だからこそ、私は「父のようにはなりたくない」と思い、医師を目指した。


誰かの命を救うことで、父の罪を打ち消そうとしたのかもしれない。


でも──私は、拉致された。


命を失う覚悟もした。

しかし、隣にいたユーリちゃんが言った。


「大丈夫。あなたを傷つけることはしない」


その一言に、不思議と心が解けた。

私は抵抗しなかった。いや、できなかった。


正直なところ、私は疲れていた。

勉強も思うようにいかず、期待に応えられない自分をどこかで責めていた。

そんなときに訪れた“拉致”という非日常は、現実逃避の口実になった。

成績が落ちても、それは「事件に巻き込まれたから」という理由にできる──

私はそんなことすら考えていた。


馬鹿だった。

私が目の当たりにしたのは、私たちや大人が見て見ぬふりをしてきた「現実」だった。

追い詰められ、見捨てられ、抑圧されてきた子どもたちの、生の声だった。


彼らに対して、私は──

彼女や彼らたちより大人な人間として、そして娘として、目を背けてはならないと思った。


お父さん。

私はあなたの罪を、私なりに引き受けようと思う。


だから、私のことは心配しないで。

総理を辞めて、お母さんと、静かに暮らしてほしい。

──それが、私の、たった一つの願いです。


少女の声は穏やかで、しかし揺るぎない意志を宿していた。

その儚い祈りは、静かにUSBに刻まれていた。


そして、ルシアン──ボスは真澄が心よく思っていないことには気づいていた。

だが、裏切りだとは思わなかった。

彼女を強引に連れてきたのはこちらなのだから、と。


だから彼女はアダルトレジスタンスでも唯一国側でありながら何も制約を受けていないのである。


皮肉にもその渡した先のUSBは前崎でなく一ノ瀬たちに渡ってしまった。

前崎がルシアンの監視を警戒したからだ。


もし前崎がUSBの映像を先に確認することができたら、未来は変わっていたかもしれない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「シッ──ッ!」「フッ!」


空気が裂ける。

電磁ブレードが交錯し、火花が弾けた。


ただのナイフではない。

双方、神経外骨格の瞬間出力を限界まで引き上げ、

ブレードのフォースフィールドをしならせるように制御していた。


ムチのようにうねる刃──

その軌道は視認できないほど高速で、瞬間的にリーチは5メートル近くまで伸びる。


理論ではあり得ない“曲がる斬撃”が、現実のものとしてぶつかり合う。


屋根の上、舗装路、電柱の影──

地形を問わず跳躍と突進を繰り返しながら、

前崎と一ノ瀬は空間を制圧し合っていた。


周囲には公安の隊員たち──かつての同僚──が取り囲んでいるが、

誰ひとりとして動けない。

目で追うことすらできない速度であり、高速で動くので銃で誤射して住民にあたる可能性が捨てきれなかったからだ。


だが──優位は一ノ瀬にあった。


理由は明白。

前崎が「動きを抑えるように」、一ノ瀬がそこにいるからだ。


刃を構えるだけで、回避線が読まれ、踏み込みの角度さえトレースされている。

一ノ瀬の動きは、まるで自分自身を鏡で見ているようだった。


それが、ほんの少しだけ嬉しかった。


一ノ瀬は、最も多く前崎のスパーに付き合ってくれた相手だった。

最初は趣味で始めた対神経外骨格対策も喜んで付き合ってくれた。


対前崎においては黒岩よりも優秀。

体格では劣るが、咄嗟の判断と実戦の修羅場を超えてきた場数が違う。


──だが、そんな感情はノイズだ。切り捨てろ。


前崎は視線を切り替える。


視線を遮るものが多い。

しかし高宮を始めとしたスナイパーがこのエリアに潜んでいる可能性がある。

一瞬でも足を止めれば、狙撃されて終わる。


こちらも特別仕様の神経外骨格を装着しているが、相手も同等。

装備の質も出力性能も、もはや互角と見ていい。

一ノ瀬が使っているのは、かつて前崎が握っていた指揮権限で引き出せる国家クラスの支援装備だ。

おそらくレインボーブリッジ崩壊後に届いたものだろう。


光学迷彩を展開すればリソースが分散される。

出力が一段落ちれば、その瞬間──斬られる。

しかも発動には数フレームのラグがある。

EMP(電磁パルス)ボムを食らえば迷彩は解除され、位置が剥き出しになる。


甘い手は、通じない。

さらに短期決戦が望まれる。


──だからこそ。


勝ち目がないなら、勝ち筋を「選ばない」だけだ。


「……っ!」


前崎の呼吸が沈む。


気配が変わった瞬間、一ノ瀬の眉がわずかに動いた。

即座に後方へ跳躍。

その反応速度、神経伝達系を最適化していなければ不可能。


「さて……一ノ瀬」


前崎が低く笑う。


「俺は勝つために手段は選ばない。お前の弱点は甘さだったな」


言葉を吐き捨てるように残しながら、前崎は屋根の傾斜を滑るように駆け抜け──

一軒の高級住宅の天井を狙いすました着地で、床板ごと踏み抜いた。


バンッ──ッッ!!!


天井が砕け、断末魔のような悲鳴が家の中から響く。


「クソッ……!」


一ノ瀬はすぐさま屋根を伝って突入する。


(──人質!?そんな手を前崎さんが使うのか!?)


