王都
「バルラトナ公爵家に向かった者達からの報せは!?」
「はっ! 相変わらず公爵邸の敷地に入る事すら出来ないようです!!」
リディーラン王国王城、謁見の間には不穏な空気が流れていた。
「何故だ!? 何故入れぬ!? 何故我の呼びかけに応えぬガルドめっ!!」
玉座に座り忌々し気に言い捨てたのはリディーラン王国国王である。
「ルラン王国との決戦はもう目前だというのに状況は?」
「はっ! バルラトナ公爵を始め、アルモイヌ侯爵、ルルート侯爵、インマニア男爵、ハウトート男爵、リウチーナ子爵が応答なし。それぞれの領地に向かった者達からの報告だと、全てバルラトナ公爵家と同様に領地内に入る事すら出来ない様です」
「何だと言うのだ、いったい……他は?」
「他の貴族達からの返答はありましたが、招集に応じるとの返答をした貴族は極僅か。残りは領地から出ないとの事です」
「……アカリ達は見つかったのか?」
「そちらもまたです。計五カ所あった浄化地の内、残るは二カ所。マンリーニャを最後に浄化するという事は分かっているので、残り一カ所に先回りして待機するように伝えています」
「そうか……ルラン王国軍の進行具合はどうなっている?」
「後一カ月程で港町ラカヤンに到達します。我々もそろそろ此処を発たなければ我が軍の進行に影響が出ます」
「分かっている。もうよい、下がれ」
報告を行った兵が謁見の間を出て行くのを見送った国王が重い溜息を吐き出し、ふと周りを見渡した。
「キハトは居るか?」
「ここに」
王の呼びかけに応えて姿を現したのは黒髪黒目の眼鏡をかけた男である。
「特務遊撃隊の者達の動きはどうなっている?」
「一応物資調達は真面目に取り組んでおりますよ。各地へ三人一組で散って馬と食料と武器の調達をそれぞれしています」
「そうか。戦への参加は……」
「それは無理です。いくら私がファミラス隊長から隊長と副隊長が不在時の特務遊撃隊の指揮を任されていると言っても、それはあくまで隊を纏めるだけのもの。隊に指示を出す事は出来ませんし、出来たとしても皆従いません。物資調達をしてくれているだけ有り難いと思って下さい」
「……」
黒髪黒目の眼鏡の男、名をキハトと言う彼は特務遊撃隊の軍師を担っている者である。
隊長のファミラスと副隊長のハインが姿を消した今、特務遊撃隊を纏め上げているのがこの男であった。
王の御前で膝をつく事もせず、ただ淡々と連絡事項だけを述べていく。
その眉間には皺が刻まれており、彼の機嫌が決して良くはない事を示していた。
「王よ、今からでも遅くはありません。民達にルラン王国との戦の事を報せるべきです」
「またその話か。それならば答えは変わらぬ。報せる気はない。今のこの国の現状を見よ。魔物に怯え、穢れにより住む場所も財も奪われた民達が各地で賊となり事件を起こす始末。その怒りの矛先は我々に向いている。今ここで他国との戦など公表してみろ。自国の国民に牙を剝かれるのは確実に我等の方だ」
「しかしこのような事いつまでも隠し通せるはずもありません。何れバレます。少なくともルラン王国との戦場になるラカヤンの民達には隠し通せません。あなた様の命で口外を禁じ様と、そうなった時、隠していた事実は確実に民達の怒りを煽ります」
「そうなった時に武力で全てを黙らせる為のお前達であろう! 我に歯向かうのなら最早それらは我が国の国民ではない!!」
「……そうですか」
感情的に声を荒げた国王とは真逆の、不気味な程に静かな声音で頷いたキハトはもう用はないとばかりに小さく頭を下げて踵を返す。
そんなキハトを王が慌てて呼び止めた。
「待て!! 何処へ行く?」
「私も特務遊撃隊の一員ですので、物資調達へ」
「ならん!! お前は此処に、我の近くに居れ」
「王よ、お忘れか?」
心底呆れたという風に溜息を吐き出してキハトは王へと向き直った。
「特務遊撃隊はファミラス隊長かハイン副隊長の命令にしか従わないのですよ。故に、例えあなたが王であろうと、私があなたのその命に従う事はありません」
「何処までも勝手なっ!!」
「けれどその勝手を許したのは貴方ではありませんか」
「……っ!?」
「では、今度こそ失礼いたします」
憎々し気に歪む王の顔に僅かに目を細め、先程とは違い綺麗な礼をしたキハトが今度こそ謁見の間を後にした。
「はぁ……」
「おうおう、随分疲れた面してんナァ、キハトォ!!」
王城を出て直ぐに重い溜息を吐き出したキハトにかかる声。
ポン、と肩を叩かれたキハトが振り向いた先には二人の男が居た。
「ルナード、サーシュラも。すみません、お待たせしましたね」
「言うほど待ってはいないよ。それで? 王様はどうだった?」
二人の内、サーシュラと呼ばれた方が問いかける。
「どうしたもこうしたもありません。分かってはいましたが、彼には“国王”の資格が皆無です。愚かにも程がある……」
「おー、お前にそこまで言わせるとは相当だナァ」
「自身の身可愛さに民達に何も報せず、歯向かう者は自国の民ですらないと言う始末。あまつさえ、我等騎士団は武力で全てを黙らせる為に在るのだと言われましたよ」
「酷い言い様だな、オイ……」
「けど、王様がそれを肯定しているのなら、これから僕たちが行う事に彼は何も言えないという訳だ」
「ま、そうなるわな」
武力でもってして全てを黙らせろと言うのなら、それはこれから自分達がする事とも言える。
けれど幸か不幸か、その武力が向かう相手はこの国の民達ではない。
自分達は決して“権力”が欲しい訳では無いのだ。
やり遂げたいのは“復讐”で、欲しいのは“土地”である。
地位も権力も不要だ。
勿論、彼等が刃を向けて来るのなら容赦はしないが、彼等の刃の矛先が自分達に向くことはそうそうないだろう。
「さて、じゃあ僕達もそろそろ発とうか。ハイン様が待ってるよ」
「そうだな。マンリーニャか。ちょい遠いが間に合うか?」
「途中で双翼の剣の方と合流する予定です。そこからはその方が移動手段を確保して下さるそうなので、取り敢えずその場所まで馬を走らせましょう」
「ヘェ。隊長と副隊長以外の双翼の剣の人間には初めて会うな。誰だ? 二つ名持ちか?」
「はい。“先見の魔女”こと、クラリナ・ハミューリー様です」
「うわぁ。有名どころだね。確かマンリーニャに居るのも二つ名持ちの人じゃなかった?」
「ええ。“神雷の槍使い”ことレイン・ナナセイト様が居ます」
「ファミラス様が言っていた通り、本当に二つ名持ちの人達が中心に動いているんだね。凄いや」
「戦力的には本当に国を乗っ取ってしまえる程ですよ。そこに我々も加われば、一つと言わず二つ程ね。さて、無駄話は此処までにしてそろそろ行きますよ」
「うん」
「オウヨ」
キハトの言葉に頷いた二人が近くの木に繋いでいた馬を引いて来る。
その内の一頭に騎乗したキハトが一度だけ王城を振り返った。
「武力は何かを黙らせる為にあるのでは無いですよ。何かを奪い、守る為にあるのです」
呟いた言葉は決して中の者達には届かない事をキハトはよく理解していた。




