表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一人童話祭  作者: 狭間
6/6

雷の呼び声

 おお、どうした?ワシのかわいい孫よ。何?雷が恐ろしくて眠れない?

 ふむ、確かにあの大きな音、そして地面を焦がすほどの大きな力は恐ろしいと感じるのも無理はない。

 だがの。この世に自然の力で恐ろしくないものなど一つとしてないのじゃ。

 炎は一瞬で家をもやし、水は全てを飲み込んで流し、風はどんなものをも吹き飛ばし、大地は時に怒り、上に載せている物をたいらげてしまう。

 雷もまた同じようなものなのじゃよ。


 ん?何か言いたそうじゃの。なるほど。確かにお前の言う通りじゃ。

 炎は僅かなら暖かいし、水はワシらの渇きを癒す。風は船を動かし、大地がない生活など考えられないじゃろう。

 それなのに雷はわしらを驚かせるばかりでなにもやってくれないと。


 それならば、一つ、昔話を話してやろう。


 それまでには雷も治まるじゃろうて……。



________________________________________________________________________________________________________



 昔、あるところに一つの村があった。

 その村ではたびたび色々なことが起こるのじゃ。

 火事、洪水、地震、大嵐などじゃな。


 本当ならそんな大きな天災がたびたび起こってしまっては村人はどこか別の場所に行ってすぐ滅びそうなものじゃが、その村は長く続いていた。

 というのもその村は色々な祠があったのじゃ。

 炎神の祠。水神の祠。地神の祠。風神の祠。

 天災が起きてもそれは自分たちが自然を敬う気持ちを忘れているから。

 彼らの力を借りるだけ借りて感謝の気持ちを失っているからと。


 村人たちはそう考え祠をたてて祈った。



 まあもともと自然とうまく付き合うことを考えていた村だったから天災が起きてもうまく立ち直ることができたのじゃ。

 しかし、一つだけ困ったものがおった。



 雷じゃ。

 普段雷は神が人に警告をするために落ちると言われておった。




 しかし、雷の神は悪戯好きでの。それ以外にいたずらに人を驚かしたり、樹を焦がしたりと何の前触れもなく現れたのじゃ。

 もっとも、雷からしてみたら悪戯と言えるのじゃが人間からしてみたらそれは残酷な行為であったろう。

 鳥が驚いて卵を産めなくなったり、野菜が駄目になったりしたのじゃから。人間が殺されることはなかった。雷が鳴っているときに外に出る者もおらんかったしのう。

 一応雷神の祠も作られはしたのじゃが、なにせ人々に危害を加えるだけの存在だったからのう。

 他の祠と比べて祀るものはおろか立ち寄る存在すら稀じゃった。おびえながら祈る人間はいても敬う人間はいなかったのじゃ。

 ほっほっほ。そうじゃな。お前と同じようにじゃ。



 あの日まではな。




_____________________________________________________________________________________________________




 その村にかつてないほどの災害が起こったのじゃ。

 



 野菜が腐り、魚は水に浮かび、不快さを催す臭いが村中を包み、毎日のように犠牲者が出ている。

 突然のことで対策も碌にできずこのままでは村は滅んでしまうと。 


 何せ火でもなく水でもなく風でもなく大地でもない。むろん雷の仕業とも思えない。

 だから原因を探るべく、若者がこうして旅に出ていると言うことだった。


 人々は何に祈ればいいのか。どうすればいいのか見当もつかなかった。

 


 火に祈っても物は食えず。水に祈っても川は蘇らず。風に祈っても匂いはやまず。大地に祈っても野菜は育たず。

 これは神の怒りか悪魔の呪いか。

 どうにかするべきということで村の若者達が選ばれて外に出たのじゃ。何が原因かを探るためにな。



 その中に一人の若者がいた。

 まあ何の変哲もない若者じゃ。特に力が強いわけではない。知恵もあるわけではない。

 ただ若者というだけで選ばれた、それだけのことじゃ。


 

「暇だなー。お、若い男の人が居る!」



 ちょうどその時、ある雷が久しぶりに地上を見渡していてな。たまたまその若者が目に入ったのじゃ。

 普段、人に警告をする程度しか役割がなかったと言うのもあって暇じゃったのだろうな。

 おどろかしてやろうとその若者の近くに雷を落とそうとした。



「えい!」



 ところがじゃ。若者は不意につまづいてしまっての。足元に石ころでもあったのじゃろうか。そのまま倒れてしまったのじゃ。

 さらに運の悪いことに倒れたその場所に雷が落ちてしまったのじゃ。

 当然、若者に雷が当たってしまった。



「どどどど、どうしよう? ぼ、ぼくがやっちゃったのかな?」

 


