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元令嬢様の華麗なる戦闘記  作者: 夢猫


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15/63

他人の命

 暫くの間、その場を奇妙な沈黙が支配した。


「……話し合えばいいだと?」


 それを破ったのは山賊の男。


「俺達の仲間を散々殺しておいて、今更話し合えだと!? ふざけるな!!」


「きゃっ!?」


 伸びてきた男の手がアカリの髪を掴んで床へと押さえつける。


「話し合いで解決出来る範囲をもうとっくに越えてんだよ!!」


「全く持って同感です」


「ぇ?」


 怒鳴る男にシルティーナが同意の声を出した直後、アカリの髪を掴んでいた男の手が外れ、そのまま重力に従って崩れ落ちる様に床へと倒れたアカリに何かが降り注いだ。


「ギィァァァ"ァ"ァ"ァ"!!!! 腕!! 俺の腕ぇぇぇ!!!!」


「ひ、ぃや、ぁぁぁ……」


 ボトリ、とアカリの目の前に落ちた()()は、先程まで彼女の髪を掴んでいたモノだった。

 自身に降り注ぐ赤色が何か理解した瞬間、アカリの目の前は真っ暗になる。


「おぃ、小娘。まだ落ちるでない」


 気を失う寸前のアカリにそう言葉を投げ掛けて容赦なく冷水を浴びせたのはクロイツだ。

 ずぶ濡れになりながら、それでもあまりの出来事に放心状態でただ目を開けているアカリを無理矢理立たせて3歩ほど後ろへ下がれば、代わる様にしてシルティーナが前へと進み出る。

 彼女が持っている細身の剣についている赤色が、先程の男の手を切り落としたのが彼女だと知らしめた。


「"話し合いで解決出来る範囲をもうとっくに越えている"。確かにその通りです。けれど、間違えないで頂きたい。あなた方のお仲間が殺される原因を作ったのはあなた方自身です。私達の"守護対象"を拐っただけで十分に"私達に殺される理由"にはなっていたのに、それでもまだ、私はあなた方に"死なないための選択肢"を与えました。それに対して刃を持ってして答えたのはあなた方です。なのに今更仲間が殺されたからだの、夫が殺されたからだの、父が殺されたからだの、くだらない理由で突っかからないで頂きたい」


「くだらないだと!? 人の命を何だと思ってる!!」


「"他人(ひと)の命"だと思ってますよ。私自身や仲間の命は等しく"守りたい命"で、依頼主や依頼内容の命は全て"守らなければいけない命"ですが、その他の命は私にとって"他人(ひと)の命"です」


「お前、本当に人間か……?」


「思考が人間のそれじゃないと? 失礼ですね。では聞きますが、あなた方は今まで何人の人を売ってきました?」


「え?」


「私の連れ達も、私が助けに来なければ売っていたのでしょう?」


「……」


「そうやって売られた者達がその後どうなったか考えた事は?」


「……」


 答えない山賊達にシルティーナは可笑しそうに笑う。


「あなた方が今まで売ってきた人達はあなた方にとっては"他人"です。だからその人達の"命"がどうなるのか何て気にもとめなかったでしょう? ほら、あなた方も私と大差ないではないですか」


「ちが、う……違うっ!! 俺達は好きでこんなことやってんじゃねぇ!! 何も知らねぇくせに好き勝手言うんじゃねぇよ!!!!」


 憤った男がシルティーナに向かって斬りかかって来た。


「また同じことを繰り返しますか……」


 呆れた様に呟いたシルティーナの後ろから数本のナイフが飛んできて男の両足へと突き刺さる。


「グッ!!」


「全く愚かな人間どもよな」


 低く呻いて倒れ込んだ男。そんな男の前にまるで可哀想なモノを見るような目をしたクロイツが立った。


「お前等がここでいくら仇だなんだと宣って刃を奮ったとて、我等には敵わぬ。対峙した者との力の差すら分からぬ愚か者は、生き方も、そして死に方すらも選べぬのが我が居た世界の理よ。さぁ、愚かな人間どもよ。これが最後の機会だ。我等に刃を向ける覚悟のある者は如何程(いかほど)か?」


「ぅ、うぁ……うわぁぁぁぁぁ!!」


 一人が背を向けて逃げ出したのを皮切りに次々と逃げ出して行く山賊達。

 最後に残ったのは先程ナイフにより足を傷つけられた男だけだった。


「ま、待ってくれ!! 殺さないでくれ! 頼む!!」


「……」


 無様に地を這い、必死の形相で命乞いする男をシルティーナは無表情で見やる。


「た、たの、頼む!!! 命だけは!! ご、後生だから、たのむ!!!!」


「今更、何を言いますか……」


「ちが、違うんだ!! 俺達は元々た、ただの、村人でっ!! ほ、ほら、この先にあるルフハナって言う村のっ!!! あの村は穢れちまって、もう、人は住めねぇ!! けど、他の村や街だって受け入れてくれねぇ!! なら!!!! こんな事でもしねぇと!! 生きる為だ!! なぁ、分かるだろ!?」


