File:017 シルヴァー・グロウリィ
活動報告でも書きましたが、Xで利用制限がかけられました。
いいねやリポスト、コメントをくださる皆様におかれましては返信できなくてすみません。
軽い利用制限ですのでそのうち返します。
「…ここは?」
「我々の本拠地です。
正式には『シルヴァー・グロウリィ』という場所になります。
ある子どもがカードゲームで取ってきた名前らしいです。
略して“SG”。皆そう呼びます」
前崎の目の前に広がっていたのは、白い繭を思わせる巨大ドームの内部だった。
だが中身は要塞だ。
ビル同士がくっついて山脈のように連なり、天井がどこにあるのかすら分からない。
圧迫感すら覚える広さだった。
「…こんなデカい建物、日本で建てられるわけがない。
海外か? でもこの規模は明らかに軍事レベルを超えている…。
お前たちの転送技術によるものか?」
「黙秘します」
ケンはあっさりと受け流し、背を向けた。
「ついてきてください。
我々が視界から貴方を見失った瞬間、逃走と見なします。
そうなれば――射殺せねばなりません」
背後には無言の部下が二人、銃口を向けていた。
「そんなことを言われても、逃げられるわけないだろ」
前崎は腫れ上がった左手首を掲げる。
電磁バリアの熱で焼けただれ、皮膚は真っ赤に爛れている。
じっとしていても、神経を焼くような痛みが続く。
「自衛隊の特殊訓練まで受けていて、あんな超人的な動きでレインボーブリッジの崩落を免れたあなたに説得力はありませんよ」
「…経歴まで調べ済みか。とんでもない相手を敵に回してたわけだな」
そう思いながら、前崎は上を見上げる。
距離感がわからないほど広大な空間。
地下か、海底か、宇宙か――それすら判然としない異空間。
「おい、ケンって呼ばせてもらうぞ。これって結構歩くか?」
「1時間程度でしょうか。あなたが道を覚えられないように、遠回りするので」
用心深い。軍事組織か、それに準じる訓練を受けた匂いがする。
だが、それが子どもであることが、現実の歪みを際立たせていた。
「歩きながら話そう。痛みを誤魔化したい」
「お答えできる範囲なら」
「そうか…じゃあ何を聞こうか」
前崎は残った腕で顎に手を当てた。
怒らせて感情的になったところを攻めて逃げることも考えたが、ここがどこか分からない以上、それは得策ではない。
まずは情報収集ださ
「そうだ。ケン、お前シンフォニア襲撃の時、ポーカーでディーラーをやってただろ? 即時殺せたのになんでああいうパフォーマンスをやったんだ?」
「前職の経験です」
「前職? お前、未成年じゃないのか?」
「ええ。でも未成年でも働くことはあります。……偏見ですね」
ケンの声に、わずかに棘が立つ。
前崎は私立の小学校から中高一貫校へ進んだ。
東京生まれで、そういった境遇の子どもたちが視界に入ることはなかった。
それは事実だ。
「バイトを前職っていうからさ。広義にはそうかもしれないが」
「ああ、そういうことですね。申し訳ありません、私の理解不足でした。
いえ、本業ですよ。学校に行かなかったので」
「中学を卒業した瞬間、起業するやつもいる時代だしな。いいことじゃねぇか?」
2060年では未成年(18歳以下)を雇用する際、原則アルバイトとして雇われる。
それは未成年保護のための制度だった。
しかし、唯一の抜け道が起業だ。
特に年齢制限などもなく情報化社会の進展により、学校に価値を見出せない若者たちが自ら起業する動きも珍しくなくなっていた。
同時にそれを脱税目的で利用する大人も増えていた。
ケンの“本業”という言葉に、前崎は彼が起業したのだと考えた。
「…ちょっとニュアンスが違いますね。私は愛玩動物だったので」
「愛玩動物?」
「国会議事堂で、あなたが襲撃した時に何か気づきませんでしたか?」
「気づいたこと?」
「主に子どもという点を除いた身体的特徴として何か」
心当たりは一点だけある。確かに不思議に思っていた。
「ハーフの奴がやけに多いな、とは思ったが…」
「ええ。まさにそれが正解です」
ケンは振り返らずに答えた。
「我々の組織には、純粋な日本人は少なめです。
ある子どもは移民政策で生まれ、またある子どもは金持ちの愛人だった子ども。
少子化対策で産まされた子どももいます。
我々は“望まれて”生まれた存在ではないのです」
「…」
前崎は黙って耳を傾けた。
ケンたちは続けて暗い階段を下っていく。
「そんな子どもが生き抜くには、主に二つ。金持ちに擦り寄るか、反社会的な組織に入るか。私は前者を選びました」
ケンの足音が、虚無のように静まり返った空間に響く。
「そこで、金持ちに喜ばれる芸を身につけました。
私はトランプを使った芸が得意でした。
主人が勝てるようにイカサマを仕込み……結果、他の主人に疑われ、暴かれ、“躾”として顔を鉄板で焼かれました」
その語り口に、感情はなかった。
ただ事実を述べるように、まるで“自分とは無関係な話”であるかのように。
「なぜ私がシンフォニア襲撃でポーカーのディーラーをしていたか。
それは、かつて自分を見下したお客様を、逆に嬲ってみたかったからです」
「…中々ハードな人生を送っているな」
「私以上に過酷な人生を送っている者が、ここにはたくさんいます。
私がこの程度で落ち込んでいる場合ではありません」
そう言いながら、ケンは階段を上っていく。
「子どもが生き抜く術は、金持ちに擦り寄るか、反社会的な組織に入るかだけじゃない。国の保護下に入る手もあるだろう?」
「虐待されている子どもが、自力でそこに辿り着けると思いますか?
ただでさえ人手不足でパンクしているのに受け入れてくれるとも限らないですし。
投資対象は才能のある子どもだけですよ」
「…」
「それに前崎様。金持ちに擦り寄る、反社会的な組織に入る、国の庇護下に入る。このうち、最後が最も我々が選択しない道です」
「なぜだ?」
「我々の居場所を奪った“敵”が、国だからです」
そういう視点で見ているのか。若者たちは。
「…シンフォニア襲撃は、復讐を果たしたとは言えないのか?」
「全く言えません。我々はこの日本のシステムを破壊し尽くします」
「…もし日本のシステムが壊れたら、海外に植民地にされるだけだぞ。それはどう思う?」
「もう既にされているではありませんか? シンフォニアで明らかになったことでしょう」
日本人を名乗る中国人、マネーロンダリングする外資系企業、それらに買収される政治家。
ケンたちにとって、それは既に“侵略”だった。
「極端だな」
「ええ、極端で結構です。私は日本の破壊を楽しみたいだけですから。その後はボスの仕事です」
ボス――あの国会議事堂でのホログラムの少年を思い出す。
あの金髪でにやけ面。
忘れるわけがない。
「あのホログラムの小僧か。あいつが首謀者か?」
「…そうとも言えますし、そうとも言えません」
「どういう意味だ?」
「それはご本人に聞いてください。これから謁見致します」
ケンは足を止め、巨大な両開きの扉の前で静かに言った。
「――ようこそ、“シルヴァー・グロウリィ”の中枢へ」
扉が、重く、静かに開き始めた。
シルヴァー・グロウリィの元ネタがわかる人は同世代かも?
バトルに必ず勝つは気持ちがよかったです。




