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船上にて

 バサバサと羽音を響かせて朝霧の中を渡って来た1羽の鷹。


「やぁ、ティル。ご苦労様」


 その鷹を迎えたのは黒髪黒目の少女。"先見の魔女"と呼ばれる"クラリナ・ハミューリー"だ。


 海原を航る船の甲板に立ち自身を迎えたクラリナの頭上を三回ほど旋回し、鷹はその姿を手のひらサイズの少女へと変えた。


「主様より文を預かっております」


 可愛らしい声を響かせてクラリナの前へと降りてきた少女が一通の手紙を差し出す。

 名を"ティルティンクル"と言う彼女はアルハルトの使い魔で風を司る精霊だ。


「ありがとう。目を通したら直ぐに返事を書くからちょっと待ってて貰っていい?」


「勿論です」


 ティルティンクルから受け取った手紙へと目を落としたクラリナは僅かの後、肩を震わせ笑いだした。


「あは、あはははは!!! 凄い、傑作だ!! まさか本当に"彼女"だったなんて!! アハハハハ!」


「クラさんどうしたんスか? 突然大声で笑いだして」


 船室から出てきたレインが訝しげに聞いてくる。


「あぁ、レイン君。見て。シルティとアル君から手紙が届いたんだけどさ、うちが思った通りだったよ」


「へぇ。じゃぁ聖女様は"乙女ゲームの(作り物の)"この世界を知ってるって事っスか」


「そう、"知ってる"だけ。決して"彼女"が"主人公(ヒロイン)"という訳じゃない。"彼女"はその事が分かってないんだよね。ゲームと同じ様な世界に来たからって全てがゲーム(シナリオ)通りって訳じゃないのに。そもそも"彼女"はどんなに頑張ろうとも"主人公(ヒロイン)"には成れないのさ」


 楽しそうに笑いながらシルティーナ達へ向けて返事を書いたクラリナはそれをティルティンクルに渡す。


「どうするんスか?」


「うちらがやる事は変わらないよ。シルティ達が穢れを浄化し終わるまで、その拡大を防ぐ。ただ、どういう風に"終わらせる"かが決まった。他の皆にもその事を伝えないとね。"終わり"に向けての花道を作って貰わないといけないから」


 ニッコリと笑ったクラリナにレインがひきつった笑みを浮かべた。


「恐いっス。クラさんだけは敵に回したくないっス」


「うわぁ、失礼だなぁ。うちはまだマシな方だよ。シルティとか、"こうなる事"が分かっててそれでも"信じたい"とか言いながら、その裏でどちらに転んでもいいように手回しして、結局裏切られたら手回しした全てを使って"復讐"を果すんだよ。恐い恐い。一番敵に回したらいけないのは、シルティの様な人間だよ。彼女は、かつて大切であった者でさえ、"今"大切な者の為ならば斬って捨てれるんだよ。そんな強さを持っている」


「あー、確かに。けど俺、ジン様も敵には回したくないっス」


「ジン様はね、うん。うちも敵には回したくないよ。彼はヤバイ。大切な者を守る為には手段を選ばないどころか、その他を全て葬り去ってしまう人だからね」


「あれで"第二王子"なんだから世の中分からないっスよね」


「それ、ジン様に言ったら暫く活動不能になるよ、レイン君」


「言えないっスよ! 言えるとしたらシルさんくらいなんスからね!!」


「だろうねー。けど、シルティもあれで"元公爵令嬢"ってんだから本当、世の中分からないよ」


「あー、シルさんマジ強いっスからね。俺、魔法無しの模擬戦でも一度も勝てた事がないんスよ」


「あれはまぁ、確かに才能もあるんだろうけど、"努力の賜物"って言葉が一番当てはまるよ。シルティが"令嬢"の時からある程度の闘い方の基礎は仕込まれてたけど、それはあくまで"令嬢の嗜み"程度だったしね。本腰入れ始めたのは2年前からだよ。まだ"令嬢"やってた時は、どちらかというとうち等の依頼にただ"着いてきてた"だけだったし」


「そう言えばクラさん達とシルさんは、シルさんがまだ公爵令嬢だった頃からの付き合いなんスよね?


