貴族からの評判
建国祭が幕を閉じてから数日。
未だ皇城の来賓として滞在している各国の使節団のそれぞれと交流を取ろうと貴族達の出入りが激しいがそんなことを気にせずに私は当初の作戦を実行に移していた。
その作戦とはすなわち、脱税や横領と言った重罪の取り締まりである。
本来こういうのは暗黙の了解という名目で貴族間でよく横行している。だからよっぽどのことじゃなければ皇室は動かない。それこそ小さなことに目溢しをしなければキリがないからだ。
当然そんなことも分からない程頭は鈍ってはないのだが、それをするにあたっての利益を考えるとこの作戦は必須とも言えた。
まずオルカ、つまり神殿と少しでも関わりのある貴族派の抑制。完全に潰すことはできなくともこれだけで多少行動範囲を狭めることができる。これは大きな収穫だ。
次に金品の押収。ぶっちゃけ言って金目当てである。
横領は多額の赦免金で、脱税は家門取り潰しの末全財産を皇室への返却となる。たとえ男爵家であろうとも十も取り潰せばそれだけで城一つが建てられるのだからこれ程良いものはない。
そもそもの話罪を犯していなければ該当しないのだから、恨むなら自分を恨めばいいというもの。
まぁ他にも色々と理由はあるが大きく言ってこの二つだろう。
建国祭は大々的な社交の場ということもあってほとんどの三下が警戒心を持たず羽目を外す。よほどの臆病者でも取るに足らないため指示を受けた皇室の影が随分と証拠を持ってきてくれた。
とりあえず目星の付いた家門を片っ端から指示したけど八割方成功と言った形かな。
最初から全部当たるとは思ってなかったし、証拠が一つもないということはそれだけ潔白な証明だろう。むしろおじさんの治める国でそういう貴族がちゃんと一定数いて良かったとすら思う。
そしてその証拠をもとに誰もが対抗策も立てられないまま皇室の騎士団に連行されていったのが此処数日間で国民に新しい記憶だった。
わざわざ大々的に騎士を派遣して門の前で大声で罪状を上げたんだからそりゃもう顔面蒼白だよね〜。
ついでにちょいっと私の名前を出したお陰で民達からの支持は大盛りあがり。これぞまさに一石二鳥! 自分が有能すぎて怖いわ〜。
「世間ではお嬢様を支持する声が爆発的に伸びていますが、やはり貴族達の間では横暴などと騒ぎ立て中には既に暗殺ギルドに依頼した者までおります」
「ん〜、もう面倒くさいなー…。どうせ詰んでるんだから余計なとこにお金出さないでいいのに。まぁそれが理解できないからおじさんの恩恵を受けている身で身の程知らずにも汚職なんて犯すんだろうけど」
犯罪で没落した貴族の財産は全て帝国へと帰属する。それが我らが偉大なる帝国法であるが故に、アルティナはこれから入るであろう金貨の差額には目がなかった。
どうせ無駄死にする暗殺者に金を握らせたところで此方の回収が面倒になるという嫌がらせにしかならないというのに…。いや、嫌がらせになる時点でいいのかな?
「はい。それにしても随分とした数になりましたが、根を詰めすぎなのではありませんか? 最近は特に十分な休息も取られていないでしょう」
「そだよね〜。おじさんがいくら片付けるのが下手だからと言ってここまでのさばらせるなんてちょっとサボり過ぎだよね? ある程度数を調整するつもりだったのに芋づる式で見つかるから困るし、これでもだいぶ絞った方なのに…」
比較的まだ軽い横領程度の貴族家門を抜いて徹夜する数の貴族家がいる事自体おかしいのだ。
おかげで最近はまともにユグトゥスの顔も見れてない。その報復として何人かは断頭台の錆となって消えてもらうつもりなんだけど。
にこりと笑ってそんなことを言っているとユディットは激しくそれに同意した。どうやらおじさんのサボりのせいで私が被害を被っている事態に文句があるようだ。
「陛下がちゃんと政務をこなしていればお嬢様がこのような苦労なさることももならなかったのです」
「そうだそうだぁ! ま、その分今は私の為に色々としてくれてるからいいんだけどね〜。…それにしてもあのグラニッツ公爵家がまっさらだったことが癪に触るんだよねー。他の貴族と比べればありえないぐらいに隠蔽され尽くしてて流石最古の歴史を誇る公爵家」
「私が動きましょうか?」
「ううん。別にそこまで気にする必要もない家門だから大丈夫」
積み重なった書類を前にすることが山のようにあるというのにたかだか一つの公爵家如きに構っていられる暇はない。というか潰した方がデメリット多すぎて何の得もないからノー、タッチ!