 涙と鼻水でその身を濡らしながら、男は必死にいい募る。


「えぇ。分かりますよ」


 男の言葉にシルティーナは笑った。

 にっこりと、それはそれは可笑しそうに笑ったのだった。


「生きる為に、例え決して正しくは無かろうが、それを生業にしないといけない。そうしないといけない状況にまで追い詰められたあなた方には同情します」


「な、なら!!」


「けれど、私がするのは同情だけです」


「ぇ、」


「例えあなたが山賊になろうが盗賊になろうが海賊になろうが、生きる為の事ならば致し方ないのでしょう。けれど、自分が生きる為に他者の命や財を奪うのならば、あなた自身も同じモノを賭けないといけないんですよ。あなたが踏み入れた世界は、そういう場所です。奪うのなら奪われる覚悟を。(あや)めるのなら殺められる覚悟を。欺くのなら欺かれる覚悟を」


「ゃ、やめ、」


「その覚悟が無いのなら、元より踏み入れるべき世界では無かったのです」


 一閃。倒れた男はもう二度と動くことはなかった。


「なんで……」


「……」


 呆然とそれまでの成り行きを見ていたアカリが譫言(うわごと)の様に呟く。


「何で殺すの? だって、この人達は……」


「元はただの"村人"で、けれど今は"山賊"です。私達に刃を向けたから、私達も同じモノで返した。その結果、私達が生き残り彼等は破れた。それだけですよ」


「でも、だって……」


「なぁ、聖女様、忘れてくれるなよ。先に手を出してきたのはあいつ等だ。俺達を拐い、あまつさえ売り払おうとしたんだ。本来、そんな奴等にかけてやる情けなんて無いんだが、それでも今回は選択肢を与えた。生きられる選択肢を、だ。だがあいつ等はそれを蹴って自ら死を選んだ。俺達はな、そんな奴等に手加減してやるほど広い心は持ち合わせちゃいないのさ」


 先程まで立ったまま寝るという器用な真似をしていたアルハルトが、いつの間にかアカリの前へと立っていた。

 無表情のアルハルトは琥珀色の瞳に冷たい色を称え、突き放す様に言葉を紡ぐ。


「それでももし、人を殺すのはどうのこうのと宣いたいのなら、相応の強さを身に付けてから言え。守られるだけの存在に……自分の命すら満足に守れない愚か者にどうこう言われる筋合いはない」


「っ、」


 吐き捨てる様に言ったアルハルトは用は済んだとばかりに外へと足を向けた。


「貴女の吐く言葉(ソレ)は、とっても綺麗で正しく聞こえます」


 言葉もなくアルハルトを見送ったアカリに今度はシルティーナが声をかける。


「実際、争いなんかとは無縁の世界で生きている人達にとっては当たり前の言い分なのでしょうね」


 かつての自分がそうであった様に。


 けれど、シルティーナは知ってしまった。

そんな、綺麗な言葉だけではどうにもできない世界があるのだと。

 そして、今自分達が居るのは正にそんな世界なのだ。


 それに、


「貴女の言葉には心がない。ただ与えられた台詞を読んでいるかの様な空っぽな言葉。だから、誰の心にも響かない。そんなモノを振り回す貴女の行為は、"偽善"にすらならないただの"愚行"です。二度と、私達の前でそんな行為をしないで頂きたい。既にこのリディーラン王国は、そんな甘ったれた言葉が通用する場所ではないのですよ」


 ただの村人だった人達が山賊へとならざるおえない程に堕ちたこの国の、その大元の原因を作った人間が今更どの面下げて話し合えだの殺すなだのと言えるのか。


 被っていたフードを脱ぎ捨てたシルティーナは、未だに言葉なく虚空を見つめるアカリを一瞥して息をつく。


「貴女を守るために、私達はこれから先も他人(ひと)の命を奪います。それに"慣れろ"とまでは言いませんが、"理解"はしてください。アルが言った様に自分の身すら満足に守れない貴女が、貴女の代わりにその身を守っている私達に対してどうこう言える立場ではないのですから」


 そう言い残してアルハルト同様既に陽が傾き始めている外へと向かったシルティーナに無言でクロイツとミリアーネが続いた。

 残された三人は、ただ所在なさげに佇んでいるだけだった。

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