 雷は慌てた。

 今までいたずらに人間を殺したことはなかったのじゃ。

 炎も水も大地も風も人間を殺めるのには人間には理由があるのじゃが、雷はせいぜい警告を破った人間を罰するぐらいしかない。もっとも人間にその警告がわかるかどうかは別じゃったがな。

 ともあれ、晴天のなか、突然自信の分身である雷を落としてしまったのじゃ。無実の者を殺めると言う自分の行為に恐怖を覚えた。

 このままではいけない。そう思い、若者に近づいた。



 息はまだあるが、このままでは時間の問題じゃった。

 慌てた雷はどうしようかとおろおろとしたがこのまま捨てるわけにはいかないと人間の体に自分の体を重ねた。



 するとどうじゃ。魚のようにその若者の体が跳ねたかと思うと雷はその人間に乗り移ったのじゃ。

 全く経験のないこと。雷は大いに戸惑った。

 しかし、虫の息だった若者の命は間違いなく回復しておった。なぜわかるかって?



「う、うう……」



 若者の声が聞こえたのじゃ。今にも消え入りそうになりながらもな。もっともその時は特に意味のないうめき声じゃったが。

 雷は不思議に思いつつも体に乗り移れたことがなかなかに楽しい。

 実体のない今迄の自分の体と比べてどこか不便ながらもどこか安心する。



「これが人間の体かぁー……。なんだろう? 楽しいな!」


 

 あたりを走り回ったり、樹に昇ったり、その場で寝転んだり……。ふだんできないようなことも人間の体ならできる。

 何千年も生きた雷じゃったが経験したことない体験じゃった。

 やがて若者の声が聞こえてきた。水を……水を……。という小さな声がな。


 雷は一度このあたりだけだが空から見渡していたからの。川の場所などすぐわかった。

 駆け足で川まで到着する。


 しかし、困った。水をと言われたがどうしたらいいのだろうか?

