英雄になれぬ者
「荷物も殆ど無事だな」
「物色する前に私が来た感じね。まぁ、もし盗られた物があっても取り返せただろうし問題なかったけどね」
馬車の中を確認したアルハルトとシルティーナがトボトボと生気なく自分達の元へと向かって来ているアカリとテドラ、フラクトの三人へと目を向ける。
「どう思うよ?」
不意にアルハルトがシルティーナへと問いかけた。視線は三人に向けたままである。
「どうもこうも、彼等を引き連れて行ったらこの先きっと、聖女様を巻き込んで自滅するわよ」
「だよな。やっぱあいつ等要らねぇか」
「少しでも役に立つならまだしも、一人じゃ動物一匹まともに狩れないんじゃ話にならないわ。騎士団は見習いに何を教えてるのかしら?」
「国王もよくこんな弱い奴等の同行を許したよな」
「自国に籍を置く者が誰も行かないんじゃ体裁が悪いとでも思ったんでしょうね」
「ついでに、ついて行かせるなら其なりに地位がある者じゃないと民に示しがつかないと」
「そう。どんなに弱くとも、"自国の王子"と"公爵家の次男"という肩書きを持った二人が行けば少なくとも矜持は守られる。人の命より国の体裁やプライドを重んじたのよ、国王様は」
「もし途中で二人が死んでも、"聖女様を守って死んだなら名誉な事だ"とか何とか言って英雄として祭り上げるつもりだろうしな。そんなんだからこんな事になったんだって気付かないんだろうな、この国の王族達は」
「愚かしいのは前からよ。聖女様が来てからそれに拍車がかかっただけ」
「あー、でも、その"英雄"は意外と早く出来上がるかもな」
「え?……あぁ、本当だ」
シルティーナがアルハルトの言葉に納得の意を示した瞬間だった。
「待ちやがれ!!」
「「「!?」」」
アカリ達の目の前に両手で短剣を握りしめた少年が立ち塞がる。
「お前等よくも父ちゃんをっ!! ぜってぇ許さねぇ!!」
「ッ!?」
「キャァ!! 」
「おー、女は避けるか。偉い偉い」
アカリには目もくれず、その隣に居たフラクトへと突進していった少年にアルハルトが場違いな賛辞を述べる。
咄嗟に目を瞑り腕で頭を守ったフラクトにしかし、何時まで経っても痛みは襲ってこなかった。
「テドラ…………」
恐る恐る開けた目に映し出されたのは、己の剣で少年の短剣を防ぐテドラの姿であった。
キィン、とかん高い音と共に少年の手から弾き飛ばされた短剣が宙を舞う。
少年が短剣を目で追った僅かな隙にテドラの奮った剣はその鋭い刃で容赦なく少年を切り裂いた。
「「……」」
「……ほぅ」
「自分の意思で斬ったな」
まるで信じられないモノを見たかの様に言葉なく目を見開くフラクトとアカリとは違い、感嘆の声をあげたのはクロイツとアルハルトである。
「王子、お怪我は?」
「ぁ、あぁ、ない。大丈夫だ」
「よかった」
フラクトに向き直り怪我の有無を確認したテドラが再び少年へと目を向けた。
「……」
地に倒れ、斬られた傷口からは止めどなく血が溢れてはいるが未だ何とか息がある少年はテドラを睨み付けている。
そんな少年を目の前にして、テドラは何か言いたそうに数回口を開いては閉じてを繰り返した後、意を決した様に少年と目を合わせた。
「あなたを斬った事を悪いとは思いません。後悔も、しません。けれどきっと、あなた方がこうなってしまった原因に僕も確かに関わっているのでしょう。だから、それだけは……あなた方をここまで追い込んでしまった事に関してだけは、悪いと思うし、後悔もしています。申し訳ありませんでした」
深々と下げられた頭。
「は、はは……ははははは、アハハ、アハハハハ!! ハハハハハハハハハハハハハハ!!」
それに対して少年はまるで狂った様に笑ったのだった。
「はは、今更……今更謝られたって…………言葉だけの謝罪なんて、欲しくもないっ!! 俺達が失ったモノを全部返してよ!! 村も、家も、妹も、父ちゃんもっ!! 全部ぜんぶ返せっ!!」
「…………」
自分の言葉に黙りこんだテドラを見て少年は嘲りの表情を浮かべる。
「ハハ、何も返してくれないくせに、ただ許されたいからって謝らないでよ……こんな国、無くなっちゃえばいいんだ……」
それが、最後だった。
「……」
虚空を見つめたまま事切れた少年の言葉に悲痛な表情を浮かべて、それでも最後まで目を反らさなかったテドラ。
「……本当に、そうかもしれないですね」
彼が小さく呟いた言葉は、果たして何に対する同意だったのか……
暫くしてその場を後にした一行は、今までにない奇妙な沈黙に包まれていた。