おそらく帝国建立史上前例のない皇女の独立指揮下のもとで行われる貴族らの裏金調査。
まだ派閥のしがらみもなく後見が皇帝である私だから貴族達が忌避する脱税調査も思い切ってできる。おじさんが長年泳がせていたたくさんの魚を釣るだけの簡単なお仕事だ。
まぁ当然釣られる魚は逃げ出そうと暴れるだろうけどたかだか魚の抵抗などなんの痛みもない。
それも港に害を仇なす魚ならなおさら、むしろ港の民達から感謝されるまであるからウハウハだ。エディスがエディットという貴族派筆頭を味方につけた以上同じ手は使われないしね。
その後見のエディットが民の支持を多く得ているのであれば私はそれを奪ってしまえば良い。それも善行という形で…。
調査をされたほとんどの貴族達の家には行政官を押し入り、かつてない確証的証拠を元に牢に収監される数は昨年の数倍を記録した。
その調査がほとぼりを冷ます一ヶ月という間社交界がザワついたのは言うまでもないだろう。
つい先日会話を交わしていた貴族が一人、また一人と消えその人物に関して噂をする中いつ自分が同じ目に会うのかと戦々狂乱していたことに違いない。
名誉や評判が全ての社交界でたった一度でも汚点がつけば永遠に消すことはできないのだから。結婚適齢期であった令嬢には可哀想だがその費用もどうせ汚れた金なのだから仕方がないだろう。悪いこと、ダメ絶対。
そのせいで私の社交界での評判は最底辺まで落ち込んだようだけどそんな噂を流している連中もどうせ私の前では何一つ言えず跪くしかないのだから面白いものだ。
金で名誉を着飾っているくせに突然現れた素性もわからない人間に跪くことを強要されることを容認せざるを得ない世界を好いているなんて…。
勿論この件は帝国内だけに留まらず諸外国にも知れ渡った。その中には様々な物議を醸しあげる者も多くいたが結局意見は二分割に分かれたそうだ。
『このように自国貴族の恨みを買ってまで民衆に支持を得ようと企む皇女はまたとない愚か者だ』
『自身の立場を鑑みて一切の隙も見せない大胆な行動を取る器の大きさは稀代の策略家に違いない』
などといった賛否両論らしいけど実際私としてはどっちでもいいんだよね。
そもそも民衆の支持を得るのはただの副産物で貴族の数を減らして領土を分割したいっていうのが一番の目的だし、帝国法で反逆や違法な奴隷売買などの大罪を犯した貴族の領土は全て皇室に変換される。
もとから欲しいと思っていた領地はあらかた片付いたしようやく一息つけると思ってたんだけど…、厄介な招待状が二日前に届いたんだよねー。
年に一度ティモシア伯爵家で開かれる帝国最大規模のチャリティーパーティー。慈善事業の一環として多くの注目を集めるそのパーティーは平民の記者なども呼び寄せ寄付総額などをそれぞれ競い合う。
帝国有数の建国当初から続く名門でありながら数世代前に紅茶の生産で巨大な富を築いた伯爵家はまさに格好のパーティー会場だろう。
華やかに彩られた席で孤児たちへの支援を募るのだ。
その半分程がパーティー準備資金で消えるみたいだけど数ヶ月前から準備を開始して毎年形も変えているのなら当たり前といえば当たり前か…。
さて、これをどうするか。別に今まで通り出席しなくても良いんだけどもう調査もあらあた終わって収束したし何と言っても有数貴族のほとんどがこのチャリティーパーティーに現れるんだよね。
その中には勿論エディスやエディット、第二皇子であるウィルスもいるんだろうし他の貴族達の態度も気になる。誰を派閥に置くかも正式にまだ決まってはないのだからある程度見ておいて損はないだろう。
「ユディット。便箋を用意してくれる? 返事を書かないと」
「出席されるのですか?」
「うん。たまには顔も見せないと噂任せに調子に乗せちゃうでしょ? それに悪女のイメージも薄らいじゃうし」
「それに関してはもう十分だと思いますが…」
「やだな〜、それじゃあ駄目でしょ? 過剰なぐらいが丁度いいんだよ。ユディット」
「お言葉が過ぎました。すぐにご用意致します」
急ぎ早に部屋を出て便箋を用意しに行くユディットを見守って紅茶を一口味わう。
確かに言う通り今のままでも十分だけど、どうせなら欲張ったほうが良い。わざわざ好かれたいとは思わないのだから中途半端にやるぐらいなら徹底的にした方がマシだろう。
