山賊
「ま、待ってくれ!! 殺さないでくれ! 頼む!!」
「……」
無様に地を這い、必死の形相で命乞いする男をシルティーナは無表情で見やる。
「た、たの、頼む!!! 命だけは!! ご、後生だから、たのむ!!!!」
「今更、何を言いますか……」
「ちが、違うんだ!! 俺達は元々た、ただの、村人でっ!! ほ、ほら、この先にあるルフハナって言う村のっ!!! あの村は穢れちまって、もう、人は住めねぇ!! けど、他の村や街だって受け入れてくれねぇ!! なら!!!! こんな事でもしねぇと!! 生きる為だ!! なぁ、分かるだろ!?」
涙と鼻水でその身を濡らしながら、男は必死にいい募る。
「えぇ。分かりますよ」
男の言葉にシルティーナは笑った。
にっこりと、それはそれは可笑しそうに笑ったのだった。
背の高い木々に囲まれたその一角に聳え立つ古い邸。
そんな場所にシルティーナ達が来なければならなくなった原因は、今から数時間前に遡る。
ーーーーー
ーーー
ー
「……これは、」
水浴びから帰って来たシルティーナは目の前の光景に小さく呟いた。
荒らされた野営地。そこに居た筈の人物達の姿は無い。残されているのは、人が争ったであろう跡と煙の燻る焚き火。それと、
「シルティーナ様」
「ティル。それに、カレンも」
アルハルトの愛馬であるカレンと共に木々の間から姿を現したのは彼の使い魔であるティルティンクルだ。
「現状の説明をお願い出来る?」
「はい」
興奮気味のカレンを宥めながら、シルティーナはある程度予測出来る現状の説明を求めた。その声音に僅かな疲弊が見てとれるのは仕方がない事だろう。
「シルティーナ様が水浴びに行って数分後に山賊に襲われました。騎士様と王子様が応戦しましたが見事に返り討ちに合い、そのお二方と聖女様、ミリアーネ様、主様、人の形をとっていたクロイツ様の6人が拐われました」
「クロとアルは抵抗しなかったの?」
「"あー、こいつら暫くは俺達の事どうこうしないだろうから、一先ず大人しく捕まる事にする。後よろしく"と、主様からの伝言です」
「面倒臭かったのね……まぁいいわ。幸いな事に相手さんは馬車ごと持って行ってくれたし、車輪の跡を辿ればその山賊さん達の根城に着くでしょう」
「我等だけで乗り込むのですか?」
相手の人数も分からないままに突撃するなど無謀である。そう言いたげなティルティンクルの問にシルティーナは笑って1つ、と人差し指を立てた。
「何者かにつけられてたなら私達は必ず気づく。私やアルが気付かなくても、クロやティルは気づくでしょう?」
「えぇ、まぁ」
2つ、と中指を立てる。
「もしこれが計画的な犯行であるなら、自分達が襲う人数くらい把握している筈。けど、私は今、無傷でここに居る。意図的に私が居ない時を狙ったとも考えられるけど、6人を殺さずに連れ去ってるなら、人売りをしている可能性が高い。そんな人達が態々"商品"となる人間を見逃すなんて可笑しい」
3つ、と薬指を立てる。
「普通、車輪の跡で自分達の居場所がバレる可能性のある馬車は食料や金目の物だけ盗って他は置いてく。移動するのにも邪魔だしね。けど、今回の山賊達は物の見事に車輪の跡を残してくれている。まぁ、もしかしたら罠の可能性もあるけれど、態々一人捕まえる為に罠を張る必要性が考えられない。下手したら近くの村や街から騎士団を連れて来るかもしれないのに」
以上の事を踏まえて、とシルティーナは立ち上がり車輪の跡が続く先を見据えながら言った。
「相手はこんなのやったことのない素人で、計画性も何も無い。雑魚がいくら束になって来ようが、たかが知れてるだろうし。なら、私達だけでも戦力としては十分よ」
「確かに。因に、襲ってきた人数は15人前後です。その全てが粗末なお飾りとも言える装備をつけていました」
「なら、根城の守備とかに回す人数を考えても30人は居るかな。まぁ、根城を見つけてから人数は探ればいいし、兎に角行こうか」
カレンに跨がったシルティーナにティルティンクルも続いた。
目的の場所には一時間程で辿り着く事ができた。
鬱蒼と生い茂る木々の一角。人為的に拓かれたその場所に聳え立つ古い邸。手入れなど年単位でされていないのだろう。所々ひびが入り蔦が這う壁に割れた窓ガラス。荒れ放題の庭。何とか付いているだけの扉。
人が住むには不向きであり、けれど"賊"の根城としては申し分ないその場所。馬車の車輪の跡はその邸の敷地内へと続いていた。
「ティル、中の人数分かる?」
「はい。風達によりますと、中には合計で37人の人間が居るそうです。その内12人が女子供で、6人が主様達。残りの19人が男性で、主様達を拐った者達のようですね。主様達は地下の牢に入れられているみたいです」
邸のすぐ近くに身を隠していたシルティーナはティルティンクルからの報告に一つ頷いて数回屈伸運動をして立ち上がる。
「なら地下に向かって進もうか。道案内してもらえるかな?」
「邸内の風達に聞けば教えてくれると思います。山賊の人達はどうします?」
「敵意を持って襲って来る人達は"敵"と見なすよ。そんな人達は全員返り討ち」
「分かりました。何処から入りましょうか?」
「そりゃ勿論、"正面から正々堂々と"よ」
