第四十九話【教団の思惑】
「おい、瑛守、誰だソイツ?」
後方で起きた騒動に気が付き、サッカー部の二年が瑛守に詰め寄る。
「いや、コイツ今日転校してきたんだけど、オレの幼馴染で……」
瑛守が弁護をするが本人は謝る態度をまったくみせない。
「可愛い後輩を殴ってタダで済むと思ってんのか?」
「悪ぃゴメン」
「瑛守が謝ってどうすんだよ、お前だよ転校生」
サッカー部二年の数名が饒平名晴人を取り囲む。
「どうしました皆さん」
教師が近づいてきた。
「先生、コイツがウチの後輩をいきなり殴ったんです」
「そうですか、あとは私に任せて君たちは部活に戻りなさい」
「でも……わかりました」
サッカー部の面々は饒平名晴人を睨みながら一年生を立たせてゆっくり歩いていった。
月城一夜。
なんでお前が出てくる?
「晴人、あまり目立った行為は慎むように」
「わかりました。主」
「アンタ、いったい晴人に何したんだ?」
「ふふっいいのですか? その手を早く離さないと退学になりますよ?」
二人の会話を聞いた瑛守が月城一夜の胸ぐらを掴んでいたが、舌打ちして突き放す。
「音無小春さん、初めてお目にかかります」
「……」
「あ、西洋の術士の人?」
「ええ、そうですよ魂使いのお嬢さん」
月城一夜と音無さんはこれがちゃんとした初めての接触、挨拶に対して、音無さんは無言で自分の背後に隠れる。
重々しい空気が漂うなか、舜歌が目の前の人物のことを思い出して当てると、月城一夜はニヤリと笑った。
「それで? 呪術協会に喧嘩を売るの?」
「いえいえ、私は雇い主から方針の変更指示を受けまして」
背景が闇夜だと、この男の違和感は消え去るだろう。それほど彼からは瘴気のようなものが漂っている。
冷たい双眸が横に流れて一同を見回し、自分で止まる。
「音無小春さんの気が変わるまで気長に待つことになったんです」
「私の気は変わらないわっ」
今まで沈黙を破り音無さんが強い意志を示して、目の前の男に言葉をぶつける
「ふふっ、無理強いなどしませんのでご安心を」
「あと、晴人~に術かけたの?」
「いえ、お嬢さんならお分かりでしょう? 術は掛けておりません」
舜歌は術によって操られていると見ていたようだ。
違うんだったら、考えられることはひとつ、洗脳……。
宗教においてもっとも怖い現象、「洗脳」
純粋な神を乞い願う心を持つ人達を貪りつくす同じ人の手による悪魔の所業。
こういったケースで洗脳にかかった人間は元に戻すには何年、何十年と時間が必要だと聞いたことがある。
「晴人を使って何をしたいわけ?」
「いえ、ただ同じクラスメイトとして、音無さんのそばで護衛をやってもらうだけです」
いやー、こんな平和な学園生活で護衛なんて要らないでしょ?
今、一番アブナイ存在は目の前にいる二人なんだが……。
「では、私はこれで、女性教師陣に連絡先を聞かれまくって困っているので」
なんだろう最後のセリフ……自慢かな?
「どうする舜歌?」
「あ~大丈夫、とりあえず家に行こう」
──約二十分後。
程家の離れで部屋の真ん中に饒平名晴人を座らせ、舜歌がなにか儀式のようなものを行い始めた。
洗脳された人間の心を元に戻す?
そんなこと術で出来るの?
饒平名晴人の横に何故か古い箱型のテレビが置かれていて、電源が入っているが「ザーッ」っと砂嵐と呼ばれる状態で何も映っていない。
舜歌が儀式をしている途中、順宋さんが赤い糸を饒平名晴人の胴体とテレビを結ぶ。
「ほいっ」
舜歌の術が完成すると、「ザーッ」という音が少し鳴りを潜め、代わりに男性なのか女性なのか分からない声が聞こえてきた。
「・・晴・・先・・曾・・・・り・す」
声が途中、切れ切れで断片的に聞こえた。
「晴人のオジー、原因を映して」
舜歌、今の言葉分かったの?
砂嵐だった画面がモノクロだが、何かを映しはじめた。
実の父親が亡くなり、母親が再婚した相手がこの宗教の幹部のひとりで、母親に借金を負わせ、貢がせるだけ貢がせて破産させて離婚、親権を義理の父親が奪い取ったようだ。
それから抵抗することもできずに義理の父親から洗脳を受け続け、今に至っていて教団に従順な駒にされてしまったようだ。
「じゃあ、まずは晴人の先祖を“覚醒„させようね」
舜歌がテレビの中に一時的につながっている先祖の守護霊にその場で札に新たに文字を書き入れたものを貼り付けると、テレビ自体が薄く発光し、テレビの中にお爺さんが映った。
「ありがとう、琉球の童女よ」
以前、舜歌が寿姉や用高さんにしたように、一般守護霊から上位守護霊に昇華させた。
用高さんや寿姉のように元々の霊力がさほど高くない一般霊だったみたいで“声„を拾うのが大変だったみたいだけど、こうして意思疎通も問題なくできるようになった。
「はい、じゃあ次は晴人のオジー、“洗脳の記憶„だけを消してみて」
舜歌にそう言われ、テレビの方から逆流するように強い光が赤い糸を伝って饒平名晴人に流れ込むと、身体をビクンビクンとさせて、畳の上に座っている状態から倒れ伏す。
大丈夫なの?
──三十分後。
「おはよう、晴人、どんな感じ?」
「舜歌……なんか変な感覚だよ……蓋をされてる気分」
饒平名晴人は洗脳された部分の記憶を断片的に消去とまではいかず、記憶の封印のような形となり、人格は多少、洗脳される前の自分を取り戻しているが、それ以外の記憶は残っているため、頭の中の整理がうまくつかないようだった。
ただ、あの機械的な人格は無くなり、普通の高校生といった雰囲気が今の彼にはある。
「洗脳が完全に解かれたワケじゃなく、今の状態を維持して自分で完全に洗脳を解いていくイメージだね」
ただし、と舜歌が付け加え、洗脳が解除、効果が薄まったと教団側の方にバレると再洗脳を受ける可能性もあるため、呪術協会からの圧力で身柄が自由になるまでは、しばらく洗脳に掛かったフリをしておくようにと付け加えた。
「それで、何ていう命令受けていたの?」
舜歌が饒平名晴人に、教団側の目的を問い始めた。
彼の記憶でも月城一夜の言った通り、音無さんの警護で舜歌や瑛守の幼馴染であることを調べ、こちらに敵対するのではなく、懐柔策に切り替え音無さんの気が変わるまで気長に待つことになったそうだ。
急ぎではなくなったことには他にも理由があり、創始者である教祖の隠し子で予知能力に長けたものが見つかり、まつりあげたので、当面の求心力としては充分となったとのこと。
「ふーん、別に近くにいなくてもいいのにね~ッ」
ホントそれ、なんなんだろね?
この時はまだ、誰もわかってなかった。
琉球時代から数えて数百年、「裏」を守護する者達の最大の事件が始まろうとしていることに……。




