15 真実と親愛を
『悪魔』の調査を終えた私は、真っ直ぐにお嬢様の部屋へ向かった。
————答えは、すでに出ていた。
「お嬢様」
「あら、もう帰ってきたの」
一人で本を読んでいた彼女へ、真っ直ぐ近づく。
机の上には多分野の本が積まれ、努力の証があった。
机の前で動かなくなった私を、彼女が怪訝そうな顔で見てくる。
暫く目を閉じていた私は、すっと懐に手を入れた。
ガチャンッ
「!?」
机の上に投げられたのは、一本のナイフ。
「選んでください」
「なに、何なの……!?」
混乱するお嬢様に、ナイフの柄を向ける。
しかし、お嬢様はそれを一向に持とうとしない。
私は、ナイフの刃を持ち、柄の方をお嬢様に差し出した。
「選んでください、私を殺すか」
「なぜそんなっ———」
私を睨みつける彼女に、ナイフを持ち替えた。
その切っ先が、彼女の喉元に向けられる。
「それとも、私がお嬢様を殺すか」
「…………ッ!!」
喉を震わせる。
揺れ動く感情が瞳に映る。
刃を向けられてなお、こちらを信じる目を向けてくる。
彼女の行動すべてが、私の想定通りだった。
「やはり、お嬢様は———」
バンッ
「捕らえろッ!!」
部屋に響き渡る怒声。
私は部屋になだれ込んできた騎士たちに取り押さえられた。
「ポナシェイド家のご令嬢に何をしていた!」
地面に額と肩を押さえつけられ、痛みに顔を歪める。
「やれやれ、危ないところだったね」
そう言って入って来たのは、第二皇子だった。
「『悪魔』……」
「うん?言ってることがわからないなぁ」
わざわざかがんで至近距離にいるのに、聞こえていないはずがない。
本当に性格が悪い『悪魔』だ。
「これは……」
「お、お兄様……」
どうやらマクシミリアン様も合流したようだ。
役者は揃った。
後は、悪役が退場するだけだ。
「この者がそちらのご令嬢に刃物を突き付けていました」
私を取り押さえている騎士が説明する。
周囲の状況は見えないが、凍り付いた空気を感じた。
「お兄様っ!これは……!」
「お前は黙っていろ」
コツコツと足音が近づいてきた。
そして、すぐそばで誰かが立ち止まった。
「…………お前の口から説明してみろ」
マクシミリアン様の声が傍から聞こえてきた。
押し殺したその声に、私は口の端を吊り上げた。
「…………あ~あ、後少しだったのに」
「「「!!」」」
周囲が息を呑んだのがわかる。
———本当に、顔を伏せていてよかった。
「お嬢様を殺せば、大金が手に入るはずだったんですよ」
「…………どういうことだ。お前が外部と接触する機会などなかったはずだ」
すべてを把握していると思い込んでいるマクシミリアン様に、笑いが堪えきれない。
「そうですか?では、今日の洞窟ではどうでしょう?」
私の言葉に、沈黙が訪れた。
「あの、主君———」
この声は、今日洞窟で護衛をしてくれた騎士だ。
どうやら、私の今日の行動を説明してくれているようだ。
「洞窟で、一時の間姿を消した……」
力ないマクシミリアン様の言葉が、空気を震わせる。
「なるほどね~、その時に依頼人と接触したのかぁ」
場違いなほど楽し気な皇子の声は、本当に異様だった。
「じゃあ、死刑だね」
皇子の言葉に、二人が激しく反応する。
「は?」
「何を…………!!」
マクシミリアン様もお嬢様も、何を渋っているのか。
殺人未遂は、情状酌量の余地なく死刑だ。
ましてや、貴族を殺そうとしたのだ。
貴族至上主義が残るこの世界では、当然の判断だろう。
「さあ、連行しろ」
皇子の言葉に、騎士たちが従おうとする。
しかし、その動きが止まった。
「待て、誰の許可を得て動いている」
マクシミリアン様の制止の声に、困惑している空気が流れる。
私も、思わず困惑する。
「ここは俺の屋敷だ。なぜ皇子殿下の支持を仰いでいる」
「え?それは……」
「そりゃあ、この場では僕が一番偉いからに決まってるじゃないか」
軽薄に答える皇子。
答え方は癪だが、言っていることは間違っていない。
一体何に引っかかっているのだろうか。
「そもそも、なぜ殿下はこの屋敷にいたんですか」
「偶然……っていっても、信じてくれなさそうだね」
皇子の呆れたような声に、雲行きの怪しさを感じる。
マズい、こんなはずじゃなかった。
なぜこんなところで足止めされているんだ。
部屋にいた騎士たちに外へ出るよう、マクシミリアン様が指示を出す。
その指示と共に、部屋から複数の足音が遠のいていった。
そして、マクシミリアン様は言葉を発した。
「殿下は何かを隠し…………」
途中で言葉を止めたマクシミリアン様。
彼の反応に、嫌な予感を覚える。
「…………待て、おい従者」
「…………なんですか」
矛先を向けられ、私は警戒して身構える。
こういう時、彼はいつも私の痛いところを突いてきた記憶を思い出す。
「お前、名前はなんだ?」
「!!」
「あ~あ」
皇子の残念そうな声が遠くで聞こえる。
「…………」
私は何も答えない。
すると、押さえつけられていた頭と肩がフッと軽くなった。
「おい、答えろ」
頭の上で聞こえてくる声に、頑なに口を閉ざす。
すると、グイッと顎を持ち上げられた。
「おい!答え———」
「なっ!貴女……!」
マクシミリアン様が息を呑み、お嬢様が声にならない悲鳴を上げる。
「体が……透けている?」
目の前に驚愕した顔のマクシミリアン様がいた。
そして、その奥に目を見開くお嬢様もいた。
その人たちから目を離し、私は右に目を向けた。
「これで手順は終えたでしょう」
「ああ、十分だ」
右に立っている皇子は、満足げに笑っていた。
私の答えに、満足したらしい。
「これで『悪魔』の君は、この世界から消える」
「「!!!」」
二人の視線が突き刺さる。
特に、目の前にいるマクシミリアン様からの視線は痛い。
この驚愕の目が、敵を見るような目に変わるのかと想像するだけで苦しくなる。
「『悪魔』……なのか?」
「はい、残念ながら」
私は今、上手く笑えているだろうか?