斯くして、邸の正面から堂々と入って行ったシルティーナ達を迎えたのは"賊"を名乗るにはあまりにみすぼらしい格好をした男達だった。
「な、何だお前!? ここに何の用だ!?」
一気にその身に緊張を走らせた男達をぐるりと見渡したシルティーナは横に浮いているティルティンクルを見やった。
「ティル」
名前を呼んだだけの短い言葉に、けれどティルティンクルは心得たとばかりに目を瞑って意識を集中する。
「右手廊下の突き当たりに地下への階段があります。その後が少し複雑な造りになっていますので、また案内いたします」
「右手廊下の突き当たりね。行こっか」
身構える男達などには見向きもせず堂々と歩きだしたシルティーナの、その横に浮いているティルティンクルに男達の視線が集中する。
「何なんだ、あの生き物?」
「喋ってたぞ。人間か?」
「あんなに小さな人間が居る訳ねぇ!」
「もしかして、"魔物"……か?」
「じゃあ、あの女も……」
一人の男の言葉にザワリ、と広がった波は戸惑いから敵へ向けるソレへと姿を変えていった。
「雲行きが怪しくなってきたね」
「"使い魔"の存在も知らない方達なので仕方ないと言えば仕方ないのかもしれませんが、流石に魔物と間違われるとは……」
武器を持つ手に力を入れた男達を前にシルティーナとティルティンクルは肩を竦めて溜め息を吐き出す。
「先に言っておきますが、私達は魔物ではありません。私達はただ、この邸の地下に用があるだけです。出来れば大人しく通して頂きたい」
「ぅ、うるせぇ!! 誰が魔物の言葉なんざ聞くかよ!!」
「そうだ!! それに地下には行かせられねぇ!!!」
「そこに、我等には見られたくない"何か"があるからですか?」
「……」
「分かりやすい沈黙をありがとうございます。残念ながら私達はその"何か"の為に此処まで来たのです」
「あいつ等の仲間か!?」
「"仲間"と呼べるのは2人程ですが……まぁ、はい、そうですかね?」
「……どっちだ?」
「…………仲間ですよ」
「シルティ様、不満な心内が全て声に出ています」
「だってティル。よくよく考えてみると拐われた6人の内、"仲間"って呼べるのは2人だけよ? 他はまぁ、"依頼内容"である聖女様とミリアーネ様は助けてもいいけど、多分ついでに私達にとっては"どうでもいい"2人まで助かるでしょう? てか、アルとクロに限って言えば態々私達が助けるまでもないと思うのよ。それなら2人が自分達が逃げ出すついでに聖女様とミリアーネ様も一緒に逃がしてくれればいいじゃない。アルが"後よろしく"なんて伝言残すから変な使命感で此処まで来たけど、これって全くの無駄足じゃない?」
「……確かにそうですが、主様が"後よろしく"と言ったのですからきっと自分達の力で逃げ出そうなんて考えていないに違いありません。主様の性格上、シルティ様が来てくれる可能性があるのに自分から動くなど考えられませんので」
「やっぱりそうだよね」
二人が話している間にも男達はジリジリと距離を詰めて来ている。
多勢に無勢の状況下であっても全く動じない二人の様子に業を煮やした男が一人攻撃へと転じた。
「あいつ等の仲間ってんなら話しは早い。一緒に捕まってくれ!!」
振り上げられた刃はしかし、シルティーナ達に届く寸前で見えない壁に阻まれ高い音を打ち鳴らす。
「え、」
「風を固めて造った不可視の壁です」
コン、と。自分の目の前の何もない空間を叩きながら言ったシルティーナが指を鳴らしたその瞬間、攻撃してきた男の体は見えない刃によって傷つけられていた。
「なっ!?」
「ぇ、は……? 何が……」
「さて、他に私達の"敵"となる方はいらっしゃいますか?」
シルティーナの問いに、困惑と恐怖を全面に出しながら、それでも男達は一歩を踏み出す。
「……残念です」
小さく呟かれた言葉が酷く冷たく響いた。
ーーー
ー
最早、ソレは"戦闘"などではなかった。
シルティーナに向かって行った男達は彼女にかすり傷一つ負わす事なくその数を半数以下に減らす事となったのだ。
「ば、ばけ……化け物っ!!」
「魔物の次は化け物呼ばわりですか」
まだ動ける男達の半分以上は既に背を向けて逃げ出した。
残った男達の中から誰かが叫んだ言葉にシルティーナは苦笑する。
最初の男の命をもって、警告は十分に行った。それでも自分に刃を向けて来たのは彼等にも譲れない理由があるからなのだろう。
"付け焼き刃"とも言えない稚拙な剣術も魔法も体捌きも、彼等が今まで闘いとは無縁の生活を送ってきていた事が伺い知れる。
それでも、シルティーナにとってはそんなこと、"だから何だ"の一言で片付けられるモノなのだ。
先に刃を向けたのは彼等で、先にそれを奮ったのも彼等だ。ならばシルティーナがそんな彼等の為に手加減してやる義理もない。
「さて、」
グルリ、と辺りを見渡す。動ける男達は既に全員逃げ出していた。自分達以外に立っている者が居ない事を確認したシルティーナは再び地下へと続く階段へと足を向ける。
「何人かが地下へ逃げております。主様達を人質にするつもりでしょう」
「人質にされて困るような人達じゃないけど、まぁ、聖女様とミリアーネ様には無事でいてもらわないとだし……ちょっと急ごうか」
面倒臭そうにそう言ったシルティーナがほんの少し歩く速度を早めた。




