とある文学者の言葉
チュンチュン…ッ
「おじさん、起きて。今が絶好の狩り時間なんだから。おじさんってば」
二日酔いで眉間にシワを寄せているおじさんをゆさゆさと揺する。
「…うるさい…、ぅう゛」
眉間のシワを人差し指で押すとさらに堀が深くなる。面白いやこれ。
「おじさんいないと外出れないんだから、ほら起きて」
ぐい~ーっと引っ張ってみるも身長さか一向に動く気配がない。
「一人で行けるだろう…ぅ」
「遭難して凍え死ぬかもしれないじゃん。ね、おじさん行こう?」
やっとの思いで接頭できたがまだ二日酔いは抜けきれていないようだった。仕方ないのでこっそりと神力を使って和らげる。
今日の狩りでは狼二匹と兎三匹を捕まえることに成功した。それにしてもやはり生態系は不思議だ。
「お前、こんなところで何してるんだ?」
朝食も兼ねたお昼ご飯中に投げられた問いに?が飛ぶ。
「ん…?」
「お前の実力なら引く手あまただろう。特に神力と魔力を併せ持つ奴は希少だ」
なるほど、質問の意図がわかった。でもおじさんの質問は根本的に間違っている。
「おじさん馬鹿なの? 私みたいな後ろ楯何一つ無い孤児がそんなのひけらかしたら簡単に利用されて最後は捨てられてポイっだよ。皆が皆与えられた能力に幸せを感じる訳じゃない」
「…売られたのか?」
「ううん。ちゃんと私の力を活用してくれるところにいるよ。だから、たぶん売られはしないかな」
「随分あやふやだな」
「そりゃあ不安だよ。自分の将来はあやふやでいて、確定された絶対的未来なんだから。…それに今だって恐怖で眠れない夜が続くの」
「絶対的未来、か?」
「そう。役目を果たして死ぬ。それも最も残虐な方法で…」
「お前なら逃げれるだろう」
「そう簡単じゃないんだよ。それに私がそうしないと、本来あるべき悪が正せない」
私の死によって腐敗した教会内部にメスが入れられる。そうすれば、今よりはずっと救われる人が増える。
焼き殺されたくはないけど、私ができるのはどうにかして楽に死ぬことぐらいだ。下手に神力を持っているせいで焼かれ続けで長く苦しむことになる。
焼けたところから回復が始まるのだから。だからなるべく神力も増やしたくない。
「そんなものの為に、お前は死ぬのか…?」
『そんなもの』、か。確かにそんなものだ。段々と歳を重ねていけば、そう思う感情すら死んでしまうかもしれない。もしくは、最も悍ましい思考と化しているのだろうか。
「大丈夫、まだ後十年はあるから。それまでになんとか楽に死ねるようにはしてみるよ」
「…死ぬな。お前は、生きろ」
初めて見るツラそうなおじさんの表情に、ふと言葉が引っ掛かった。
「『お前も』ってことは、おじさんの大事な人が亡くなったの?」
「………あぁ。お前ぐらいの年の赤ん坊を産む為にな」
「だから旅に出たんだ」
「…この話はもういい」
話を無理やり切り上げようとしたおじさんだけど、私はそのまま思ったことを口に出した。
「わたしは、その人が羨ましいよ」
「゛あぁ?」
大人気なく本物の殺気を向けられたけど、これだけは本当だ。
「だって、おじさんがこんなにも想ってくれて、今でもずっとこうやってお酒にまみれるぐらい悲しんでくれてるんでしょ? わたしは、…誰も看取ってくれないもん」
「アイツは、俺より赤ん坊を取った」
「それはおじさんが自分のこと忘れるはずがないって自信の表れでしょ。本当におじさんを愛してなかったら、そんな人との子供のために命は賭けない。自分の命を落としてまで愛する人がいた人生は、心底羨ましいよ。わたしもそんな人がいれば、死ぬのだって少しは怖くなくなるでしょ?」
「…あいつは俺を愛してるとは言ってくれなかった」
「おじさんが言ったときどうしてたの?」
「ただ俺から逃げるように空を見上げて『月が綺麗』とだけ。俺が無理やり妻にしたようなものだから、故郷を恋しがっていたのかもしれない。俺を、憎んでいたんだ」
「…それって、わたしの故郷で有名な話だと、『貴方を愛しています』って意味だよ?」
まさか異世界にも同じような言い伝えがあったとは。確かに原作は日本発祥だし、主人公の恋愛シーンでも出てきてたなぁ。
「ハッ、慰めの嘘はいい」
自虐的な笑いのなかに、ほんの少しの希望。おじさんも、囚われていたのだろうか。
「嘘じゃない。有名な文学者の言葉にあるよ。直接言葉にするには恥ずかしい、または身分が違うなんてときによく使うの。その人、月が見えない時も言ってたんじゃないの? 出身地が違うなら分からないだろうって。他にも『今夜は満月ですね』の意味は好きですって言うし、段階があるんだよ」
「…もしそれが本当なら、俺はあいつに」
「愛されてたんだよ。全くどんな惚気を聞かされてるんだか」
やれやれと首を横に降るとおじさんは嬉しいような、戸惑ったような表情で固まってしまった。
それからパッタリとお酒は止み、私との会話も目に見えて多くなった。どれだけ悩んでいたのだろうか。そりゃあこんな雪山に籠るぐらいだったんだろうから相当だろうけど。
う~ん…。『羨ましい』なんて、やっぱり贅沢だったかな…。それでもやっぱりおじさんを見てると、もう二度と会う術を失った【家族】が恋しくて目尻が熱くなってしまった。