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裏ルートの攻略後、悪役聖女は絶望したようです。  作者: 濃姫
第一章 悪役聖女の今際(いまわ)
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【本物】と『偽物』

 物語が始まるまで後五年。長いようで、あっという間に過ぎる月日だ。孤児院の訪問後に送られる白い花を入れた花瓶をじっと眺め、そのまま時が止まったように動かない。


 【聖女】は清廉(せいれん)でなければならない。

 【聖女】は純真(じゅんしん)でなければならない。

 【聖女】は純血(じゅんけつ)でなければならない。

 【聖女】は高潔(こうけつ)でなければならない。

 【聖女】は完璧(かんぺき)でなければならない。

 【聖女】は人間に(あら)ず。神の代理人(だいりにん)である。


 本来あるべき姿の【聖女】そのままに、私がプログラムされている。微笑むことも、私の意志ではできない。


 それにしても今日は朝から憂鬱(ゆううつ)だ。朝早くから神官が準備する。浴槽(よくそう)に浸かって、オイルを塗って、正装(せいそう)に着替える。


 この日は皇女との面会日だった。皇族は十一歳になると必ず大神官に【祝福】を授けてもらう。今回は【聖女】が在来すら為私に話が回ってきたのだ。


 私が彼女に会いたくないのは、より原作に現実味が増すからだ。偽物皇女として登場する彼女は、第二の私に他ならない。主人公を輝かせる為だけに存在する踏み台。


 十歳になったばかりの子供には重苦しいほど装飾品で飾り付けて、馬鹿みたいだ。大人の見栄の為だけに使われる。


 下手に化粧(けしょう)をしなくても素材が良いと言って唇に艶を出すぐらいしかしてないとはいえ、装飾品で包まれた私の姿形は神の映し絵と言っても過言でないほど綺麗だった。


 鏡にそっと手を当てて細かく自分の顔を確かめる。本当に、紛い物みたい。黄金を嵌め込んだ瞳も、絹のように魅せる長髪も、りんご飴みたいな唇も、陶器のような白肌も、全部私であって私じゃない。


 「聖女様、お時間です」

 「今行きます」


 上級神官の案内で、【アルティナの祭壇】へと向かう。一歩一歩が重い。まるで枷を嵌められているようだ。


 「此方へ」


 私は立ち位置に着き、皇女殿下を待つ。一体どんな人だろうか。もしかしたら、私と同じで転生者だとしたら、それはどれだけ…。


 そう思考を落としていたところで、扉が開く。真っ直ぐと此方へ向かってくる、同じ年頃の少女。


 その少女の立ち振舞いはなんとも高慢こうまんで、一瞬にして『子ども』であることを悟った。まだ変な期待を膨らませないだけマシだったかな。


 少女の雰囲気には到底似合っていない財力を誇るかのようなドレス。これでもかと黄金が使われている。それをさも着こなしているように見せるのが、まさに子どもだった。


 「さぁ、早くしてちょうだい」


 極めつけは礼儀もまともになっていない。後ろで控える教皇陛下とお付きの上級神官がさげすんだ目で見ていることに気づいてるのだろうか。


 「はい。それでは早速お手を拝見できますか?」


 普通こう言えば膝を着き手を差しのべるのに、皇女は立ったまま何てことのないように手を差し出した。これはヒドイ…。


 上級神官が必死に怒りを隠して皇女に指導するが今度は皇女が逆ギれしてしまった。その様子に教皇陛下はもはや能面のうめんの表情だ。


 「ですので、形式だけでも…」


 「イヤよ。私は帝国唯一の皇女よ? それなのに何故孤児出身の小娘なんかに跪かなきゃならないのよ?!」


 しまいにはヒステリックをお越しだす皇女にもはや遠い目になる。これで分かった。皇女は私と根本的に違う。同じ立場なんかじゃない。


 彼女は自分の与えられ立場に何の責務もなく権利だけを享受している。彼女と私は、決して相容れないだろう。少なくとも、『皇族』の椅子に座るだけの道化とは、同じにされたくはない。