 確か人間が顔に水を近づけているのは何度か遠くから見たのだが、遠すぎて顔のどの穴に入れていたかが分からなかったのじゃ。

 しかたないのでよく水が入りそうな、真ん中の二つの穴に入れてみたのじゃが。



「ゲッホゲッホ……」



 もちろんむせ返った。こんな苦しい経験はなかなかない。しかし、よく聞くとむせ返る声が二重に聞こえてくるようじゃ。

 どうやら雷と一体化している若者の意識が目覚めたらしい。声が完全に聞こえるようになった。



「い、一体何が起きたんだ? そうだ。俺は雷にうたれて……」

「おい、お前がこの体の持ち主か?」



 若者にとっては不思議なことじゃが、自分が話した覚えのない言葉が自分の口から出てくる。恐ろしく威厳のある言葉じゃった。

 もっとも、それは雷が無理をして大人ぶっていただけじゃったのだがな。

 しかし、若者はその威厳のある声に、ひどく恐縮した。まあ自分のものなのじゃが。



「あ、あなた様は一体……? それよりこれはどうして……」

「ぼく……いや、わしは雷。うっかりお前を傷つけてしまった。その詫びに今体を借りてお前の体を治している」

「雷……。もしや、あの恐ろしく音と光を放つあの雷ですか!? ということは雷神様ですか!?」

「らいじん……?」



 雷は聞き返す。この世界に言葉という物が生まれて以来自分には雷と名付けられ、他の名前で呼ばれたことはない。

 ましてや神などと畏れ多いものと自分が同一視されているとは思わなかったのじゃ。

 もっともこの考えはこの村独自のものじゃったのだが、雷はひどく慌てた。



「雷神などというものではない。わしは雷。ただそれだけじゃ」

「へ、へえ……。では、雷様ですか。して、雷様はどうしてこんな晴れの日に地上においでになさったのです?」

「む、そ……それはだな」



 まさか暇つぶしでちょっと脅かしてやろうと思っただけなんてことは言えず言葉に詰まる。

 しかし、若者の方から合点がいったと言う表情を浮かべたのじゃ。



「あ、もしかして、この村で起きている天災を解決しに来てくださったのですか?」

「天災?」



 思わず聞き返したが、頭の回転の速い雷は咄嗟に答えた。



「あ、ああ、その通りじゃ。お前さんの詫びにその天災を解決してやろうと思ったのじゃ」

「ああ、やっぱりそうでしたか!」



 川の水に映る若者の表情が喜びに変わった。時折、困惑した表情に変わることに気が付かずにな。

 まあ少し考えれば天災が起きた後にこの雷がいたずらをしたのじゃからこの言葉はおかしいと言うことになるのじゃが、若者は喜びのあまり気がつかなかった。

 そして雷は内心どうしようかと悩んでおったのじゃが……天災というからには火か水かあるいは風が関わっていること。

 最悪仲間に頭でもなんでも下げて止めてもらえればいいと言う簡単な考えでいた。

 それならば自分がある程度頼めば融通は効くだろうと思っていたのじゃ。

 そこでうまくごまかしてその天災について聞くことにした。



「うん。それでだな。そうだ。さっき川の水を急いで飲もうとしたら水が入ってしまったからな。それでどんな天災だったか忘れてしまったのじゃ。今一度説明してくれないか?」

「は、はい! わかりました!」



 若者は村で起こっていること。そして人が苦しんでいる理由について詳しく話し始めた。

 川が汚れ、大地は腐り、風は病を運ぶ。そして生物がどんどん犠牲になっていると。


 


 しかし、話せば話すほど、雷の困惑は増していく。

 いままでそんな災害は聞いたことがない。

 そもそも多少の生物ならともかく魚や動物全てを巻き込むほどの毒を神が生み出すものなのだろうか?

 流行病という可能性もあるが、それでも人間以外の生物がかかるのもおかしい。



 雷なのでそれなりに長く生きているのだが原因をどうやって解明すればいいのかわからなかった。

 そこで自分から若者に聞いてみることにしたのじゃ。



「それで、お前はどうしようとしたんだ?」

「は、はい! 私は水神様を祭る祠の先まで調べることになっていました!」



 確かにもし川の水が災害を運んでいるということならば川の流れる向きを逆に進んでいけばわかるかもしれない。

 そこで水の神をまつっている祠のそばを流れている川から辿ってみようと思ったのだ。

 納得した雷は改めて若者に協力することにした。



 まあしばらく雷が若者の体の中にいないと命をつなぎとめておけないからというのもあったのじゃが。



_____________________________________________________________________________________




 それから川の流れを戻って二人は、まあ歩いているのは一人なのじゃが……歩き始めた。

 途中、橋がなければ渡れないような崖があったが、一足で飛び越えてしまった。

 道に迷いそうな深い森もあったがまるで知っているかのようにするりと抜けてしまう。

 熊や蛇など人間を見つけたら喜んで襲い掛かってきそうな生き物も若者を避けた。



 むろん、この若者の力ではなく、雷が取りついていたからじゃったのだが。

 本当に襲い掛かってきた猪などもいたが……。獣が遠吠えを上げた瞬間に雷の意志で若者は懐に入り、一瞬で急所を突いて再起不能にさせたのじゃ。

 そして苦も無く旅人の持っていた布きれに縛り付けるとそのまま何も持っていないかのように歩き始めた。


 

 正直な話。この雷がいなかったらこの冒険はすぐに終わっていたじゃろうな。何一つ進展せずに。若者の死という形によってな。



 その晩、まだ汚れていない魚も何匹かみられる湖を見つけたので休むことにした。夕飯はさっき狩った猪、野草、魚など豪勢なものじゃった。二人いても体は一人。しかし雷の体でもある若者の体は大量の食べ物をまたたくまに平らげてしまった。

 そして、退屈だったのじゃろう。雷は色々と話し始めた。自分の仲間の火や水や風や大地の事。色々な世界の事などじゃ。


 若者にとっては非常の面白い話じゃった。大体の火は人間の忠実なしもべ、人間に敵対しているように見える火は人間が使い方を誤るからとか、大体の風は定期的にドジをする、そしてたまに加減を間違えてあたりのものを吹き飛ばしてしまう。それを詫びるために吹き飛ばしたものがあった大地に恵みを運んでいる、といった話じゃった。

 若者は大体の、という言葉が気になった。



「すると、火や風にも例外はいるんですか?」

「当たり前だろう。人間だって賢いものから愚かな物、太ったものから痩せたものがいるんだからな。自然にもいろいろある。まあある程度自分が見守っている大地を離れること滅多にないがな。それに雷はほとんどいないがな。生まれることがないから」