現実を受け止められないながらも行動に迷いはなかった。

部屋の奥から、微かに聞こえた女の叫び声。


一ノ瀬は即座に飛び込む。


ガラス戸を破り、室内へ滑り込むように侵入。

膝をついたまま周囲を警戒し、目を走らせる。


「ひぃっ!」


いたのは、怯えきった中年の夫婦だけだった。

血の気の引いた顔。恐怖で硬直している。


「……どこに──」


違和感。

視界の外。気配が、跳ねた。


「遅い──!」


背後。

次の瞬間、一ノ瀬の右手に鋭い“熱”が突き刺さる。


──ナイフ。


電磁ナイフが骨ごと突き通していた。

衝撃で指が勝手に開き、武器が床を転がる。


同時に、前崎の脚が絡みつくように一ノ瀬の足を捕らえ──

膝裏をえぐる角度で関節をねじ切る。


バキィッ!!


「がっ……!」


神経が焼けるような痛み。

体勢を立て直そうと反射で動いた瞬間──

前崎の右脚が空気を裂くように振り抜かれた。


ハイキック。

神経外骨格が制御するフル出力の一撃。


その一発が、顎を打ち抜いた。


ガコン!!


脳が揺れ、意識が跳ねる。


一ノ瀬の身体が弾かれたように宙を舞い、

無様に道路に叩きつけられる。


「ぐっ……クソッ……!」


折れた腕をかばいながら呻く。

血が滲み、口内を切った味が広がる。


「がぁぁぁぁァァァ…!!」


普段の冷静さを失った、むき出しの“怒声”。

一ノ瀬の理性が、激痛と屈辱に引き裂かれていた。


煙が立ち込める。

瓦礫が舞い上がるその中──

二階の窓から、前崎が見下ろしていた。


目が合う。


──殺す気だった。

その目が、そう語っていた。


その一瞬、一ノ瀬は前崎に“恐怖”を覚えた。


ただの戦闘ではない。

かつての上司が、今、自分を殺すことに一切の躊躇がないと確信した。


……だが、終わりではない。


“死んでも、未来の確率を1%でも上げる”──


それが、公安(一ノ瀬)の戦い方だ。


折れた腕を使い、肘と肩を逆関節に折り曲げる。

常人なら即失神する体勢で、カウンターの構え。


常人の人間では信じられない角度で攻撃をしてやる。


──しかし、それすらも読まれていた。


「ッ……!」


パン、パン、パン、パン、パン──ッ!


五発。

だが、耳には一発の銃声にしか聞こえなかった。

サイレンサーを外したリボルバーが、一ノ瀬の両脚、両腕、そして背部のバッテリーパックを正確無比に貫通する。


駆動系が破壊され、もはや動けない。

前崎がゆっくりと近づいてくる。


銃口が、一ノ瀬の額に向けられる。


引き金に指がかかる。


だが──一ノ瀬は逸らさなかった。

最後まで、前崎の目を見続けていた。


そのとき──


「──動くな!!」


その声が、空気を裂いた。


姿を現したのは東雲だった。

神経外骨格をまとい、銃口を前崎に向けている。


間を置かず、別の屋根から黒岩が跳躍。

着地と同時に、一ノ瀬に覆いかぶさるようにバリアを展開。


キィィン──!

粒子障壁が一ノ瀬を包み、防御姿勢を整える。


遠くから、サイレンの音が近づいてくる。


「……なるほどな。ここまで騒ぎが大きくなれば、もう逃げるしかないか」


前崎が低く呟いた。


「逃がすと思う?」


東雲の声は静かだった。だが明確に“殺意”を帯びていた。


彼女は、完全に前崎を“敵”として認識している。


前崎は、それでもどこか余裕すら感じさせる態度で、

ゆっくりと、東雲の銃に手を伸ばした。


「東雲、お前はどう思う?」


ズキュゥゥゥゥン!!


その瞬間。

スナイパーライフルの銃弾が、前崎の頭部を貫いた。


──ように、見えた。


だが、血は流れない。

頭部が、ゆっくりと崩れるように歪んでいく。


「──ホログラム……!」


東雲が、憎々しげに吐き捨てた。


「あーあ、バレちゃったか」


響くのは、少年の声。

前崎ではない。

ボスこと──ルシアンの声だ。


「もう少し時間、稼ぎたかったんだけどね。ま、いっか。じゃあねー」


ホログラムの少年は、笑いながら、夜の闇へと溶けるように消えた。


「……畜生……」


一ノ瀬の呻きが、その場の“敗北”すべてを物語っていた。


──そして、数十分後。


高級ホテルに極秘裏に匿われていた森田総理が、

何者かによって殺害されたという報が、関係各所に届いた。

武器の解説。


EMP(電磁パルス):

大規模な電磁波の衝撃によって電子機器や電力網などに障害を引き起こす現象、またはそれを利用した兵器や攻撃手段を指す。


核爆発(高高度核爆発):大気圏外や成層圏での核爆発により強力なEMPが発生。

非核EMP兵器:マイクロ波や高電圧放電装置など、核を使わずに人工的に発生させる装置。


影響

広範囲の電子機器が破壊または誤作動。

通信機器や電力インフラが機能停止。

車、飛行機、発電所などの電子制御システムに致命的なダメージ。


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