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元令嬢様の華麗なる戦闘記  作者: 夢猫


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17/63

彼の決意

 馬の手綱を持つ手が震えた。


「……っ、」


 馬車の御者席に座ったテドラは震えの止まらない両手をきつく握り合わせる事で押さえ込んだ。

 気を抜けば全身が震え、自己嫌悪と罪悪感に苛まれ、手を通して伝わった嫌な感触が思い出されてしまう。

 狂った様に笑ったあの少年の顔が瞼にこびりついて離れない。

 それらを振り払う様に(かぶり)を振ったテドラに声がかかった。


「人を殺めたのは初めてか、次男坊」


「クロイツ様……」


 馬車を引く馬の背に座った黒猫姿のクロイツがその金の瞳でテドラを見据えている。


「……僕は、人を傷付ける為に騎士になったのではありません」


「フフ。人を守る為になったのだと言うのだろう?」


「はい」


「けれど現実はそうはいかぬ。誰かを守る為に切り捨てるのは、他者の"大切な者"だとお前は分かっていなかった」


 誰も傷付けずに守れるモノなどありはしないのだと、つい先程突き付けられた現実は物語っていた。

 彼女(シルティーナ)は、自分の"守るべき者"の為に、他者の"守りたい者"を切り捨てた。


「人を守るのと傷付けるのは等しい行為なのだと、お前は分かっていなかった」


 クロイツの言葉が突き刺さる。


「故に、お前は弱かった」


「……」


「初めて人を殺めた感想は?」


「かん、そ、う?」


 そんなものあるわけ無いと言いかけてテドラは言葉を飲み込んだ。

 

 金の瞳が探るように細められている。


「もう二度と、」


 一拍置いてからテドラは口を開く。


「もう二度と御免だと思いました」


「……」


「さっきも言った様に、僕は人を傷付ける為に騎士になったのではありません。大切な者を守る為に騎士になったのです」


 貴族に産まれながらも、自分にはその重い"役目"は降りかかってこなかった。

 親の跡目を継ぐのは優秀な兄が。他の貴族との繋がりは優しい姉が。末っ子である自分には自由に好きなことをやって欲しいと、上の二人は自らが出来うる全ての貴族としての"役割"を全うしていた。


 だから、騎士になろうと思ったのだ。


「自慢の兄を守りたいと思いました。愛情深い姉を守りたいと思いました。偉大な父を守りたいと思いました。(したた)かな母を守りたいと思いました。彼等が大切に思っている民を、王を、王妃を、王子を、友を、守りたいと、思いました」


 切っ掛けなんて単純なものだった。

 ただ、大切な家族を守りたいと。そして、家族が大切に思っている者達を守りたいと。


「けれど2年前、僕は僕が守りたいと思った人を……姉を守る事が出来ませんでした」


 それどころか、自分は彼女を傷付け裏切り見捨てた。


「後悔しても遅く、真実を知っても無力で、謝っても届かない…………僕は、彼女の為に何も出来なかった……」


 ずっと悔やんでいた。

 ずっと嘆いていた。

 ずっと恨んでいた。

 ずっと憎んでいた。

 ずっと……そう、ずっと。2年前の、あの愚かで浅はかで無知で救い様のない自分自身を消してしまいたくって仕方なかった。


 だから、聖女の護衛に彼女(シルティーナ)が選ばれた時、自分も着いていくと決めたのだ。


 自分が弱い事など百も承知だ。

 足手纏いになるであろう事も分かっていた。


 それでも今度こそ彼女を守りたいと思ったのだ。


 だから、


「人を殺すのなんて、もう二度と御免です。けれど、僕はそれでもシルティーナ様を守る為なら剣を奮います。それが、僕に出来る事だと思うし、僕がやらないといけない事だと思うのです」


「ふはは。お前は優しいな、次男坊。シルティはお前や王子がこの先どれ程の危機に直面しようが一切手助けする気はないぞ。それなのにお前は、そんなシルティを守ると言うのか?」


「彼女を守るなんて、彼女よりも弱い僕が口にするのは烏滸がましい事なのでしょう。だから、僕は彼女が"守らないモノ"を守ります」


 2年振りに会った彼女は、自分が守らないといけない程弱くは無かった。

 "今"大切にしているモノの為になら"昔"大切にしていたモノすら切り捨てられる強さを身に付けていた。


 だからこそ、自分は剣を奮うのだ。


「彼女が切り捨てるモノを僕は守ります。それが僕やフラクト様だと言うのなら、僕は僕自身とフラクト様を守りましょう。この旅が無事に終わるまで、きっとあなた方にとってはお荷物でしかない僕達の身を守りましょう。この旅が終わったその時、あなた方がこの国の愚かな者達に責められる原因を作らない様に……」


 2年前見捨てた者に自らに危機が及ぶからとみっともなくすがり付くこの国の者達はきっと、旅が終わったその時に、"王子"や"公爵令息"という肩書きを持った自分達が五体満足でなかったなら好機とばかりにその事について彼等を責め立てるだろう。


 そうして何とも自分勝手な理由をつけて彼等に何の報酬も与えずに国を追い出すか、無理矢理にでも国に留めて自国の戦力とするだろう。


「そんな者達にどうこうされるあなた方ではないと分かっています。けれど、降りかかる火の粉は少しでも少ない方がいい」


 きっと国王が騎士見習いでしかない自分や、態度のみ尊大で自分では何も出来ない王子の同行を許したのはその為なのだ。

 どちらかが死ねば、までとは行かずとも、どちらかの腕の一本くらい無くなればいいと思っているのだ。

 そして、その可能性が高いのは、身を呈して王子を守るであろうテドラの方だと思われている。


「思い通りになんて動いてやるものか」


「……」


「僕の腕の一本すら、この国の腐った思惑の為になどくれてやるものか」


 王子を守る。自分も守る。

 この旅が終わった時、国王達の前で笑ってやる。

 "皆、無事です"と言ってやる。


「それが、僕が出来るシルティーナ様を守る唯一の方法なんです」


「ふふ、ははははは!! 面白い! 流石シルティと血の繋がった者よ。救う価値も無い者ばかりかと思っていたが、なかなかどうして。お前の様な者は嫌いでは無いぞ。この旅が終わるまで精々死なぬ様にするのだな。そうすれば、お前の言葉がシルティに届くよう手助けしてやらん事もない」


「え?」


「それまでにもう少し剣の腕は磨いておけ。子供一人くらい一撃で仕留められなければ、先が思いやられるからな」


「ぁ、は、はい」


 楽しそうに紡がれる言葉に頷けば、話は終わりだと言わんばかりに馬の背から飛び降りたクロイツが黒馬に姿を変え、アルハルトと共にカレンに乗っているシルティーナの元へと駆けて行った。


「強くなる。ならないといけない。今度こそ守る為に」


 手綱を握る手に力を込める。


 震えはいつの間にか止まっていた。

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