 そのあたりは少し若者にはわからない話じゃった。あくまで自然は神そのもの。といった考えを持つ村に住んでおったからの。



「だから……その……なんだ、雷が人の役にも生物の役にも立つことはないからのう。あまり生まれることはなく、ワシが常にほうぼうを出回っているわけじゃが」

「でも、風だって最初は何の役にも立たなかったですし」

「ぼくを……いや、ワシを慰めているつもりか?」



 若者は一瞬だけ聞こえた雷の幼い声に一瞬、戸惑った。しかし、その後に続く威厳のある言葉に気のせいだったと思うことにしたのじゃ。

 まあ雷は、ごまかすために盛大に咳ばらいをしたのじゃがな。



「さっきも話しただろう。風は早くから人間と友になった。世界では風の力を利用して物を動かすような仕組みはどこにでもある。この国ではあまり発達はしていないようだがな。水は生物になくてはならないもの。生物とつながるのも早かった。大地はもう生物が生まれたときから保護者として存在している」



 若者が聞いているのはあくまでも自分の声。しかし、雷から伝えられるその身の上話はどこか悲しさも同時に感じるものじゃった。言葉が伝わらずしばらく黙りこんでしまった。

 夜もだんんだん老けて言ってただ一匹、カラスが遠くの方で鳴いたということ以外は何の音も聞こえない。おそらく雷にすべてのものがおびえているのじゃろう。

 だから、二人の沈黙破るものは何もなかったのじゃ。 

 どれくらい時間がたったじゃろうか。雷がぽつんと語り始めた。



「だからこそおかしいのだ」

「え?」



 突然の声、そして、突然の全てを知っているような雷の戸惑いに若者も同じように戸惑う。



「火が反乱を起こすかのように人間の言うことを聞かず、水は自身を浄化せず生物を苦しめ、風は病を運び、大地は荒れ果てる。まるですべての神が反乱を起こしたような……。この土地の自然の神たちはいったいなにをしているのか……」

「この土地の自然の神と話すことはできないのですか?」


 

 若者はその言葉に対して自分の首が左右に振られるのを感じる。



「なんどワシが語りかけてもなにも反応がない。もしや、何かあったのかもしれない」

「何か……神様も脅かすようなものがこの世界にあるのですか」

「普通はないはずなのだが……」



 また黙り込んでしまう。どうやら深く考え込んでしまったようじゃった。しばらく黙っていたのじゃが、ふと若者は、突然、なんの前触れもなく。ずっと若者が。いや、若者の住む村全体が効きたかったことを聞きたくなってしまった。

 なぜなのかわからない。だけどこの機会を逃したら一生聞けないような気がしたのじゃろうな。

 可能な限り、うやうやしくなるように聞いた。



「雷様は」

「ん?」

「人間はどう思っているのですか?」



 その声は色々なものが混じっていた。震え、おびえ、期待、好奇心……。そのせいかどこか声の調子も外れておった。

 その言葉と声にどこかおかしさを覚えたのじゃろう。



「はっはっはっはっは!!」



 雷は大いに笑った。若者はじっと次の言葉を待つ。その期待にこたえるかのようにすぐに笑い終え、話しはじめる。




「嫌いだったら最初からお前など、捨てておるわい。もっとも好んでいる、とも言い難いがな。他の自然達もおおむね同じじゃ。時折、傲慢で、時折、愚かで、時折、残忍。捨てたいと思った回数は百や千では足りないと言っておったぞ」

「え、ええ……それは大変な無礼を!?」

「よい。気にするな。神も同じなのだ。傲慢で愚かで残忍……時にそんな神が一人、あるいは何人も生まれる。しかし一人がそうだったからといって残りがそうとも限らない。さらに大多数がそうだったとしても残りはそうとは限らない。どこか人間と似通っているところもあるのじゃ。いや、もしかしたら神が自分たち自然の神と同じようなものとして人間を作ったのかもしれないがな」



 だからこそ、と雷は言葉を続けた。



「時に人間を助け、時に人間をさばきたくなる。そういうことなのかもしれん。自分たちほどの力は持っていないが、自分たちとどこか似ている。だから、どこか放っておけないと」



 神から語られる神の話……。遠い存在だと思っていた神の意外な話に、若者は驚きを隠せなかった。もっともこの雷と会ってから驚かないことなどほとんどなかったのじゃがな。



「雷様は……雷様もそうなのですか」

「え?」

「雷様もだから私を助けてくださったのですか?」



 今度は笑わない。じっと考え込んでしまった。そもそも若者を助けたのは自分の失敗、さらにいえば自分の悪戯のせいなのだ。

 じゃあ何故、いたずらをしたのか。

 