「そうだよ。うちとジン様とアル君の3人が一番付き合い長いよ。あ、後マスターもか」


「何でまた、他国のしかもご令嬢が傭兵ギルドの人間なんかと顔見知りになったんスか?」


「あー、それはねぇ……」


 レインの質問に苦笑を浮かべたクラリナが懐かしむ様に目を細める。


「まだジン様がルラン王国の第二王子に()()()()()()()頃、ジン様とうちとアル君でリディーラン王国に遊びに行ったんだよ。えっと、たぶん13年位前かな?」


「遊びにって……てか、13年前ってクラさんとアルさんまだ6、7歳位じゃないっスか!! ジン様だって10歳位だし……よくリディーラン王国に行けたっスね」


「そこはほら、私の使い魔のマイラの力を借りたら文字通りひとっ飛びだったからね」


「あぁ、マイラさんは"不死鳥(フェニックス)"だったっスね。てか、マイラさんに乗れるなら今回もそれで移動した方が早かったんじゃないっスか!?」


「え、だってマイラは火属性で、雷と水属性のレイン君とは相性悪いから嫌だって言うからさ。いいじゃん船旅。ゆったりのんびり行こう!!」


「のんびりしてちゃダメなんスけどね!!」


 レインのツッコミにクラリナは楽しそうに笑った。


「まぁ、話を戻すけど。そうやってリディーラン王国に行ったうち等は陽気に王都観光をしてたんだよ。で、その時たまたま王都に居たシルティとも会ってね」


「それで知り合ったんスね!」


「……違うんだよ」


「え?」


 分かった!とばかりに言ったレインの言葉をその声音を一段下げて否定したクラリナ。

 そんな彼女をレインはキョトンと見返した。


「シルティを見た瞬間ジン様が、"これは運命の出会いだ"とか何とかほざいてシルティの親族や護衛、果てにはうち等まで蹴散らして彼女を拐ったのさ」


「……拐った?」


「そう。拐った。立派な幼女誘拐の罪人だよ。まったくもう。一緒に居たうち等は当然のように捕まりそうになって、何とか逃げた先で自分より5つ程年下の幼女を真面目に口説き落とそうとしているジン様見た時はもう本当死んじまえこの変態って思ったよ」


「アハハハハ……」


「その後結局、街に常駐してる騎士団の人達とかが駆け付けてうち等は逃げないといけなくなったんだけど、帰ったジン様がそりゃもう情報網を駆使しまくってシルティについての情報を集めてね。シルティが公爵令嬢って知った瞬間にあのクソポジティブ野郎、"成る程、俺に足りなかったのは地位か。ならば王子にでもなって今度こそ俺の嫁にする"って今度はルラン王国の王族達の情報を集め始めて……」


「それで()()()()()()んスか!? "王子"に!?」


「うん」


「はぁ!? そんな簡単になれるモンなんスか、王族って!!」


 驚きを顕にするレインにクラリナが苦笑を浮かべながら首を振る。


「なれる訳がないっしょ。どんなに遠かろうが"王族"を名乗るにはそこに"国王"との血の繋がりが必要になる。…………けどね、レイン君。どの国、どの時代、どの王にも決して表沙汰には出来ない"闇"がある。ジン様が得た情報には、それが見事に含まれていたのさ。そして、"双翼の剣(うち等のギルド)"の名も大きく関係していた」


「ギルドがっスか?」


「うん。傭兵ギルド"双翼の剣"って言えば、もうその頃から有名でね。うちとかアル君はまだ二つ名すらつけられてない新人だったけど、ジン様は違ったんだよ。あの人は戦闘面の強さもそうだけど、頭の回転の早さも、情報収集の能力も、人の上に立つカリスマ性ももうその頃には頭角を現していた」


「流石ジン様っスね……」


「"国を一つ落とす事すら出来てしまう程の力を持った()()()()()()の将来その中枢を担う可能性の大きい優良物件"ってのがルラン王国から見たジン様の"価値"。そしてジン様は自分達の何より知られたくない"(弱味)"を知ってしまった人間」


「消してしまうと"双翼の剣"という強大な力を敵に回してしまうし、野放しにしてしまえばいつその情報を流されるか分からないって感じっスか」


「そう。任務中の死亡はその人の実力不足と見なすけど、"仲間殺し"は許さない。それをした者は例え何処の誰であったとしても地の果てまででも追って仕留める。それが"双翼の剣(うち等)"。だからルラン王国は血の繋がりなど全くないジン様を"第二王子"とする事で自分達の"闇"が漏洩した時にジン様を"巻き込む"事が出来る様にして、ついでにうち等が簡単に自分達に刃を向けれない様にした」


「考える事がえげつないっス」


「まぁ実際、今言った事を国王に提案したのジン様なんだけどね」


「はい?」


「自分を"王子"とすれば、自分が知ったこの国の"闇"がもし他に知られた時、自分も巻き込む事が出来、更に強大な力を持つ"双翼の剣"は仲間に向かっては刃を向けない。更に更に、自分がこの国に腰を据える事でギルドの拠点を此処に造るという話も出てくるだろうから、実質的にこの国は世界的にも有名であり実力もあるギルド、"双翼の剣"の庇護下になる事が出来る。自分が口利きすれば優先してこの国の依頼を請けてくれる様にもなるだろうってさ。よく回る口だよね。まぁ実際に当時ただ"よく行く国"の1つだったこの国に拠点を造る事になったし、だからこそ、他の国は下手にこの国に手出し出来なくなってる。それにこの国からの依頼はどんな安い依頼であっても皆積極的に請けてるからジン様の読みマジ恐いって感じなんだけどね」


