油断大敵
「あー、ファーラはそういうトコあるよなぁ」
「そうなんですよ。まったく、自分が特務遊撃隊の隊長であるという自覚を持って欲しいものです」
疲れた様に息をついたキハト。
苦笑したアルハルトがそんな彼の肩を慰める様に叩いた。
二人は今、マンリーニャまでの最後の中継地点である小さな村に買い出しに来ていた。
アルハルトとキハトが物資の買い出しに、ティルティンクルとミリアーネが情報の収集に。
人数が増えると楽だと笑ったのはシルティーナであった。
そうして談笑しながら歩く二人の後をつける一つの人影。
一つ明記しておくと、アルハルトはこの時完全に油断していた。
もっぱら最近の買い出し担当はシルティーナ、アルハルト、クロイツ、ミリアーネ、テドラの五人に限定されて行われていた。
基本二人一組で行く買い出しのアルハルトが組む相手は、自分の主人が居ないとやる気が半分以下になるクロイツか、未だに微妙な距離があり二人きりになるとまるでストーカーの様にこそこそと後ろをついてくるミリアーネか、基本的にどうでもいい存在なので話す事も特になく終始無言になりがちなテドラとかになる。
シルティーナとならまだいいのだが、アルハルトとシルティーナの二人が揃ってアカリの傍を離れるのはあまりいい状況とは言えないので二人が組む事は殆ど無い。
つまり、何が言いたいのかというと、知り合ってまだ日は浅いとはいえ、共通の知り合いを持ち、年も近いキハトとの買い出しはアルハルトにとってとてもやりやすかったのだ。
一応念のためと着せられたローブのフードを村に入る時に被り、事前に騎士団の人間が居ないかもティルティンクルに調べて貰ったので今のところこの村にアルハルト達が気を張って注意しなければいけないモノは無いと言う事になる。
故に、アルハルトは油断していた。
休憩しようと入った食事処で被っていたフードを脱ぎ、さて何を頼もうかと顔を上げたその時、自分達に近づく人影に一瞬反応が遅れてしまう程には油断していた。
「あの、アルハルト・ルーランス様ですよね?」
「あ?」
掛けられた声に振り向けばそこに立っていた騎士の出で立ちをした青年。
「あー……」
思わず額に手を当てて項垂れたアルハルトにキハトが代わりに騎士の青年の前へと出た。
「騎士団の方ですか?」
「はい。あなたは?」
「私は、」
キハトが名乗ろうとしたその時、店の窓が勢いよく開き店内に風が吹き荒れた。
「主様!!」
その風と共にやって来たのはアルハルトの使い魔であるティルティンクルだ。
常になく慌てている様子の彼女の声にアルハルトが顔を上げる。
「おー、ティル、どうしたよ?」
「この村に騎士団の者が居ます! 我々より後に到着した、よう……で……」
勢いよく話していたティルティンクルだったが、キハトの前に居る青年に気付いた途端にその勢いは削がれた。
「主様……」
「なんだ?」
「そちらの方は、もしかして……」
「聞いて驚け、騎士様だ」
最早やけくそ気味に笑いながら言ったアルハルトにティルティンクルがフラフラとテーブルの上に力なく倒れ込んだ。
「騎士団の人がこの村に来たと情報を得て主様を見つけるまで五分……五分で報告したのに……五分で……」
「あー、なんだ? 悪かったよ。ちょい油断してた」
「主様……」
泣き崩れたティルティンクルの小さな頭を器用に撫でながら謝ったアルハルト。
「……シルティーナ様に報告させて頂きます」
「は?」
そんなアルハルトの指を小さな手で握ったティルティンクルは良い笑顔でそう言った。
「ちょ、ちょっと待てティル!! それはダメだろ!」
「知りません。報告します」
「そんな事してみろ! 結果は目に見えてるじゃねぇか‼ もの凄い怖い笑顔でこれから旅が終わるまできっと毎日延々と説教だぞ!! 全部終わってからクラリナとジンに報告が行ってその二人からも説教だ! てか、説教で終わるかも怪しい!! 死ぬぞ!? 冗談抜きで俺死ぬぞ!?」
「一度死んでみてはいかがですか、主様?」
「一度死んだら終わりじゃねぇか!! てか、俺お前の主なんだからもうちょい敬えよ!! 主を窮地に追い込むな!!」
「主……?」
「誰が? って顔すんなっ!!」
疲れた様子で肩で息をするアルハルトにティルティンクルがコロコロと笑った。
因みに二人がやり取りをしている間、キハトと騎士の青年は放置である。
テンポ良く交わされる二人のやり取りをただ唖然と見守っていた。
「さて、騎士さんよ、」
「あ、はいっ!!」
茶番は終わりとばかりに真面目な表情へと一瞬で変化したアルハルトが騎士の青年へと話しかける。
「用件はあれだろ? 俺達を王様の所に連れて行くってヤツ」
「そうです。ご存知なんですか?」
「まぁな。ほら、こいつも騎士なんだよ」
こいつ、と指されたのはキハトである。
「彼が?」
改めてキハトを見た青年が訝し気に首を傾げた。
それもその筈。今のキハトの格好は騎士のそれではなく、動きやすさ重視の旅装束なのだ。
そんなキハトを騎士と言われてもそうそう信じられるものではない。
「事実ですよ」