 それは、自身の力が大きすぎて、人間を助けることはできず、裁くことしかできなかったらから。

 時々悪戯もした。他の自然の神がうらやましかったのだ。自分はただ裁くとき以外は何もすることができず、はるかに離れたところで人間を見ることしかできなかったのだから。

 

 しかし、今気づいてしまった。


 自分は、この若者を、助けている、と。

 自分のしたことの償いとはいえ、人間に手を貸しているということを。


 その事実に気が付くと急に雷は気恥ずかしくなるのを感じた。

 


「雷様?」

「なんでもない。ほら、もう寝るぞ。いくらワシでも不眠不休は無理だ」



 突然話を切り上げて雷はそのまま黙り込んでしまった。

 若者はゆっくりと体を横にする。そろそろ起きているのも限界じゃった。雷のことは気になったじゃが自分がどうにかできることではない。と思っていたのじゃ。

 少なくともその時はな。



________________________________________________________________________________________




 それから森を抜け、洞窟で迷いそうになりながらも雷の力で明るく照らして易々とぬけてしまったり、到底すすめなさそうな山があってもあっというまにひょいと超えてしまったり。

 若者にとっては間違いなく大冒険じゃったのだが、雷にとってはどうということはなかったようじゃ。

 もっとも、時々、通る湖や透き通った洞窟の壁に映る、顔、まあ若者自身のものなのじゃがその顔は浮かないようじゃった。



 そして進んでいくうちに、徐々に大地はさらに荒れ果てていった。

 水は黒くなっていき、樹は決して元通りにならぬほど枯れ果て、大地もどこか色あせている。

 何より、足を進めるうちにつよくなっていく匂いと息苦しさ。


 若者は必死にこらえていた。雷もどこか嫌そうな雰囲気を出している。

 そして、光すら徐々に薄れているのを感じておった。空を見上げると厚く、黒い雲が太陽すら隠しておったのじゃ。


 若者はじぶんはもしや、生きている人間が決して訪れてはいけない、さながら地獄へと向かっているのではないだろうか。

 そのような考えまで浮かんでしまったのじゃ。



「雷様、これ以上進んで大丈夫でしょうか?」



 思わず雷に対してそんな弱気な声を出してしまった。



「……」



 雷に返事はない。ずっと前に進んでおった。しかし、その雰囲気はさきほどの浮かない様子とはまた違ったものじゃった。

 大きな戸惑い……そしてそれ以上に、何かを焦るかのように。なにかの答えを求めるかのように。

 若者の考えとは別に若者の足は早足で向かっていく。



 そして、次第に、目の前が暗闇になっていく。

 歩みは止めない。前に進み続ける。したがって闇も徐々に深くなっておった。

 いや、闇と思っていた物は違った。それは目の前の太陽の光を遮っておったのじゃ。

 