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チャリティーパーティーまであと数日。今日はユグトゥスの病状を見てもらうために皇室専属医と対面する日だ。
どうやら皇室主治医の推薦らしく異国の者ではあるが医学の知識に関しては群を抜いているらしい。
独自の治療法も確立しているとかで彼の治療によって回復に向かってケースは数多いと言う。現在治療法が分からない以上少しでも可能性にある方に賭ける他ないだろう。
「帝国の小さな星に祝福があらんことを。皇室医のルーク・ニューティクルトと申します」
「話は聞いているわ。名医だと伺ったけど、驚いたわね。まさかこんなに若いなんて…」
高く見積もっても十五前半だろうか。背格好が同年代よりは高いがまだ顔立ちから幼さが抜けていない。
そしてそんな私の反応も慣れているとばかりにいる落ち着き様は間違いなく経験に富んだ医者そのものだろう。
「御不安に思われる御気持ちは察しいたしますが、どうか御安心ください。医学の知識だけなら義父であるティオニス様にも勝る自信があります」
「あぁ、家名が一緒というのはそういうことね」
「はい。ティオニス様が私の才能を見込んで養子縁組を設けさせてくださいました」
「分かったわ。まずは患者を診てもらいましょう」
私はまだお昼寝中のユグトゥスのもとまでルークを案内する。
触れてもよいかとの言葉に了承し診察が始まると、私はどうも気を張っていたのかその一挙一動を見届けていた。
数分の診察を終えた後ソファに掛けて話すことになる。
「率直に申し上げますと、ユグトゥス殿下の回復を見込む治療法はありません」
「…そう。いいのよ。分かっていたことだもの」
そうだ。別にこんなに簡単に上手くいくなんて思っていない。
神力の発展した聖国の書庫にも記載されていなかったのに、いくら帝国の最高医に診せたところで神力過剰症候群の治療法なんてありはしないのだ。
「ですが、病気の進行を遅らせる方法なら存在いたします」
唐突に発したルークの言葉はまるで、一種の天啓のようなものだった。
おそるおそる事実かと問いただせば力強く頷くルークを見て、嘘偽りはないと悟る。私はホッ…とようやく肩に重く乗し掛かっていた不安が軽くなった心地がした。
以前私が提示した器を広げるという治療法は、治療とも言えない程強引なものだった。
身体が発達したある程度の年頃に慣れば問題はないが、実際未発達の赤ん坊にそれをやってみせようものならどんな副作用を起こすか分からないからだ。
それを少しでも病状を抑え込んでくれるというのなら少しでもその可能性を削ることができる。それだけでユグトゥスの生存率は引き上がるだろう。
あんなに安らかに眠る我が子が元気に生きてくれるだけで、母親としてそれ以上のことはないだろう。
「以前同様の症例があったことを微かにですが記憶しています。その方は魔力過剰症候群の症例でしたが、おそらく必要なものはさほど変わらないでしょう。当然帝国に普及するような一般的な薬ではありませんが、殿下は私を信じて頂けますか…?」
「…貴方が作った薬をまず私に渡して頂戴。それを飲んでから安全に問題ないことが分かったらユグトゥスに服用させるわ。それが信頼の証拠よ」
「ありがとうございます。殿下」
おそらくルークはその見た目故に侮られ腕を信じてもらえなかったこともあったのだろう。
それで患者を救えないといったことも幾つかはあったはずだ。だからこその確認だとは思うが、どうやら私の応えは彼の信用を買うには十分だったようだ。
ふと無感情だった瞳に安心の色が宿ったことで感情の面ではまだまだ彼も幼い子どもなのだと改めて思い直し、ユグトゥスを少しでも救ってくれるのなら私もこの恩を必ず返そうと心に誓う。
人間は嫌いだけど大切な人の恩人ともなれば話は別だしね。そこまで薄情な人間じゃないだけまだマシかな。
…とにかく少しでも救いの手立てがあって良かった。
ルークが部屋を出た後丁度眠りから目覚めたユグトゥスにミルクを飲ませてごくごく…と元気良く飲んでいく様子に、私はカーテンから溢れる淡い光の内で少し笑った。