 らちが明かなそうなので営業スマイルを張り付ける。


 「皇女殿下、この儀式は『皇族』として認められる最初の関門です。私はただ神の代理人としてあるので皇女殿下は神に誓うだけですよ」


 「それでも嫌なものは嫌なの!」


 どうしても我が儘を通す気の皇女に段々嫌気がさしてくる。これが果たして私より一つ年上なのだとしたら、環境とは実に怖いものだ。


 「分かりました。教皇陛下、私の代理をお願い致します」

 「…あい分かった。シルティナは部屋で休んでいなさい」

 「はい」


 許可を得て【アルティナの祭壇】を退出する。これ以上あの場にいたくなどない。


 三年前に彼女の義兄ぎけいである第二皇子殿下を祝福した時と大違いの日だった。


 彼は礼節れいせつに乗っ取り、完璧に儀式を遂行した。例え形だけの礼式も此方が心地よくなるほど完璧だったのた。


 あれが【本物】と『偽物』の違いと言うなら笑いが込み上げてくる。とにかくもう二度と関わりたくないと思った出来事だった。


 儀式は無事終わったのか、午後に教皇陛下が私を呼びつけた。


 「今日はご苦労だった」

 「いえ、お役に立てず申し訳ありません」


 教皇陛下についてはあまりよく分からない。一つ言えるなら確かな実力者であるということ。下手な笑顔を取り繕う人じゃなくて、実力主義で評価する人だからある意味『良い人』ではある。


 「呼び出した訳だが、今日は皇女殿下を見た感想を聞きたい」

 「…正直に申しても?」

 「耳はない」

 

 諜報員はいないという隠語。なら、大丈夫だろう。


 「腹が立ちました。アレが国の指導者としての器とは、到底思えません」


 嘲る様に『聖女』の微笑みで毒を吐く。下級貴族ならいざ知らず、皇族があんなものでは先はない。


 「…そうか。随分と低い評価となったな」


 「教皇陛下は、皇女殿下の醜態を見て何処に褒めるべき点があったとお思いですか? 私は権利だけを享受し、与えられた責務を放棄する愚か者を視界に入れたくすらありません」


 教皇陛下はゆっくりお茶を口に含む。


 「ふむ、そうだな。確かにそうお前を育てたのはこの私だ」


 「私が【聖女せいじょ】の責務を全うするように、皇女殿下にも【皇族こうぞく】としての責務を全うして欲しいですが、その為に関わりたくはないというのが本音です」


 「それでいい。シルティナ、あのような人間とは極力関わりを断ちなさい」

 「承知いたしました。それと一つご報告が」

 「言ってみなさい」


 「財政管理書に不明な箇所が幾つか存在し、照合しょうごうしたところ中級神官四名の不正が発覚しました。神官剥奪の許可を得ても?」


 「よろしい。与えられた責務を放棄した者共に慈悲はいらないのだ」

 「ありがとう存じます。それではおいとまを」


 深くお辞儀をしてようやく部屋に戻る。はぁ…。ため息が尽きないのは心労のせいだかりきったことを自問自答しながら山のように積み重なった神官要請書類に目を通す。


 書類仕事をこなしながら、皇女の外見を思い出す。設定上侍女の人為的な取り違えでできた『偽物』だけど、どうしてか皇族の特徴に似た外見をしている。

  

 皇族の象徴とも言える青藍色(サファイア)の瞳によく似たくすんだ色合いの青い瞳。青藍色(サファイア)の瞳は初代皇帝がアルティナから寵愛された証だから血族以外が持ち合わせるはずかない。それが単なる青でも同じだ。


 ここで考えられるのは二つ。一つは皇女が皇帝以外の皇族との子孫であること。でもこれは限りなくゼロに等しい。だって現皇帝が帝位についた際に親族もろとも皆殺しにしてしまっているから。


 二つ目は、禁忌に指定されている魔道具(アーティファクト)を使用しているか。勿論皇族の瞳は魔道具(アーティファクト)であっても完璧には作り出せない。それでも皇女のような青い瞳は可能だ。


 しかしそんなリスクの高いことをあの頭の軽い皇女が一人で隠し通せることができるのか。結論で言えば無理だ。なら、一部の人間は既に『偽物』だと承知の上で隠しているのではないか。


 だからこそ原作で偽物皇女を皇帝が溺愛することはなく、本物が現れた地点で甘やかすシーンが描かれていた。一応辻褄としてはすじが通っている。


 うん。これは良い情報を手に入れた。知っていて隠匿するのと、知らないで後から発覚するのでは十も百も違う。とにかく情報は大いに限る。


 明日は午前中に東の大貴族に祝福を祈祷して、午後は信者達への治療。


 教皇陛下は存分に私を使い潰す気だ。その分にはもはや構わないのだが、【聖女】の仮面を四六時中着ける身にもなって欲しい。


 前世の基準じゃ立派な過重(かじゅう)労働だけど、鉱山の鉄鋼員として()した金で使い潰されるよりはまたマシだと知っているから文句は言えない。


 こんなブラックが染み付いた世界線に再度溜め息を吐いて、目の前の書類の処理に慣れたように手を動かし始めた。


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