 空をも覆い尽くすほどの巨体。それが放つ鼻が捻じ曲がるほどの臭い。耳から体内を壊すほどの轟音。

 光とは到底思えぬほどの濁った光。

 間違いなく、若者の村をおかしくした原因というような化け物が目の前に追ったのじゃ。



「で、でたぁーー!!!」



 まるで悪夢を目の前にしているかのような恐ろしさを若者は覚えた。


 近くを流れる川はちょうどその黒いものから流れていたのじゃ。

 死と苦しみの運び屋となってな。


 若者の考えは正しかった。確かに川の流れの逆に原因はあったのじゃ。しかし、そのことを到底喜ぶ気にはなれそうにない。

 それどころか腰を抜かすほど恐怖に震えておった。おそらく動けたらすぐに今まで来た道を引き返したじゃろうな。



「しっかりしろ」



 雷の声が若者の中で響く。光さえ届かない中で唯一の希望ともいえるものじゃ。体の中から聞こえるその声に若者は縋り付いた。



「か、雷様……これは一体……」

「確かに見たことがないな……だけど、なんだか……」」



 若者の目を通して雷はじっと目の前にあるものを見つめていた。雷には若者ほどの恐怖を覚えていなかったからそれが何かによってつくられた建物ということが分かった。

 しかし、わかるからこそ大いに戸惑いを覚えていた。自然のものではない。間違いなくつくられたもの。だがその中に感じる力は、雰囲気は……。



「ぼく……いや、まるで……」 

「雷様?」



 首を振る。雷が。首をかしげる。若者が。



「入るぞ。入れば、お前の村の異変も……ワシの疑問も解決する」

「え、入るって……? それに疑問?」



 若者の疑問には答えず、雷は走り出した。目の前の化け物に向かって。

 その姿を見た目の前の黒い物体は黄色い光を若者に飛ばしてきた。それを地面を蹴ってすんでのところでかわす。

 次々と光は雷と若者を襲うが、すべてを避ける。避けた地面は物が焼けるような音が聞こえる。

 若者は生きた心地がしない。まるで雷に体を引っ張られているような感覚を覚えておった。



 やがて黒い壁にぶち当たると。



「うらあ!」



 見えないものを蹴り飛ばすかのように足を振り上げた。

 その足が何かにぶつかった瞬間、今迄とは違う場所が開かれた。

 光線の攻撃はまだやまない。まるで雨宿りするかのようにためらいなく、雷は入り込んだ。

 情けないことに若者は足の痛みに気を取られていたがな。



「ほれ、しっかりしろ」



 バチっという音が体の中でしたと思うと痛みは消えておった。

 そして入り込んだ場所の異様さに再び若者は言葉を失ったのじゃ。

 ホタルのように光を発する何かが天井にくっつき、左右も上下も灰色の壁に覆われている。前にだけ通路が続いているみたいだが、その先はまた左右に道が分かれていた。

 そして臭いは多少薄れたもののやはりどこか息苦しさを感じるのだ。

 明らかに若者の住んでいた世界とも、森や洞窟と言った場所でもない。



「こ、これは……」

「なんだかわからぬ……。だが」



 雷は上にくっついている光っている何かを見上げた。火のような熱さも太陽のような眩しさも感じない。

 不気味だったがほどよい光だった。



「やはり、ワシと同じ何かを感じる」

「か、雷様と……? するとこの化け物は雷様の」

「先に進むしかない。行くぞ!」



 若者の言葉を遮った。そして、道をかけぬけていく。

 途中赤い目で光る何かが邪魔をしてきたが、雷はそれを拳一つで打ち砕いて行った。

 バラバラになる何かはとても恐ろしかったが、若者はそれよりも、なぜ雷がここまで焦るのかが疑問でしょうがなかったのだ。



 やがて、広い部屋に出た。

 炎のように赤く光るもの、空を映す川の水のように青く光るもの。そして、どこか息が詰まりそうなほどのいろいろなものが置かれて追った。

 そして一番奥に壁に向かって腰を何か落としている男がいた。その時黒い髪しか見えなかったのじゃが、それすら見えなかったらそのものが人間とおもうことすらできなかったじゃろう。腰かけていた物から立ち上がり、振り返る。

 何やら白いものをまとった男が一人いた。落ち着いた様子からして、どうやら若者が来ることは想定内だったようじゃ




「このジダイのもので、ここまで来れるものがいるとは驚きだな」

「……?」

「何が目的だ? ジュウか? キカイか?」



 若者は当然のことじゃが、雷にもなんのことだかわからなかった。

 ジダイとはなんなのか、オドロキは驚くと言う言葉で正しいのか。それにしては目の前の男はあまり驚いているようには見えない。 

 それにジュウやキカイとい一体……。



「その前に我の疑問に答えよ」

「なんだ?」



 雷の威厳のある言葉にもまったくひるむ様子を見せない。内部から響くようなその声は若者にとっては恐ろしくて仕方がなかったのじゃが。

 しかし、目の前の男もまた雷を宿している自分をじっと見つめている。もしかしたら、この男も雷様とおなじほどの力を持っているのかと若者が考えた。



「一体、なぜ、雷の力を使っている? なぜ、人々を苦しめている?」



 はっきりと答えよと言わんばかりの静かで、そして厳かな声だった。目の前の男も冷静に答えた。



「雷の力はまだ使えていない。最終目的ではあるがな。人々を苦しめる? ああ、確かに廃棄物を川に捨ててはいたな。しかし、些細な犠牲だ。放っておいたらこの国そのものが滅ぶ」

「些細な犠牲だと? 俺らの村がどれだけ苦しめられていると思っているんだ!」



 今出た言葉は雷の言葉ではなく、若者の言葉だった。ずっと雷の威圧に押されていたが、自分たちを苦しめていたことに何の戸惑いも覚えなかった目の前の男の言葉に負けないくらいの怒りを示した。