「何かもぅ、"ジン様だから"って言葉で全てが納得出来てしまうのが嫌っス……」


「…………まぁ、それで無事に"王子"という地位も得たジン様は"他国間交流"とかいう名目で再びリディーラン王国に行ったのさ。…………やっぱりうち等も巻き込んで」


 当時を思い出してか遠い目をするクラリナの肩をレインが叩いた。


「で、その時にお世話になったのがシルティの家。うち等は"バルラトナ公爵家"で約1年シルティと一緒に暮らして仲良くなったのさ。その後はシルティがこっちに来たり、うち等が行ったりして交流を続けてた。シルティが10歳位の時に彼女もギルドに登録して、それからはちょいちょい依頼もこなしたんだよ。んで、さっきも言った様に剣や魔法の習得に関して本腰入れ始めたのは2年前から。基礎は出来てたから強くなるのも早かったし、シルティは"努力すること"を苦としなかった。強くなるのも頷けるって話だよ」


「成る程…………やっぱりジン様恐いっス」


「こんなに長く話して感想ソレ!? もっと他にあるでしょ!!」


「いゃ、やっぱそれが一番っスよ! "地位が欲しいから王子になる"ってなんスか!? バカなんスか!?」


「バカなのよ!! シルティバカ!! もう本当、シルティがジン様ふってたら国が2つくらい消えてただろうなって皆が思うくらいにシルティバカなの!!」


「うわ、マジ冗談に聞こえないっス…………てか、シルさんってリディーラン王国の王子の事が好きじゃなかったかんスか?」


「覚えておくといいよ、レイン君。"情"の中にも沢山の種類があるんだ。リディーラン王国の王子に向けてシルティが抱いていたのはね、家族や友人に対する"愛情"ではあったけれど、決して異性に対しての"恋情"ではなかったのさ。まぁ、シルティがリディーラン王国の王子の婚約者になった時はそりゃもうジン様が荒れてしょうがなかったけど、まぁ、もし"こう"ならなかったとしてもジン様なら合法と見せかけた非合法な手段でシルティ奪ってただろうからね。その為にも"王子"になったんだし」


「成る程っス……てか、あれ? 今回の"作戦"って、」


 何かに気付いた様に動きを止めたレインにクラリナが笑う。それはもう、意地の悪い至極楽しそうな笑みである。


「だって、"公爵令嬢だった(昔の)"シルティの為に手に入れた地位だもん。"ただの(今の)"シルティにはジン様の地位は逆に重いだけ。それに"国外追放"された人間を他国の"王族"が妻にするなんて出来る訳がない。シルティの為にならないモノは要らないって考える人だからね、ジン様」


「え、じゃぁ、この"作戦"が立てられてた時には既にジン様は……」


「"シナリオ通り"にならなくて、シルティが公爵令嬢のままだったならこの"作戦"は机上のモノで終わったんだけどね。けど、まぁそろそろ調子に乗ってきた彼等の鼻っ面に1発お見舞してもいい頃合いでしょ?」


「笑顔が恐いっスよ、クラさん」


「ふふ。ジン様が"王子"に拘っていたのはシルティの為。それが無くなった今、彼が"王子"で居る必要はない。弱味を握っているのは此方の方。闘って強いのは此方の方。"傭兵ギルド"なんて元々ならず者の集まり。それが"無国籍ギルド"ともなればそう簡単に手込めに出来る訳がない。今まで大人しかったのは今、この時を待っていたから。一から国を落とすより、既に"終わりかけてる国"を貰う方が早い。うちが皆に"こうなるかもしれない"って話した時、ジン様は即座にこの"作戦"を立てた。遅かれ早かれジン様は要らないモノを切り捨ててた。その"対象"が国1つなのか2つなのかの違いがあっただけ」


「取られるモノは違うっスけど、"国取り合戦"っスね」


「ふふふ。その"取られるモノ"が重要なんだけどね」


「恐いギルドっス」


「うわぁ、満面の笑みで言われても説得力が皆無なんだけど……」


「俺もならず者の一人なんで」


 水平線の先に見えてきた大陸。その国が今抱えている"問題"を払拭する者達は、けれど決して彼等を救う為に動いている訳ではないのだ。


 どこまでも"奪う者"の笑みを浮かべた二人がその地に降り立ったその瞬間、リディーラン王国の"未来"は決まったのだった。

ご指摘受けましたので、タグの項目に"乙女ゲーム"を追加しました。

誤字脱字、本編手直しにつきましては、ちょっと色々追い付かなくなってきたので、本編を取り合えず完結させてから手をつけていこうかと思っています。

亀更新ですみません( ´△`)

気長に付き合って頂けると嬉しいです。

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