第二話【高校球児と清楚系美人】
「おはようございます」
「おはよう閏弥生くん、そこでちょっと待っててね」
昨日、転校の手続きに訪れた〝名護第二高校〟の職員室で担任の女性教諭に挨拶をすると、近くにある教職員の打ち合わせテーブルで座り待つように指示された。
他の先生達も慌ただしく授業の準備に追われており、ひとり手持ち無沙汰になり視線を泳がせていると、職員室から見える校庭の真ん中に鎮座する巨大な木が目に留まった。
室内はエアコンを効かせるため窓はすべて閉じられているがそれでも、蝉の鳴き声が少し籠った音に変わり耳を抜け通り過ぎていく。
「ガジュマルの木を見たのは初めて?」
いつの間にか担任の女性教師は準備を整え、会話を投げかけながら手のひらを廊下の方向に差し出し、教室に向かうことを示唆してくる。
「はい」
教室に向かいながら女性教師からガジュマルが沖縄では幸福をもたらす縁起の良い木として、古くから庭先や村の馬場に防風林の役割を兼ね備えて植樹され親しまれていることを教えてくれた。
今でも公園や学校などに広く一般的に普及していて、中でもこの学校のガジュマルは樹齢が百年近くと県内でもかなり立派な部類に入るそうだ。
ガジュマルの説明を聞いてるうちに教室の前に到着する。
緊張する……。うまく挨拶できるだろうか? でも、自分なんてどこに行っても結局同じ……。最初は良くてもすぐに周りに誰も寄り付かなくなる。
女性教師がドアを開けて中に入っていき、生徒達に転校生の説明を始めるとクラスの中が騒めいているのが廊下にも聞こえてくる。
「閏弥生くん?」
女性教師がこちらを見て手招きする。足が動かない。これまで味わった暗い思い出が身体を縛り付けてるのか一歩も前に進めない……。女性教師の顔が少し怪訝そうに眉を曇らせる。
嘘だろ……。俺、もうここで躓くのか?
ガラガラッ
固まってしまった俺の視界の端で教室の後ろの引き戸が開く。あれ、君は確か……?
「あいたッ」
いきなり駆け寄ってきて背中をバシッと強く叩かれた。
「どう? 動ける?」
──!?
動ける……。
「あれ? 君って昨夜の……」
「いいよ、それは後で~、早く中に入らんと先生が変なぁ~してるさっ」
昨夜、恩納村の万座毛で出会った少女──名前は確か……程 舜歌。彼女に背中を叩かれた後、教室の中は笑い声に包まれている。嘲笑ではない温かい声色。
「昨日ぶりだね。朔」
身体が軽くなり、すんなりと自己紹介を済ませ空いている後ろの席に座ると、隣に程 舜歌がちょこんと座っており、こちらを見てニコッと笑顔をみせる。
同級生? 昨日、小学生かって聞いたら返事はしなかったが、違うとも言ってなかった。高校生にしては随分と小柄で身体の線が細い。顔も幼く中学生を通り越して、小学五・六年生くらいにみえる。
「なになに? お前たち知り合い?」
朝のホームルームが終わると男子が一人、朔と彼女の前に立ち、興味津々に質問してくる。背が高く、日焼けした肌に爽やかな笑顔が似合う体育会系。自分とは対極的な存在。
「うん、昨日初めて会った」
「どこで?」
「万座毛」
「は? 遠くない?」
「ウチは順宋と一緒だった。朔はバスで来たんだって」
「朔って誰だっけ?」
「この人さ」
舜歌にいきなり指を差され、ドキッとする。爽やか体育会系は一瞬、こちらに目を向け「よろしくな!」と挨拶すると、すぐに舜歌に向き直る。
「お前……順宋兄兄を呼び捨てっておかしくないか?」
「順宋は順宋さ~、何が悪い訳?」
程順宋……。舜歌の兄で昨日、万座毛から車で家まで送ってくれた。二十五歳で物書きをしていると、話していた。
「舜歌ちゃん、先生が職員室に来なさいって」
爽やか体育会系と舜歌が話し合っていると、透き通るような白い肌で長いストレートの黒髪が印象的な女子が声を掛けてきた。
舜歌が「ヤバい……心当たりがあり過ぎる」と呟きながら、教室を出ていくと爽やか体育会系と色白女子と三人になってしまった。
「俺は金城瑛守」
「音無小春です」
瑛守に音無……さん。
二人が自己紹介をすると、さっそくこちらのことを質問責めにしてくる。父親の仕事の関係で千葉県から転校してきたこと。母親がいないこと等……。
「実は私も……」音無さんもこの春に横浜から引っ越してきたそうだ。
「名護は結構、内地の人が多いよ~俺は沖縄人だけどな」
瑛守はそう説明すると、何となく想像はついていたが野球部員であることを語り始めた。
久しぶりに同い年の人と会話をする……。今、うまく会話できているのかな?
きっと傍からみたら、ぎこちない笑みを浮かべて無理をしているのがわかると思う。
「それで……舜歌とはどういった関係なんですか?」
音無さんが瑛守の野球の話を遮って、不意に自分に質問をぶつけてくる。
音無さんの質問にすぐに答えられないでいると、瑛守が先ほど舜歌から聞いた話を俺の代わりに音無さんに説明してくれた。彼女は舜歌の仲の良い友達らしく、急に現れた転校生と知己の仲の様な会話をしていたのが気になったらしい。
「そう……ですか。それだけならよいのですが……」
何やら含みを持たせて返事をする音無さんだが、発した言葉が少なすぎてどういった意図なのかが読み取れない。
「ただいま~」
そうしてる間に疲れた顔をした舜歌が職員室から帰って来た。瑛守と音無さんに向けて呼び出しを受けた理由を説明し始める。先週、夜中に忍び込んで用務員さんに見つかり逃げたが、背格好と過去の犯行でバレてしまい、お叱りを受けたそうだ。
「いつも思うけど、夜中に何してんの?」
「女子の行動が気になるの? 普通だよ普通」
「いやいや、普通の女子は夜中に学校に忍び込まないって……」
瑛守と舜歌の話が決着つかないまま、チャイムが鳴った。
「そうだ、朔、放課後ちょっといい?」
国語の教師が教室に入ってきて皆、慌ただしく席に着席している合間に舜歌がこちらにだけ聞こえるように小さい声でそう伝えてきた。