 二つの怒りはまるで、燃え上がるようにあたりを照らす。



「ああ、些細な犠牲だ。やがてこの国はこのままだとなくなる。そうなるぐらいなら過去の人間に少しだけ苦しんでもらうぐらいどうってことないだろう。そのためにはどうしても雷の力が必要なのだ。それとも、それでも納得ができないのならば、私を止めるか?」



 男はなにやら黒いなにかを出した。それが何かはわからないが、どこか殺気のようなものを感じる。

 そして二人は目の前だと男はあくまで冷静だが、どうじに狂気をどこで背負っているとそうも感じたのじゃ。

 もっとも言っていることの半分もわからなかったのじゃがな。



 そして雷と若者は目の前の男に向かっていった。

 彼はほんの少しだけ、自分手元の指を動かしたのが若者がその時にかろうじてみることができたものの最後じゃったかの。



________________________________________________________________________________________________________________________________________________




 じゃがまあ、男はやはり人間じゃった。

 確かに、普通の人間ではなかったようじゃが、超常的な雷の力には到底及ばないものだった。

 もっとも若者としても途中から自分が何をやっているのかを認識することはできなかったのじゃがな。

 というのもじゃ。情けない話じゃが、あの男は黒い筒をにぎっている指を動かした途端、大きな音共に何かが飛び出しての。それで気絶してしまったのじゃ。

 だから雷だけが白い男と戦っていたようじゃ。



 若者が意識を取り戻した後、雷は怒り狂っていた。倒れた男を目の前にしてな。

 部屋にあるものを手当たり次第壊していた。


 手が痛くなると何か細長いものを手に取って。

 細長くなるものは折れてしまったら重いものを手に取って。

 それが砕けると、また手を使って……。



 若者は自分の体が傷つくというのもあったが、それ以上に雷がどうしてここまで取り乱しているのかが気になった。

 そして、何やら若者の体が震えはじめる。

 いや、若者だけが震えていたのではない。地面が壁が天井が、震えはじめたのじゃ。

 雷の暴走をあえて免れたわけのわからないものもどんどんすべりおちてくる。



「雷様! ここが崩れてしまいます! 逃げましょう!」

「くそっ! くそっ! くそっ!!」



 若者の声にも雷は耳を貸そうとはしない。まるでその揺れを助長するかのように暴れておった。

 しかし、若者は諦めず、声を張り裂けるほどの大きな声を出した。



「雷様!!」

「!?」



 体を震わすほど響いた若者の声が届いたのか、雷は正気に戻った。そして、自分たちのいる場所が崩れかかっていることに気が付くと、すぐさまもともときた道を引き返し始めた。

 


「うわあああああ!! 崩れる~~!!」

「黙って、足を動かせ!」



 若者はかろうじて意識は保っていたものの、雷に全て体を任せていた。そして、大きく穴が空いた壁から黒い闇が見える。

 村の習慣として闇は恐ろしいものだったが、今、若者にとっては崩れゆくこの地獄のような場所から逃れられるのなら何でもよかった。

 そして、飛び出して、しばらく走った後、大きな轟音が響く。



「はぁはぁはぁ……」



 雷が出した、疲れか、若者の体の疲れか、わからないが、後ろに響く轟音よりもその息を吐く音の方が響いていた。

 そして、二人とも、意識を手放してしまったのだろう。何も支える力のない若者の体は自然に倒れる。



_________________________________________________________________________________________________________




「おい、起きろ」



 パチパチと弾けるような音共に若者は目を覚ました。

 場所は、最初に雷と出会った場所であった。どうやら寝ている間に雷が運んでくれたようじゃの。

 相も変わらず、一人しか周りにはいないのに、はっきりと声が聞こえる。



「三日間も寝ていたよ。たく、人間はこれだからもろくていけないんだ……」

「か、雷様! ありがとうございます!」



 パチパチという音がやむ。そして同時に、雷は大きくため息をついた。



「……礼なんか言わなくていいよ。今回の出来事もどうやらわしが……いや、ぼくのせいなんだから」

「雷様?」



 突然威厳のなくなった雷の声。間違いなく、それは自分の声であり、聞き覚えのある声なのだが、なぜか初めて聴くような声だった。



「あいつは……どこから来たかはわからない。だけど、今の人間よりよっぽど、優れていて……そして僕の力を使っていた。まるで水で動く水車や風で動く船みたいに。だけど、それは人を傷つけるためだけにしか使われなかった……。あれほどの力を持っていたのに……!」