「私はお嬢様の『悪魔』です」
「わたくしの……?」
恐怖と信頼の混ざった瞳に、私は眉を下げて笑った。
「私はお嬢様の『存在』を奪おうとしていた『悪魔』だったんですよ」
この世界には『悪魔』が存在した。
ある『悪魔』が、この世界に訪れた。
その『悪魔』は、ある王族に目が奪われた。
そして、本能的に理解した。
———この人間が、自分が奪うべき存在だと。
『悪魔』は王族に語り掛けた。
王族は、喜んでそれに応じた。
『悪魔』はその王族が第二皇子であることを知った。
そして、自分は第二皇子になれるのかと『悪魔』はほくそ笑んだ。
だが、その皇子には優秀な兄がいた。
それゆえ、自分の存在は空気なのだと皇子は笑う。
『悪魔』は言った。
「それなら、僕におくれよ」
皇子の前にナイフを投げる。
机の上で弧を描いたナイフは、刃を皇子に向けた。
「捨てられるのなら、いっそ奪ってもいいでしょ?」
「よかったね、君はこの世界から解放される」
目を閉じていた皇子は、ゆっくりと目を開いて言った。
私は皇子の表情に違和感を覚えた。
なんだか、泣きそうな顔をしていたのだ。
しかし、今は皇子の相手をしている場合ではない。
「お嬢様」
「…………」
「お世話になりました」
「!」
彼女の目から、涙が零れ落ちた。
どうやら、彼女は涙もろかったらしい。
「マクシミリアン様、お世話に———」
「待て、待つんだ!」
「!?」
抱きしめられた私は、マクシミリアン様の肩に口を覆われる。
発したくても発せない言葉に、頭が混乱する。
「頼む!名前を教えてくれ!知らないまま消えるなんて許さない……!」
「モガモガっ」
「わたくしにも教えなさい!!」
「グフッ」
背後からきたガバッとした衝撃と共に、体の圧迫が酷くなる。
おしくらまんじゅう状態の私は、目を白黒させる。
しかし、このままでは圧迫死すること待ったなしだ。
「ぷはッ!メイア!メイアですッ!」
やけくそ気味に叫んだ言葉が、部屋に木霊する。
「「メイア……メイア……!」」
「くるしいくるしい!」
二人分の腕力に、体が悲鳴を上げている。
(———待って、体……?)
マクシミリアン様の肩越しに自分の手を見ると、はっきりとした輪郭があった。
まったく透けていない。
「よかったね、メイアちゃん」
「??」
マクシミリアン様の背後に、皇子が立っていた。
皇子の表情は、残念そうでもあり羨ましそうでもあった。
「『悪魔』の君は消えたけど、『メイア』という名の君は残ったみたいだ」
「「「…………は?」」」
三人の気持ちが一致した瞬間だった。
三人がかりで皇子を問い詰めたが、最初に言った言葉を少し言い換えただけで核心を教えてはくれなかった。
「さて」
マクシミリアン様が腕を組む。
「ええ、そうね」
お嬢様が扇子で口元を隠す。
「…………」
椅子に括りつけられた私は、俯いて沈黙する。
「「覚悟はいいか?」」
「か、勘弁してください……!!」
ポナシェイド家の屋敷に響く情けない悲鳴。
それを聞きながら、皇子は馬車に乗る。
「……あいつと僕も、こんな未来があったのかな」
『悪魔』は「存在」を奪う。
だが、それはこの世界が『悪魔』の「存在」を認めてくれないから。
奪いたくて奪ったんじゃない。
生きていたいから、奪ったのだ。
彼らのように、この世界に『悪魔』の椅子を用意してくれれば、『悪魔』とならなかっただろう。
「いいな~、なんで僕は僕じゃないんだろうね」
『悪魔』は奪っても、それが『悪魔』のものにならない。
誰かを間借りしているだけ。
『悪魔』となれるのは、その偽りを受け入れられる者のみ。
「ズルいなぁ。よし、メイアちゃんには嫌がらせしよっと」
一人勝ちなど許せない。
皇子はこれからの嫌がらせ行為に思いをはせた。
彼の表情は、今までになく優し気だった。




