お見舞い日和 ラスト
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ひとまず私は、心実の荷物がなんかすごかったこともあり、ふたりを一旦リビングに通した。金持ちなうちの学校の寮部屋は、三人入ってもまだまだ広さに余裕がある。
ちなみに心実と樹虎は、私の部屋の前でちょうど遭遇しただけで、一緒に来たわけではないらしい。
心実はじっとりとした目で「なぜ二木さんまでお姉さまの部屋に……」と呟いていたし、樹虎はそんな心実を鬱陶しそうに見ていた。
……私がいない間に、交流を深めて仲良くなっているかもとか、そんなことを一瞬でも考えていた時期が私にもありました。
「では、失礼しまして……」
ドサッと机の上に置かれる、半透明な袋が二つ。
心実が持ってきてくれたそれらは、ありとあらゆるお見舞いグッズだった。
胃に入れやすいようにゼリー飲料、赤く熟れた新鮮な林檎、額に貼る用の冷却シート、スポーツドリンク……と、どこかで見覚えのあるラインナップが取り揃えてある。
「お姉さまのお体の調子がわからない以上、必要だと思われるものはすべて用意するのは当然です! 嗜みです!」
「さ、さすがだね」
さらに袋の奥からは、うどんの麺に刻んだネギ、卵なども出てきた。なんと、心実がお手製の『卵うどん』をいまから作ってくれるらしい。
確かに、少々早いが、もう夕飯を用意しても問題のない時間だ。うちの家でも、病人には『おかゆ』か『うどん』の二択である。
心実はふわふわの金髪をポニーテールにサッとまとめ、いつかの夏休み前の、ランキング入り記念パーティー時のお料理タイムで見た、上品なフリルつきエプロンを身に着ける。
目にも止まらぬ早業だ。
「では、腕によりをかけてお作りしますので、お姉さまはどうぞゆっくりしていてくださいね……!」
そう意気込んで、彼女は台所へと材料を抱えて消えていった。
どこの寮部屋もキッチンは共通であり、道具もほとんど備え付けの充実っぷりなので、料理上手な彼女なら慣れない場所の調理でもひとりで余裕だろう。
私は壁に凭れて事の成り行きを怠そうに見守っている、樹虎のほうに視線を向ける。
「樹虎も、来てくれてありがとうね。もし樹虎がお休みしたときは、今度は私がちゃんと役目を果たすから!」
「うるさそうだから来んな。……これ、お前のだとよ」
乱雑にファイルを手渡される。
ファイルの中身は、課題やお知らせのプリントたち。かなりボリュームがあるようで、ファイルがパンパンだ。
「……っと、けっこうあるね」
「ああ……じゃあな」
私が中身を確認する前に、彼はさっさと踵を返す。
え、まさか早々に撤退? 早くない?
玄関に足取り早く向かおうとする樹虎を、私は慌てて引き留めた。
「も、もう帰るのっ? 見ての通り、私はもうかなり回復したし、せっかくなんだからあと少しゆっくりしていっても……ほら、樹虎も心実お手製のご飯、一緒に食べていけば?」
「いらねぇよ。俺はお前にそれを渡したら、役割は終わりだからな」
お誘いもあっさり交わされてしまう。なんという冷たさ。
そして樹虎は、「俺がめんどくせぇから二度と休むなよ、ボケ」とだけ告げて、イヤーカフスを揺らめかせながらあっさり帰っていってしまった。
手間をかけた私がこういうのもなんだが……味気なさ過ぎて、若干不満なのですが。
他のみんなはちゃんと心配してくれたのに。
こう、もうちょっと相方を労る姿勢を嘘でもいいから見せて欲しかったなあと。「体に気をつけろよ」的な一言があってもいいんじゃないかと。
欲を言えば「お前が学校にいないと物足りない」とか……無理だな、それを口にする樹虎を想像すらできない。
私は未練など一切なく去って行く彼の広い背中を見送って、贅沢は言うまいと諦めた。
あのつれないところが、私の相棒らしさなのである。たぶん。
それから、私は心実とふたりで、彼女が作ってくれた卵うどんを食べた。胃にやさしい味付けで、あっという間に平らげてしまった。
心実のほうは、「いつのまにか二木さんがお帰りになって、お姉さまのお部屋でふたりだけでお食事……至福です」となんだか幸せそうだった。
「ご病気の方にさせるわけにはいきません!」と、皿洗いまで抜かりなくしてくれて、心実は樹虎のぶんまで私を目一杯見舞うと、満足そうに帰っていった。
お見舞いに来た側が満足って、なんかすごい気がする。
静かになった部屋で、『治りはじめの用心が大切』ということで、私はお風呂にだけ手早く浸かって、またお薬を飲んで早々に寝ることにした。
……ただその前に、布団の上で、樹虎から受け取ったファイルの中身を確認していたのだが。
「のど飴、ふたつ」
膨れ上がっていたファイルの中身は、プリントが山ほど入れられていたわけではなかった。むしろ紙は三、四枚。
コロンコロンと出てきた、小包装の飴玉ふたつ分のせいで、膨れて見えただけだった。
シンプルな包み紙のそれらを掌に乗せ、小さく転がしてみる。
これを入れてくれたのは……間違いなく、彼だよね。
「……やっぱり、気遣いがどうもわかりにくいなあ」
私は素直じゃない彼のお見舞の仕方に、おかしそうに笑って、飴玉をひとつだけ口に放り込んだ。
薄荷味のそれは、けっして甘くはなかったけど、私は風邪を引く前より元気になれた気がした。