「そんな……雷様は今回だって俺たちのことを助けて……」

「だけど、原因は僕だった。周りの自然も、人間も傷つけていたのは僕だった」



 若者は気が付いた。

 雷がどうして男と出会ったときに狂ってしまったのか。

 今どうしてこんなに嘆いているか。

 そして、どうして人間にいたずらをするのか。



 人間に近づきたかったからなのだろう。火や水や、風、土のように。



「ぼくは……やっぱり無理なのかな。人間とは仲良く過ごすことは無理なのかな……」

「そ、そんなことないです!」



 若者は再び大声を上げた。間違いなく、自分の中の雷に声をかけているのだが、まるで若者の目には、小さな子供が目の前に立って泣きじゃくっているかのような景色が見えていた。その景色に若者は全力で語りかける。

 放っておけない。おけるわけがない。自分の、自分たちの恩なのに。



「水車だって最初は、無理だって言われていた! 風で動く船だって何度も沈みました! でも、人間は何度も失敗しても最後には成功しました! 間違った方向に行くかもしれない! 火だって水だって風だって土だって戦いで使われて、何人も人や生物を死なせてしまったことがあります! でも、人を救ったり人を助けたりする方法を人は何時だって考えて、彼らへの感謝を絶対に忘れません!」



 若者は声を上げている。目の前の子どもは黙って聞いていた。



「絶対に、雷様だって、今は恐れられるだけかもしれませんけど、きっと人の助けになって、そして人に尊敬されるようになります! 人はおろかかもしれません! でも生きるのに必死ではあるんです! いつかきっと雷様の力を借りて、それに感謝して過ごす日が……いえ!!」



 そこで若者は言葉を切り、自然の神に決意を表したのじゃ。



「俺が! 考えてみせます! 雷様と人間が一緒に生きる方法を! 雷様が現れるたびに人々を感謝をしめすぐらいに! だから……だから……」

「ありがとう」



 若者の声はそこで途切れた。

 今度ははっきりと見えた。全身が眩く光っている小さな男の子が彼の目の前にいるのが。

 ふと気が付くと、自分に響く声がなくなっているのを若者は気が付いた。



「いつか、その時が来るのを待ってくるから。いつまでも待ってるから」

「雷……様」

「短いだけど、一緒に入れて楽しかったよ。じゃあ、元気でね。でもうそついたら、今度こそ君にあたるように雷落としちゃうからね」



 威厳を感じさせず、だけど、とても近しい人としての感覚で雷は若者の目の前からそっと消えて行った。

 後に残されたのはきれいな水を流す川と若者だけ。

 ふうっとため息をつく。それだけなのに、なぜかひどく懐かしい気分を覚えた。



「まだ数日しかたってないし、そうじゃなくても、村のみんなこんな話は信じないだろうな」



 それでも、確かな何かは若者の中に残っていたのじゃ。 

 そのまま川をだって村に帰ろうと若者は歩き始めた。



______________________________________________________________________________________________________________




 それから若者はどうしたかって?

 まず旅に出たの。いろいろな知識を身に着けるためにな。

 

 本来長く苦しいたびで人間には到底不可能とも言われた。

 じゃがな。これが不思議なことだが、雷が若者の体から離れて言ったのにもかかわらず、若者は雷が宿っていた時と同じように体を動かすことができたのじゃ。

 そして山を越え、海を渡り、島に住みついて……。 



 そして色々な知恵と知識を総動員し、ついにわずかながらじゃが、雷の力を使うことに成功した。

 その力により、病に倒れた人間を何人も救ったのじゃ。

 まあ、もっとも雷の力にはまだまだ到底及ばないがな。



 なに? 結局、地獄みたいな世界は何だったのか? じゃと?

 さあな。世の中には不思議なこともあるからの。じゃがな。途中で若者が出会ったあの男。

 あの男も人間を救おうとしていた、今だとそう思えて仕方ないのじゃ。もっともそれが正しかったかどうかはわからぬがな。


 

 若者はいまどうしているか?



 さあのう?



 じゃが、もしかしたらじゃが。



 疑うことを知らない自分の孫にでも自分の過去を聞かせているのかもしれんのう。



 人とともに歩む日が待ちきれない雷の呼び声を聞きながらな。  

お題は自然、残酷、冒険でした。


相変わらず童話っぽくない感じがしたかもしれませんが、私が童話と言ったら童話なのです。


途中の白衣の男が何だったのか、この語り手がどういう人物なのかということはご想像にお任せします。


お題をくれた方、読んでくれた方に感謝いたします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