疑いの目を向けて来る騎士の青年にキハトは身分証を提示して見せる。
「特務、遊撃隊……」
そこに描かれている紋章を見た青年の目が大きく見開かれ、次いで姿勢を正したかと思えば綺麗な敬礼をしてみせた。
「し、失礼いたしました! 特務遊撃隊の方とは知らず、大変な無礼をっ!!」
「そんなに畏まらないで下さい。あまり目立ちたくはないのです。普通に接して下さい」
「は、はいっ! 分りました!!」
「へぇ。特務遊撃隊って本当に凄いんだな」
階級で言えばキハトと同等である筈の青年騎士の畏まった様子にアルハルトが感嘆の声を上げた。
「まぁ、騎士団は実力主義なので、階級が同じでも特務遊撃隊かそうでないかで発言力も他の騎士の態度も大きく違ってくるのですよ」
「成る程なぁ」
感心した様に頷いたアルハルト。
そんな彼を横目にキハトが騎士の青年へと向き直る。
「私と他二名が今彼等についています。此処まで来たのならマンリーニャまで浄化して貰ってから国王様の元に連れて行った方が我が国の為になると考えました。国王様にも許しは得ています。どうやら連絡が遅れているようですね。まぁ今のこの国の現状を考えると仕方ないのかもしれませんが……」
「そ、そうだったのですね! すみません、そうとは知らず」
「いえいえ、あなたは悪くありません。では、我々はこれで」
「はっ!!」
ビシッ! と綺麗な敬礼をしてくれた騎士の青年の何故か無駄にキラキラ輝いている瞳に見送られながら店を出たアルハルト達。
彼等は外に出た瞬間に走り出した。
「買い出しが殆ど終わってて良かったな!」
「ええ、本当に。ミリアーネ様の方は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。情報収集は殆ど終わっておりましたので、先にシルティーナ様達の所へ帰って貰っています。私も主様達に報告したら直ぐに戻るつもりでしたが……まさか先に騎士の方に見つかっているとは思いませんでした」
「何だよ、根に持つなぁ……」
「キハト様が居られたから切り抜けられましたが、主様だけだったらどうなっていたか……」
「悪かったって。どうせこの村が最後の中継地点なんだから後は人目を避けて陽が沈んだ後の移動だろ。余程の事が無い限り大丈夫だろ」
「まあそうですが、私が言った嘘がいつバレるかも分からないですし、バレれば怪しまれます。少し移動速度を上げた方がいいかもしれませんね。マンリーニャまで行ってしまえば後はどうにでもなるでしょうし」
「そうだな。取り敢えずシルティ達の所まで戻って暫く様子見するか。特に問題なさそうなら今日は早めに動き出して少しでも移動距離を稼ぐ方向でいくぞ」
「はい」
そうして全力疾走した彼等は野営地へ着くなりアルハルトの言う所の"怖い笑顔"のシルティーナに出迎えられた。
「お帰り、アル。キハトさんも」
「お、おう」
「た、ただいま戻りました」
「ミリアーネ様から村に騎士団の人が到着したと報告があり心配していましたが、どうやら大丈夫のようですね」
「あ、えっと、それがな、シルティ……」
「大丈夫のようですね?」
「あの、シルティーナ様……」
「まさか情報得てものの数分で騎士に遭遇とかそんな馬鹿な真似する方達じゃないですもんね? お二人ともちゃーんと実力のある人達ですもの。ま・さ・か、油断してたなんて笑えない冗談、嘘でも言う人達じゃないですよねぇ」
アハハハハ、とわざとらしく声を立てて笑うシルティーナの、その棒読みの笑い声の恐ろしい事。
そんなシルティーナを前にして、アルハルトとキハトは人生の終わりを悟ったのだった。
「なぁ、なんでバレてんだろうな?」
「さぁ、今となってはそんな些細な事どうでもいいですよ」
「確かにな……」
既に死んだ魚の目状態で遠くを眺めながら話す二人。
そんな彼等にシルティーナが深く息を吐き出す。
「まぁ、もう起こってしまった事は仕方がありません。キハトさんのおかげで上手く乗り切れた様ですし、今回は大目に見ます。……が、旅も終盤。後はマンリーニャまで行って浄化が成功すればこの旅も終わりです。そこまでは何としても無事に行かないといけません。故に、もう二度と油断などしないようにお願いします」
「「はい」」
二人揃って綺麗に返事をした彼等に満足そうに頷いたシルティーナは皆を集めて今後の行程を話し始めた。
「フン。油断なんぞするからどじるのだ」
「クロ……」
お咎めなしと分かりホッと息をついた二人の前にクロイツが現れる。
「我がずっと後を着いて行っていた事にすら気付かないとは情けない」
「え?」
「シルティが言ったのだ。キハトと組ませればアル、お前は絶対に油断するから動向を見張っとけとな。必要ならば手を貸せとも言われていたが、まぁ、自分達で解決できるのならばそれに越したことはなかろう? 故に、場が収まった事が分かった瞬間に我は一足先にここに戻って来たのだ。勿論報告はきっちりしてやったぞ」
「「……」」
今度から何があっても油断しないと誓った二人であった。
誤字の指摘がありましたので手直ししました。




